44話「エリスの魔法1」
眼下に見えた炎に包まれる家。それは、上から見ればはっきりと燃えている様子が見れ、かつその家の特徴も見える。
細い――――細い家に思い当たる節は先生の家のみ。また、エリスの一件を体験したことで、その疑惑に拍車が掛かる。
駆け下りるという表現通りに階段を数段飛ばしながら、跳ねるようにして地上へと到達する。途中何度も足首に痛みを感じることがあったが、それは、高さの目測を誤り、足の耐えうる衝撃範囲を超えてしまったためだ。挫くことはなく、骨折もしなかったとはいえ、筋や筋肉にはダメージが蓄積しただろう。
少々痺れる両足を回転させ、現場へと急行する。
その場所が近くなるにつれて、徐々にハイに取り込む空気の感触が変化し、木や布などが燃えて焦げる匂いが鼻につくようになってきた。
時折視界には、海を漂うクラゲのように火粉がひらひらと舞っている。
急ぐ気持ちに答えるように、足は懸命になって地面を蹴る。
風車台からは一度曲がるだけで目的の家が見えてくる。それほど遠い場所にいるわけではないが、気持ちが先行するとどうにも距離が長く感じる。
角を曲がると、目に入ってきたのは、大きく燃え上がった一軒家の前に形成された群衆と付近の家に懸命にバケツリレーをしながら水をまいている数人の男たち。手のつけられないほど火の手が上がっている先生の家は消火活動を中断し、付近の家に炎が拡大するのを防ぐための活動にシフトしている。
「エリスとロイスは!?」
群衆の下まで到着すると、すかさずのその中に割って入り、家に取り残されていた二人の友人の姿を探す。
家の前に集まっている野次馬の数はおよそ50人。殆どが大人で数人だけ子供が混じっていた。その子供の中に、オークスの探している人物はいない。
「まさか、まだ家の中なのか?」
キョロキョロと辺りをくまなく見回すオークスの腕を突如誰かが掴んだ
「オークス様!」
その声に応えるように後ろを振り返ると、息の荒くなったラズの姿があった。
「ラズさん……エリスとロイスが……見つからないんだ」
愕然とした表情で家とラズの顔を交互に見る。二人の姿が見えないという現実が彼の心をかき乱している。
「この場にいないということは、まだあの炎の中にお二人が?」
「一番考えたくない可能性だけど……そうかもしれない」
火事になる前に家から飛び出し逃げている――――いや、二人に限って現場から離れるとは到底思えない。
オークスを追いかけて家を空けていた時に家事になった――――有り得る話だが、これだけの騒ぎだ。もう街中に広がっているであろう話題を、二人が逃すとは考えにくい。
誰かに助けられて病院にいる――――一考の余地がある。
「おおおおおじさん! あ、あっあの家から誰か出てきたりしたのは、み、みた?」
言葉に詰まりつつ、近くで腕を組んで事の成り行きを観察している人に話しかける。
「ん? いや? 見てないな」
「そそそ、そうですか」
「ただな、この火事、変なんだよ。急に家が炎に包まれた感じなんだ。普通だったら、徐々に燃え広がるはずなんだが……ほら、隣の家に全く火が移ってないだろ?」
おじさんにそう言われて、隣接する二軒を見やる。
「確かに……変ですわね」
隣との距離は猫一匹通れるかどうかの隙間しかない。それなのに、隣接している家の壁が燃えている様子はない。いくらレンガ造りとはいえ、木が露出している部分はある。それが燃えていないこと――――ん? レンガ造り……?
「オークス様。どうして、家が燃えているのでしょうか?」
「え?」
「だって、レンガというのは暖炉にも使用される建材です。そのレンガが、こんなにも燃えるものでしょうか?」
「あ……」
ラズの指摘とほぼ同時に、オークスもその謎に行き着いた。
そもそも先生の家すら、レンガ造りのため本来ならこのように火を纏うようにして燃えるはずがない。さらに、この家には玄関の上に設置されている窓――――その一箇所しかないというのに、どこから炎が家を包んでいるのだろうか。
その謎に対する答えを探している最中に、家の扉が開いて奥から見覚えのある人影が現れた。
「あれは……エリスだ!」
そう。たしかにエリスだ。今すぐに駆け寄って、何があったのかを聞きたい。しかしそれはできそうにない。
なぜなら、彼女の身を豪火が焼き切らんとして、その高温は空気を歪めている。
「オークス……私……」
エリスは深い絶望をその目に宿し、顔からは表情の一切が失われている。歩く姿もまるでマリオネットのようにぎこちなく、群衆の目にはそれがひどく不気味に映った。
「魔女……だ。あ、あああ、あいつは、魔女だ!」
群衆の一人が叫んだ。
その声を皮切りに、気味の悪い波紋が広がっていく。
魔女、それは魔法を扱う女性のことを総じてそう呼んでいる。一方で、魔法は未だに世の中で批判されることの多いもののため、悪い意味――――差別的な意味も少なからず含んでいる。
この場合の魔女という言葉は、明らかに恐怖や嫌悪からくる呼び方だ。エリスの姿を見て、周囲の目は一瞬にして敵とみなし、攻撃的な視線を送っている。
「魔女? おい、エリス! 大丈夫か?」
疑心と蔑みに富んだ空気の中をかき分けて、エリスの元へ駆ける。
その行動をすることによって、自分にも同じような視線を注がれることは承知の上だ。今までだって三人一緒にそういう扱いをされてきたのだから、今更なんだという。
「私……また……」




