42話「ラズを追いかけて2」
「怪物の他にも同じような存在がいるんだね。知らなかったよ」
「オレも今初めて知った」
「え? 知ってて、ここを探させたんじゃなくて?」
「あぁ、知らずに探させた。そもそも生物の体に寄生して生きているやつに会うことなんて、あるわけ無いだろ」
「いや、まぁ、確かにそうか」
若干、それは常識だろと言われたような感覚だ。まさか怪物から正論で論破されることになるとは思わなかった。
怪物の同種の存在のことなど興味はないが、この魔法を誘発させる紋様については興味がある。特にロイスに話でもすれば、腹ペコの狼が肉を食らうように無我夢中で調べ始めるだろう。
「それで、これはこのままにしておくの?」
淡く光る紋様を指さして怪物に問う。
この紋様の効果は実体験済みだ。何らかの方法で撤去したほうが、被害がなくなりいいことだと思う。それは、人間であるオークスの考えであり、同種の生存戦略を知っている怪物ならば違った考えを持っているのかも知れない。
「正直迷っている」
数秒の間をおいて、怪物は答えた。
「オレにとってオークスが命綱だ。コイツがお前に害をなしてくるのなら消すべきだと思うが、それ以外ならどうでもいいと思っている」
怪物にとっての最優先はオークスの体の安全確保。それが怪物を生存させることに直結しているため、それ以外の人間にどんな影響があろうと、怪物の生命には関係がない。
生物ならばなんであれ、生きるということを一番に考えるものだ。
どうでもいいと片付けられるのも、あくまで一生物が生きていくうえで一番大切だと思うものを守っているだけに過ぎない。それには、人間のような仲間意識や思いやりの心は存在しておらず、ただ生きるという目的を果たそうとしているだけ。
本の中にいる勇者のような、自分の命よりも他人の命を優先する英雄など所詮はおとぎ話の中だけに生きる者だ。
「僕は消しておきたい。森でも死にかけたし――――そういえば、あの時の紋様は怪物が仕掛けたものだったの?」
オークスには前例がある。似たような紋様で殺されかけた前例が。
「いや、あれはオレじゃない。ヒノビとの戦いで力を消耗しすぎてそんな余力はなかった」
「ふーん。でもそっか、怪物のマーカーが発動したんだったら、あの時に体を貸す関係になったはずだもんね」
オークスは怪物の言葉に、納得するように首を二度上下させる。
わざわざニ回襲う必要がなければ、オークスの体が乗っ取られていないのも怪物が弱っている証拠としては十分である。
「オレはやっぱり決められない。オークスの決定に任せる」
この紋様にどういう効果があるのかはわからない。
人だけに発動するのか、動物や無機物にも発動するのか、発動条件すらわからない。そしてなにより、この紋様は一般人の目には映らないことを森での経験からわかっている。
これにどんな効果があるのであれ、やはりオークスは消すことに決めた。
近くに落ちている石を拾い上げ、その紋様に擦り付ける。
幸い、石を介して発動はしないようで、擦るたびに徐々に色が失われていき、最終的にはいつも見ている白黒の世界と同色になった。
「これでよし」
紋様の効果が発揮されないことを確認するために、指でなぞってみる。
何も起きなかった。
少しの緊張感と悪いことをしているような興奮に胸を高鳴らせ、大通りの方へと再び歩みを進める。
「ところで、ラズの居場所がわかったりしない?」
怪物の能力は未だに全てを把握しているわけではないが、そういう便利な能力があっても今更驚きはしない。もしかしたら、に賭けて怪物の返答を待った。
「すまないが、期待しているような能力はない」
「そうだよね……」
期待していなかったといえば嘘になるが、ほんの少しだけ、現状の問題を一発で解決できるような能力でスパッと解決するような妄想に浸っていた。
妄想は一瞬だったとはいえ、そういう魔法に似た能力がないと現実を突きつけられたようで、肩を落とす。
再び始まった無策でのラズ捜索。
相変わらずダイネの街に注がれる真っ白な光のせいで、視界は鮮明なモノクローム画のようになっている。
大通りを端まで歩き、先生の家までの帰路でも探し、少し街の奥にある大通りとは違うが家の立ち並ぶ通りを探してみたりしたが、その小さな背中は見つけられなかった。
そもそもこの大きな街で人一人をオークス単身で捜すのは無茶ではないだろうか。ラズのことを殆ど知らないこともあり、お尋ね者を街から探すことと難易度は変わらないだろう。
そんなことを思いながら、この街に数基ある巨大な風車に到着する。
この風車は街を一望することができ、時間帯が合えばきれいな夕日や夜空の中を流れるきれいな星を見ることのできる、この街の観光名所だ。だが、ダイネの街に入って来る人の殆どが商人であるため、観光として使われることの殆どない名所だ。
商売に命をかけている人にとって、この場所は聖地。街の全体を見たとしても一線にもならない行動のため、商人がこの場所に来ることはほとんどない。まぁ、街のシンボルのようにはなっているだろう。
風車の土台はもちろんレンガ造り。幅はおよそ八メートル、高さはおよそ三十メートルの土台と、一枚の長さがおよそ二十メートルの木製羽が四枚ついている。
内部に入ることはできないため、土台の周りを一周するように階段が設けられ、登り切るまでもスリリングな気持ちを味わうことができるのも魅力の一つとなっている。
この場所に最初から来なかったのには理由があり、街を一望することができるというだけで、人探しができるほど便利な場所ではないからだ。
建物がほとんど密集して建てられているこの街では、裏通りを含め路地の様子を眺めることは家によって隠され、できない。更に、登るまでに時間がかかり、見つけたとしてその場所に行くまでにも相当な時間がかかることから、逃してしまう可能性が大きい。
それらの致命的な欠点を知っていたからこそ、この場所には来なかったのだ。
では何故来たのか――――半分以上ラズの捜索を諦めているため、気晴らしとほんの僅かな希望を胸に仕方なくやってきたのだ。
捜索を始めて早二時間。ただただ街を徘徊する少年と成り果てていた。
重い足取りで外階段をゆっくりと登っていき、夕日の時間帯が迫っていることもあり、西からの日差しが暖色と建物の影を伸ばしている。
オークスにとってはただの眩しい白い光だが、澄んだ空と夕日のセットは非常に哀愁を誘う光景である。
数百弾の階段を登りきり、街を一望できる風車の頂上に到着する。
簡素な木製の手すりと、真ん中には数人が座れる木製の椅子が設置されている。また、風車の軸を支えるように四本の柱が立っている。
その柱にはいくつもの落書きがあり、お花や人の名前、願い事など人が来たという証明を残していた。
オークスが最後の数段に差し掛かった時、ベンチには一つの影が伸びていることに気づく。
「あ、ラズ!」
思わずその影の正体の名前を呼び、疲労という色一色だったオークスの顔は一瞬で鮮やかな色へと変化した。
「こんなところにいたんだ……探したよ」
「オークス様? どうして追いかけてきたんですか……」
彼の呼びかけに、ラズは背中で返事をする。