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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第2章「エリスの魔法」
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45話「エリスの魔法2」

 エリスは無表情だが、沈み込んだ雰囲気が周辺の空気を引き連れて重く変化させている。返答にも覇気がなく、相当思い詰めている様子だ。

 また――――ということは、彼女の魔法がまた暴走したのだろう。しかも、前回の時とは比べ物にならないぐらいの実害が出ている。

 背後の燃える家を軽く見やり、エリスにもう一人の友人の行方を聞いた。

「ロイスは……ロイスはどこにいるんだ?」

「あ、あっあ、あ、あ」

 彼女の返答は一つの単語と左手で二階部分を示しただけ。それがエリスのできる最大限の行動であり、彼女の心象を反映させているものであるとオークスは確信している。

「わかった! 僕が、助けに行く」

 端的に言うと、真剣な面持ちとなり、エリスの傍からすっと立ち上がって、家の方へと歩みを進めようとする。

「いけません! あんな火の中に飛び込むなんて、生きて戻れないですよ!」

 それを止めたのはラズだ。彼女は立ち上がったオークスの腕を掴み、家に向かうことを阻止している。

 単純な話だ。あの豪火の中に友人がいるとはいえ、それを助けに行くことなどどだい無理な話だ。誰がどう考えても死ぬ未来しか視えないからだ。

「私も、申し上げにくいのですが、あの炎ではおそらく命は助かりません。オークス様だけではないです。友人の……方だって同様です……」

 事実こそ残酷であるものの、今この場でラズの言葉がオークスを静止させるための一言であることを願って、この場にいる誰もが考えついていることを言い放つ。

 それでもオークスは歩みを止めようとしていない。

 ラズの体はオークスの進む力に逆らえず、引きずられている。

「そんなのわからないじゃないか! エリスだってこんなふうになってるのに、ちっとも服が焼けていないんだ。だからきっと……中だって安全なはずだ」

 一歩、進む。

「オークス様も死ぬことになりますよ!!」

 また一歩、進む。

「僕の人生の目的は、二人の助けになることだ。今まで助けてもらった恩が、親にすら教えてもらえなかった愛情が、生きていることが楽しいと思えるような毎日が、二人がいることによって僕は実感できるんだ。今までのこと、全てを返すには、命だって惜しくない」

 途端、オークスの頬に電撃のような衝撃が走った。

 ラズがオークスの頬叩いた事によるものだとわかるには数秒時間がかかった。

「そんなこと、お二人が望んでいると思いますか! 命を投げ出してまで助けてほしいと!」

 目に涙をため、悔しそうな表情でラズは訴えかける。

 彼女の訴えは正しい。オークスもそれは納得している。しかし、納得しているからといって友人の命を見捨てる理由にはならない。

「望んでないと思う。だけど、今は僕の意思を貫く。僕は僕が決めたことをやろうとしているんだから、二人もきっと納得してくれるだろう」

 またまた一歩、進む。

「そんな……」

 ラズの悲痛の思いは届かず、ついには彼の腕を離し、炎の家に向かって歩く小さな背中を涙で頬を濡らしながら眺めている。

 目的を成し遂げるためには自分の命も厭わない。英雄のような志かも知れない。だが、ラズにとって、それは綺麗な自己犠牲ではなくただの偽善的な行動に過ぎない。

 今残されたエリスはどうなる? ロイスもオークスも失ったとなれば、彼女の心はおそらく壊れてしまう。どちらも大切な友人であり、生きる希望なのは三人とも同じ。

 利他的であり、献身的な――――ある種の共依存となって、三人の絆は形成されている。誰か一人がかけるということがどれだけ、個人に影響を与えるのかはラズにはわからなかった。

 今はただ、オークスがロイスを連れてあの家から無事に出てくること。それを祈るばかりである。

「オークス……ごめんなさい……」

 ラズの後ろからか細い謝罪の言葉が聞こえたと思うと、バタリと地面に倒れ込む音が聞こえた。


 先生の家の中は本に出てくる地獄という場所にそっくりだとオークスは思う。見る限り全てのものが炎に包まれ、逃げ道を塞ぐように通ってきた道にも火が回る。

 しかし不思議な現象をオークスは体験する。

 目の前で確かに炎は存在している。そして、本屋ける匂い、ソファーの焼ける匂い、木の焼ける匂い、革製品の焼ける匂いなど、特徴的な匂いはたしかにークスの鼻をくすぶっている。しかし、視界に入ってくる物の状態は、完品そのもの。焼けているようなあとも、溶けているような箇所も一切ない。

 そして何より、炎が熱くないのだ。

 玄関の扉から飛び込む際に口元を腕で覆い、最低限の呼吸が確保できるようにと用心して突入した。その過程ではもちろん火に触れる事があったが、暖かかったのだ。近しいものを挙げるとすると、日向ぼっこの時の感触に近い。

 エリスの服が燃えていないことがずっと疑問だったが、この炎はなにか特別なものであるという確証を得る。

 オークスの視界には、ペンダントや怪物の仲間の紋様の時と同様、色褪せた世界に一滴の色水が落ちたように映っている。

 少し緊張感が解け、不自然な点がいくつか頭を巡った。


 どうして、風車台のところから火事だとわかったのか。

 エリスの纏っていた炎も同様、どうして赤く視えたのだろうか。

 炎が熱くないことは彼女もわかっていたはずなのに、何に対しての謝罪だったのだろうか。

 隣の家に何故燃え移らない?

 

 幻覚だろうか? いや、そんなはずはないと即座に首を振って否定する。

 世界がモノクロに見えるようになって以来、どことなく色に対する意識が変化している。単純に言えば、色に敏感になっている。

 色が見えるということ、それは特別なことだ。

 そう、特別(・・)なのだ。

 見えることへの違和感。オークスにしか体験できないことかも知れないが、白と黒と灰色が支配する世界において()という存在は非常に目立つ。見ようとしていなくても勝手に目線が流れていくように、引きつけられてしまう。

 街を一望できる風車台の上から見れば、夕焼けで世界がオレンジ色になっていたとしても、オークスには関係ない。初めから火事の色が認識できていたこと。これは、オークスにとって異常なことだった。

 火事の様子は群衆の誰もが見ていた。エリス本人も燃えていると見えていたはずだ。

 この炎は一体……何なんだ?


 ……わからない。とにかく今はロイスの状態が気がかりだ。


 玄関から入ってすぐ左手にある、二階へと続く階段を一段づつ焼け落ちないか確認しながら上る。だがその心配は杞憂に終わり、何事もなくロイスのいるであろう寝室へと到着する。

「ロイス! いるか?」

 扉を蹴破るような勢いで開けると、そこには横たわっているロイスの姿があった。

 驚愕に目を見開いたオークスは、焦燥感に胸を焦がしながら横たわるロイスの傍に駆け寄る。

「大丈夫か!? おい! ロイス」

 軽く肩を叩いてみるも、無反応。眠っているような表情で、苦しそうな様子は一見してなさそうだ。鼻と口に手を当ててみると、呼吸はしていないように思えた。

「呼吸をしてない……? 急いで外に連れ出して助けなきゃ……」

 オークスの一番考えたくなかった結果が、今、目の前にある。

 気が動転しそうなほどの精神的な衝撃と悲壮感に襲われ、涙がこぼれる。

「今泣いてる暇はないよ、オークス。早く外にいかなきゃ……」

 乱雑に涙を拭い捨て、失いかけた正気を再び保ち、ロイスの体を持ち上げる。しかし子供一人を運ぶのに最低子供は二人欲しい。上体の脇から腕を入れ、引きずってでも運ぼうとするが、想像以上の重さが腕にかかる。

 部屋からその状態で引きずり出せたはいいものの、問題は階段だった。

 ロイスの全体重をオークスが下で支えるような形で、一段ずつ慎重に階段を降りていく。腰の負担は想定外。今にもロイスと一緒に階段を転げ落ちていきそうだ。

「はぁ、はぁ、非力だな……」

 炎があまり危険ではないことが分かり、少しは安心して下りられてはいるものの、ロイスを運び出せるかは別問題。本物の火事であれば、二階に上がることすらできなかっただろう。

 どうにかして外に連れ出してロイスを地面にゆっくりと下ろし、もう一度呼吸を確認する。

「あれ、息が戻ってる? 良かった……」

 本当に眠っているだけのように、ロイスは静かな呼吸を取り戻していた。

 死ぬ覚悟で向かった目的を達成したことで重しが取れ、安堵し胸を撫で下ろす。

「だけど、本当に、わからないことが続いてるな……」

 ロイスの安全を確保し、エリスの方を振り向く。

 そこには一人の少女を囲う大人たちと糾弾する大人の姿があった。

 ラズが倒れているエリスをかばう形で立ちふさがってはいるものの、実体を持たない声は彼女の耳に届いてしまっている。それが、心に直接傷を負わせる鋭利な刃物であって、肉体的なものよりも耐え難い痛みを負わせて苦しめていることは、エリスの表情が険しく苦しんでいる様子から見て取れる。

「彼女から離れてください! 彼女だって被害者なんですよ!」

「そんな訳あるか!! コイツが魔法を使って火をつけたんだ! それに、そこにいる子供だって殺したんじゃないのか!」

 群衆の一人が家から助け出したロイスの方を指差す。

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