31話「先生宅」
一年経っても、教室はまるで時間が止まったかのように、変わらない姿を晒していた。いや、変わらないどころか、さらに朽ち果てたようにも見える。
廃れたコンクリート造りの壁は傷だらけで、ところどころに亀裂が走っている。湿気を含んだ木材の腐臭が鼻をつき、埃っぽい空気が喉をざらつかせた。
蜘蛛の巣が至る所に張り巡らされ、天井の梁から垂れ下がるそれが、まるでこの場所に巣食う亡霊のように揺れている。
机と椅子は一年前と変わらぬ配置のままだ。しかし、それらはもう学び舎の風格を失い、ただの朽ち果てた残骸に成り果てていた。木の脚は腐り、わずかな力を加えただけで崩れ落ちそうなものもある。触れればギシギシと不吉な音を立て、埃が舞い上がる。
「……こんな場所で勉強していたんですの?」
エリスは思わず眉をひそめる。一年前は何も感じなかったのに、今になってこの惨状が目につく。いや、当時は夢中で気にも留めなかったのかもしれない。
部屋はほとんど陽の光が届かず、ただでさえ陰鬱な空間に夜の闇が重なり、なおさら不気味さを増していた。灯りといえば、机の上に無造作に置かれた数本の蠟燭だけ。だが今は、それらも炎ではなく暗闇を宿している。
「この場所も、久しぶりに来ましたわね」
エリスはかび臭さに顔をしかめつつも、懐かしさを滲ませた声で呟く。
「すごく懐かしい……けど、まだ一年しか経ってないんだよなぁ」
ロイスが机のひとつに触れようとして、その手を止める。埃が分厚く積もり、指を這わせただけで跡がくっきりと残った。
懐かしい。だが、まるで別世界のようにも感じる。
この一年で自分たちはどれだけ変わったのだろうか、そんな思いが、ロイスの胸をかすめた。
「二人とも、もう遅いから、一旦、教室探検はまた明日にしよう」
先生が静かに言った。
「今日はうちに来て、ゆっくり休もう」
彼の言葉に、エリスとロイスは顔を見合わせる。
この薄暗く、かび臭い教室に留まる理由はどこにもない。だがそれ以上に、思わぬ提案に胸を躍らせていた。
今まで訪ねたことがなかった先生の家。どんな豪邸に住んでいるのか、昔三人で話し合った時は、庭付きの三階建てで犬を五匹飼っており、使用人が三十人ぐらいいて、毎日が豪華な食事であふれていると談笑していたことを思い出す。
実際、先生の家に行ったことはない。それは、エリス達が遠慮していかなかった部分もあれば、身なりの問題もある。
先生はおそらく平民ではない。つまりエリス達とは違った階級の人間に分類されているはずだ。毎日こぎれいな服とお昼には食料を持ってきてくれていた。子供たちの目には、それが上流階級の人の振る舞いに映っていた。
そんな身分の人の家に平民以下の子供が入ったと知られれば、先生の評価や評判、噂は悪目立ちするだろう。それを防ぐためにも、できるだけ関わりは最小限にしようと無意識に努めていた部分もあるのではないか。
身分に関しては今も変わりはないが、魔法学校に入学しているというアドバンテージは持ち合わせてもらっている。ただ、それも先生のコネによるものという部分は目を瞑ってもらいたい。
今なら先生の家にお邪魔したとしても、特に問題はないだろう。外見だけを見るならば、の話だが。
教室として使っていた家から、少し歩いたところに先生の家はある。
大通りに出て、初めて味わう夜街に感動を覚える。これだけ人通りの多い場所はアンブルグでも体験していない。
初めて見るダイネの夜の街。お祭りのような雰囲気がエリス達の気分を徐々に上げていく。
太鼓や笛を引く楽団や酒屋で騒がしく談笑する屈強な男たち、大通りのはずれに目をやれば歓楽街も広がっている。さすが商人の街と言われるだけのことはある盛り上がりだ。これが毎晩であればうっとおしくなるような気もするが、今はマイナスなことを考える気分ではなかった。
活気のある大通りを抜け、遠くに先ほどの喧騒を背にして到着したのは、二階建ての細い家。
文字通り細く、家と家の間に無理やり家を建てた、そんな印象を受ける。
「到着だ。お前たちも俺の家に来るのは初めてだったよな。さぁ、遠慮せず入れ」
思っていたよりもこじんまりとした場所に、ひっそりと建つ先生の家に、三人は少しがっかりした気分で肩を落とした。




