3話「プレゼント」
「さて、みんな落ち着いたな。それじゃあ、改めて話を進めよう」
先生の声に全員が彼を見上げた。エリスはまだ少し頬を赤らめており、オークスは頭をさすりながら静かに座り直した。ロイスは深い思考から抜け出し、メガネを押し上げながら先生の話に耳を傾ける。
「お前たちが行く魔法学校――――アンブルグにある『アラン魔法学校』だが、そこは世界で最初に設立された魔法の専門教育機関だ。そこでは、魔法をただ使うだけではなく、魔法の原理や応用、そしてそれを人々の生活にどう役立てるかを学べる――――はずだ」
先生の言葉に三人はそれぞれ異なる表情を浮かべた。エリスは興味深そうに目を輝かせ、オークスはぼんやりと先生を見つめ、ロイスはどこか期待と疑念が入り混じった複雑な顔をしている。
「お前たちには、ただ魔法を学ぶだけでなく、それを自分たちの力でどう活かすかを考えてほしい。未来を切り開くには、他の誰かに与えられた道を歩むだけでは不十分だ。お前たち自身が道を作る存在になってほしいんだ」
先生の言葉に、ロイスが口を開いた。
「先生……俺たちがその学校に行っても、本当に意味があるんでしょうか? 俺たちは特別な才能を持っているわけじゃない。それに、学びの場を与えられるにしても、新しい環境に俺らが適応できるかどうかもわかりません」
ロイスの問いは慎重でありながら、どこか真剣さが滲み出ていた。
「その不安は当然だ」と先生は微笑んだ。「だが、覚えておいてほしい。適応するかどうかは、お前たちの覚悟次第だ。才能があるかどうかは重要ではない。努力と意志があれば、いずれ道は開ける。お前たちは自分の可能性を信じて、まずは一歩を踏み出してみるべきだ」
その言葉にエリスが手を挙げた。
「私たちが学校に行ったら、先生はどうするんですの?」
その問いに、先生は一瞬だけ目を細めたが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。
「お前たちがいない間も、この街で新たな可能性を探り続けるさ。だが、お前たちが本当に困ったときは必ず助けに行く。だから、心配するな」
エリスの表情が少し和らぎ、彼女は静かにうなずいた。ロイスは思案顔のままだったが、内心で何かを決心した様子が見て取れた。オークスはただ無言で、しかし真剣に先生を見つめている。
「明日からお前たちは、新しい世界へと踏み出す。そのための準備を、今夜しっかり整えておくんだ。何か不安や疑問があれば、遠慮せずに聞いてくれ」
三人はそれぞれ深呼吸をしながら、決意を新たにした。
「和やかな雰囲気になったところで、お前たちに一つプレゼントを渡すから、全員こっちに来てくれ」
教卓の上に置かれた先生の肩幅ほどの紙袋に目線を運びながら、少し無邪気に笑った。
三人からのキラキラとした期待のまなざしを全身で受け止めつつ、プレゼントを渡していく。
黒を基調とした木箱に奇怪な紋様が金色で描かれ、荘厳な雰囲気を醸し出しているプレゼントだった。
「いいか?最初に言っておくが、このことは誰にも言わない方がいいぞ」
眉を少しつり上げ、厳かな表情で三人それぞれの目を見た後、片耳に手を添えて彼らからの返答を待った。
「わかりました!」「わかっています」「もちろんです」と三人がそれぞれの返答を元気よくする。
「三人とも、開けてみなさい」
一人ずつ手渡しで配り終えると、先生の掛け声とともにみな木箱を開けた。
「わぁ!! 魔術師セットだ!!」
「先生、これ高かったんじゃ……」
「先生ありがとうございます。大切に使用させていただきます」
歓喜の表情でぴょんぴょんと飛び回っているエリスとは対照的に、冷静沈着のままふつふつと喜びが顔に滲み出している二人。実に子供らしい一面を再度見ることができ、満足げな表情の先生。薄暗い部屋の中の一角に光を照らしたかのようだった。
彼らに配られたのは「魔術師セット」と呼ばれる魔法を扱えてる風に遊べるおもちゃだった。
特に子供たちには人気商品で、そのおもちゃで遊んでいる子供を見かける機会は多いが、商品が店頭に並んでいるところを見かける機会が少ない。
魔法は基本的に危険だと世界中で認識されていることだが、時折例外的に「魔法商品」というものが市場に出ることがある。これらは、少なからず危険性を孕んでいるものの万が一の場合は国が保険を利かせるという、非常に珍しい商品だった。そんな国のお墨付き商品の人気はすさまじい。
「お金のことは気にするな!! これでお前たちが立派な魔法使いになってくれると俺は信じている」
「「「はい!!」」」
三人は元気よく返事をした。それもとてもまぶしい表情で。
「では、今日限りで、魔法教室は終わりだ!! 来週からは隣町にある【アラン魔法学校】に行ってもらう!!」
先生の放った言葉は、三人の表情を一瞬で曇らせるには十分な威力を持っていた。しかし、「え、来週からですか先生?」「今すぐいけないんですの?」「学校学校学校学校……」と、又もそれぞれ違った曇らせ方をしているが、一番重症なのはオークスだろう。
元々人見知り気質が顕著だった彼は、大人数での集まりは苦手としていた。この部屋には三人と少人数での集まりだったことと、何より友人同士での授業だったため不自由はなさそうだったが、学校へ行くことになるとそうではなくなってしまう。
「オークス、心配なのはわかるがきっと二人がお前を支えてくれる。それに先生は、お前の超人的な見知りを直すべきだと考えている。だから、お前を縄で縛りつけてでも学校に行かせるからな」
「せ、先生の、悪魔!!」
「ふふっ」
「何が可笑しいんだよ!! エリス!!」
「だって、オークスならきっと逃げ出す計画をこれからたてて、当日は無残にも縄でシバかれてるんだろうなって思っただけですわ」
「エリス……シバくではなくて縛るですよ」
おかしな雰囲気で、ひとしきり笑った。だが、三人は笑みの奥に寂しさを隠して笑った。先生に悟られることがないように。
三人はそれぞれ笑い終えた後、先生からの贈り物を大切に腕に抱え、教科書類は自身のリュックにしまい、ぼろぼろだが思い出の詰まった部屋を後にした。
エリスの腕に引きずられていったロイスだったが、彼はきっと何か質問をしたかったに違いない。
かわいい教え子たちの背中が教室から消えた後、私は深くため息をついた。
「……あの子たちを旅立たせるには早すぎた……どうか、どうか、エリフィム様、彼彼女らをお守りください」
空っぽの教室を見て、早々に手放すことになってしまった教え子を心配する。そして、エリスの言葉が胸に突き刺さる。
「魔法分野に足を踏み入れると普通の生活に戻れなくなる……か、本当にその通りだ……」