43話「ラズの正体」
彼女の影は夕日によって長く伸び、悲しみに暮れる背中は深い闇に包まれている。
フードを被っていることでラズの表情は読めないが、震える涙声と鼻を啜る音が聞こえればどういう様子なのかはわかる。
オークスはそんな彼女の後ろ――――木製のベンチへ腰を下ろして、ラズを探しに来たと一言だけ伝えた。
しばらく沈黙が続く。
回転する羽が柔らかな太陽の光を定期的に遮り、影で二人を覆う。
ラズはオークスの短くもはっきりとした目的を知り、自分の気持ちを整理する。
街を一望することのできる高さまで来ているためか、少し強い風が二人の間に流れる。同時に、その風は風車の羽を回し、回転する動力を地上部分にある製粉装置へ伝えている。屋上に来ていても、その音はかすかだが足元から聞こえてくる。
「オークス様。私はまだ、あなたと、どう接するべきなのか迷っています。信用していいのかどうかも決めかねています」
ラズは夕日に向かって独り言のようにゆっくりと言葉を紡いでいく。
「ですが、どうしてでしょうか……オークス様とお友だちさんに、認めてもらいたいと、そう思ってしまいました。まだ、会って間もないあなた達に私を認めてもらいたいと、そう感じたのです」
彼女の柔らかな、歌声のように澄んだ言葉達は、きっと彼女の心の内を映しているのだろう。
「僕も、その感情に突き動かされて、ラズさんを探していたんだ」
事実、彼女と知り合ってから会話もほとんどしていない。しかし、どこか懐かしいような、昔から交流のある旧友のような感覚を抱いていた。
その不思議な感覚はラズも感じていたようで、言葉の節々から困惑している様子がうかがえる。
「僕は、本来超がつくほどの人見知りで、初めて会う人とは大抵会話がうまくいかないんだけど、ラズさんとはそれがなかった」
先生、ロイス、エリス、ヒノビ、ネモ、リョカなど、今でこそスラスラと喋れるようになっているが、初めて会った時・会話した時は言葉に詰まってうまく喋れなかったことを振り返る。
マシンガンのように単語の最初の言葉で詰まったり、声が上ずったり、早口になったりと散々だった。
「だから、ラズさんとは以前何処かで会ったことがあるんだと思う。直感だけどね」
軽口を叩いているように聞こえるが、オークス自身はいたって真剣にその可能性を考えている。
「私も同様に感じております。こんなにも心穏やかになったのは久しぶりです」
細い手を胸に当て、眩しい夕日の後光に照らされながら穏やかに笑う。
「私の本名は、ラズベット・ニル・ヴェランドール。この世界の王家四神の一柱である、ヴェランドール家の第4子――――4番目の子供です」
「王女!? それに、4番目の子供だって!?」
とんでもなく大物が目の前にいる事実に慄き、体の前面を巨大なハンマーで叩かれたように後ろに数歩よろめきながら後退る。
ヴェランドール家――――サラティア大陸の王家であり、『女神の寵愛子』と呼ばれる一家である。実質的に大陸の頂点に君臨する家系で、様々な国を主導し発展に導いている素晴らしい家系と称されている。他三大陸にも同様、先導する王家が存在しており、それらをまとめて『王家四神』と呼ばれている。
オークスの正面に向き合うのは、サラティア大陸の王女。
初めて彼女の顔を見たときから花のような麗しさと品のある風格が存在し、どことなく格の違いを感じてはいたものの、それがまさか王女であることは想像つかなかった。走る姿、立ち上がる所作、口から紡がれる言葉の数々が今思えば、庶民とはかけ離れたものだった。それは、ラズベット王女が王家で規律と礼儀を習っていた証拠。
本来ならば、このような機会が庶民に――――いや、庶民以下の存在にあるはずがない。死ぬまで声すら聞くこともできない人が大勢いる。
そんな偉人を前にして、今までの礼儀のなっていない言動と行動を振り返り、オークスの表情はどんどんと青ざめていった。
「無礼な態度を取ってしまい申し訳ございません!! 以前お会いしたことがあるなどと、虚言を申したことを深くお詫びします!!」
目にも止まらぬ早さで頭を地面につけ、最大限の謝罪の態度を見せる。
「オークス様……大丈夫です。私は確かに王家の血筋ではありますが、災いを運ぶ子供として家を追い出されたただの浮浪者です。今や庶民よりも位は下で見られてもおかしくありません。ですので、その頭を上げてください」
オークスの渾身の土下座を前にして、少し慌てた様子で彼の状態を起こそうと声を掛ける。
「先程通り接してください。そのほうが私も気が楽ですし……」
「そのようなこと、いくら4番目の子供という烙印を押されていたとしても、できるはずがございません!」
ラズベット王女はオークスの肩を持って無理やり起こそうとするも、彼は頑なにその体制を崩そうとしない。
4番目の子供とは、いわゆる忌み子のことであり、昔から語られている言い伝えがある。
1番目の子供は『勇気』、2番目の子供は『知性』、3番目の子供は『喜楽』、4番目の子供は『不幸』、5番目の子供は『幸運』を持ち合わせた者が生まれると言われている。そのため、4番目の子供はその一家のすべての不運を背負って生まれるため、捨てられてしまうのだ。
殺されないのにも理由があり、子供という器の中に『不幸』が存在しており、器が壊れると家に返ってくると考えられているためだ。
何故このような残酷な言い伝えがあるのかはわからないが、かなりの人がこれを信じており、世に捨てられている子供の殆どが4番目の子供である。
「では王女である私から命令です。そのような固い接し方は止めてください」
「ですが……!」
「次控えた言い方をしたら、処します」
「冗談に聞こえま……聞こえない、です、よ!?」
王家へ敬仰した対応をしなければならない思いと、ラズ王女によるラフな対応をしろという直々の命令と権力を振りかざした命令を追加されたことにより、頭はパンクした。
うまく言葉を組み立てることができず、不格好な返答をしてしまった。
「ふふっ。こういう反応をしてくれるんですね、庶民の方たちは」
その微笑みには一切の邪念は含まれていない。ただ純粋に、反応を見て楽しんでいるのだ。そう、実に子供らしい無邪気な行動をして。
「ラズ……さん……冗談に聞こえませんでした」
当の本人にとっては、ギロチン台に上がって頭を固定されていたような感覚だった。彼女の一言で首がはねる、そんな緊迫した状況だった。
「ほら、立ってください。もう、権力任せの冗談は言いませんので」
差し出された手を掴んで、ゆっくりと立ち上がる。
膝と額についた汚れを振り払い、彼女に向き合った。
徐々に地平線に姿を隠していく太陽は、二人のやり取りを見て、きっと笑っていることだろう。
「それでは、私は盗んでしまったペンダントを――――あれ……? ないですわ……?」
ポケットを弄り、お目当ての物の感触がないことに気づく。
ラズが焦って洋服全てのポケットを裏返して探している様子を見ていたオークスの目に、彼女の後ろで目を疑うような光景が飛び込んできた。
赤色に光り猛々しい勢いで燃える一軒家。その方角は――――
「あの場所は……先生の家!!」
途端、オークスは階段を駆け下り始める。