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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第2章「エリスの魔法」
31/75

30話「再会」

 ダイネの街へと再び歩きだした3人の空気は少し異質なものになっていた。

 はじめましての人との会話がちょうどこのくらいの雰囲気を漂わせているだろう。どっちつかずのお互いが手探りでどちらも攻め入って来ない、完璧に間の取れた距離感。

 ロイスとエリスは、オークスを二度も助けることができなかったことを悔やみ、後ろめたく思っている。

 怪物に勝手に体を借りられたオークスは、意識を失っている間の会話は聞こえていたらしい。鏡の向かい側から話しかけられているような、不思議な体験をしたと語っていた。

 そんなオークスは、ロイスやエリスが奮闘していたことを見てはいないものの、聞こえてたため、彼らを責める気は毛頭ない。ましてや、それを責めたとして現状が好転するわけでもな「二人とも、もう少しで久しぶりの故郷の街だよ。それに先生にだって会える。そんな暗い顔してたら、また何か言われるよ」

 オークスは二人の間に入り、お互いの顔を交互に見ながら、まるで小さな兄のように言葉をかける。その声は優しく、それでいてどこか気遣うような響きを持っていた。

 ロイスとエリスは、歩みを止めることなく、少しだけ視線を落とす。

「また……助けられなくて、ごめん」

 ロイスがそう呟くと、エリスも静かに続いた。

「力不足でしたわ……」

 二人の顔には、自責の念が滲んでいる。

 そんな二人を、オークスはじっと見つめる。

「いいって、二人は落ち込んでる姿よりも、いつも僕を困らせるような、やんちゃな二人の方が好きだよ」

 彼の言葉は、どこまでもまっすぐだった。

 オークスの白く曇りのない瞳が、二人を覗き込む。その眼差しは、余計なものを削ぎ落とした純粋な光そのもので、ロイスもエリスも思わず息を呑んだ。

「わかったよ。これで最後にする」

 ロイスは観念したように肩をすくめ、そしてオークスの頭に手を置く。その手のひらには、温もりと同時に、彼の確かな存在が伝わってきた。

「私も、この気持ちは忘れないですけれど、もう見せませんわ」

 エリスはそう言いながら、照れ隠しのようにオークスの頬を引っ張る。ほんのりと赤らんだ頬が、どこか微笑ましい。

「ほれでほほ(これでこそ)……エリスだね」

 頬を引っ張られたまま、オークスがくぐもった声で笑う。その瞬間、張り詰めていた空気が一気に和らぎ、三人の間にはいつもの温かな雰囲気が戻ってきた。

 それからの道中、話題は尽きることがなかった。

 エリスが初めて自分で放った魔法の話。オークスが体験した不思議な現象についての続き。今晩の夕食のメニュー、先生に会ったら何を話そうか――――そんな何気ない話題で、足取りは軽くなっていく。

 特に盛り上がったのは、やはりエリスの魔法についてだった。

「初めて魔法を打った感じはどんなだった? ヒノさんの魔法に似てたけど意識してた? 熱くなかった? 体はどんな感じ? どうやって発動したの? 杖は……使ってたけど杖と素手だと何が違ったんだろう?」

 ロイスのマシンガン質問は終わりを見せない。それらすべての弾を拾っていたら、エリスの喉は到底耐えられていない。だから彼女は、できるだけ詳細に体験談を話し、質問を少なくさせるという力業に出た。

 ークスもそんな二人のやり取りに目を細め、自然と口元がほころんだ。

 そうして和やかに歩く彼らの胸の奥には、それぞれに抱えた思いがある。

 ヒノビの身に何があったのか、それは先生と合流してから話すとオークスは言っていた。なんでも、怪物本人がそう望んでいるらしい。

 遠くに見えるダイネの街が、徐々にその輪郭をはっきりとさせていく。と同時に太陽は西の空へと姿を消そうとしていた。

 草原での野宿は避けると決めていたため、後半は何度も足を速め、ほとんど駆けるようにして進んだ。昼間は程よく暖かく外を散策するにはこれ以上の日はなかっただろうと絶賛するが、日が沈んでからは空気が急に冷たくなり、汗ばんだ肌を容赦なく冷やしてくる。それでも、どうにか月が真上に昇る前には目的地に辿り着いた。

 辺りはすっかり闇に包まれている。風が草を揺らすたびにささやくような音が彼らの耳をくすぐった。月の光は頼りなく地面を照らし、長く伸びた三人の影がぼんやりと揺れる。

 やがて、ダイネの街の入り口に辿り着いた。

 アンブルグとは異なる石門が、黒くそびえている。アンブルグの門が厳格な造りであるのに対し、こちらはどこか親しみやすさを感じさせる。角が丸みを帯び、装飾も少ない。それは、この街が商人の街ということに関係があるのだろうか

「こんな夜にどうしたんだ?」

 門兵の男が優しく声をかけてきた。

 暗がりの中でも、彼の顔立ちはぼんやりと見える。鼻筋の通った精悍な顔、無精髭を少し生やした顎、腰には長剣がぶら下がっている。

 普通ならば、この時間帯に子供だけが平原の方から駆けてくるなど、怪しまれてもおかしくない。ましてや、相手が大人だったらどうだろう。門兵は、警戒心を剥き出しにし、剣に手をかけて警告していたかもしれない。しかし、目の前の男は特に疑う様子を見せない。

 ロイスはそのことに、ぼんやりとした安堵と、ほんの少しの違和感を覚えた。

 大人ならば即座に詰問されるような状況でも、子供というだけで通されることがある。この"身分"が時には便利に働くことを、ロイスは改めて感じた。

「俺たち、アンブルグの街からある人に会いに来ました」

 ロイスは、極力落ち着いた声で答えた。

「アンブルグって……そりゃ大変な場所から来たもんだ」

 門兵の男は、少し驚いたように目を細めた。しかし、それ以上は何も言わず、後ろを振り向くと門の側に控えていたもう一人の門兵を手招きする。

「おい、ちょっと来てくれ」

「はい! どうしましたか、先輩?」

 呼ばれた門兵は若い男だった。声の張りからして、まだ駆け出しなのだろう。

「この子たちが会いに来たっていう人を照会して、ここに連れてこい。今すぐにだ」

「わかりました!」

 若い門兵は、すぐさま駆け出していく。

 「もう少し待ってくれるかな。ところで、どうやって来たんだい?」

 門兵の男は、興味深げに問いかけた。その声音には純粋な好奇心が混ざっていたが――――もしかすると、無意識のうちに不審を抱いていたのかもしれない。

「歩いてきましたわ。私たち、アンブルグの魔法学校の生徒ですもの。体力はとても大切ですのよ」

 エリスは誇らしげに胸を張る。月光を浴びた彼女の茶髪が、ふわりと揺れた。

 ロイスは、その場の空気を少しでも和ませるように、男の耳元でそっと囁いた。

「彼女、今日初めて魔法が使えたんです。だから、褒めてやってください」

「え!? 魔法を使えるのかい?」

 男は目を丸くして、エリスを見下ろした。

「そりゃすごい! おじさんにはさっぱり分からねぇが……とにかく、よくやったぞ、お嬢ちゃん!」

 そう言うが早いか、大きな手がエリスの頭をくしゃっと撫でる。その荒々しさにエリスは驚きつつも、悪い気はしないのか、口元がほころんだ。どこか、父親が娘を褒めるような、そんな光景だった。

「それはご両親も、さぞ鼻が高いことだろうな! ガハハッ!」

 その瞬間、三人の表情が一変した。

 わずか一拍にして、場の空気が凍りつく。

 「両親」その言葉は、彼らにとって決して誇らしく思えるものではない。世間一般の子供たちが抱く温かい家庭の記憶とは正反対の、忌々しい存在だったからだ。

「そ、そうですわね。あはは……」

 エリスは引きつった笑みを浮かべたが、その目は笑っていない。深い闇を宿し、一瞬にしてフラッシュバックした両親との()()()の数々。

「そ、そそそそうだ、おじさん」

 オークスが突然、口を開いた。

 いつもの超絶人見知りの彼にしては、異様な早さだ。

 エリスの険悪な空気を悟り、それを誤魔化そうと、ぎこちなく会話を切り替えたのだろう。

「さささ、最近、街はどう?」

「こりゃ難しい質問だな」

 門兵の男は少し困ったように頭をかく。

「街はいつも通り繁盛してるんだが……」

 そこで言葉を濁した。何か言いにくいことでもあるのだろう。門兵は一瞬、躊躇うように視線を遠くへ向けた。

 そして、意を決したように口を開く。

「まぁ、大丈夫か……」

 三人がじっと男を見つめる。

「最近な? 女王が病に伏せたって噂が、俺たち兵士の間で流れてるんだ」

「女王が? どうしてそう思うんですか?」

 ロイスが即座に問い返す。

「門兵の俺じゃ詳しくは知らねぇが……最近、城に出入りする馬車の数が増えたらしいんだ。それだけなら、まあ気にはしねぇんだが、出てくる馬車に積まれてるものが、やけに薬品臭いって話だ」

 三人は思わず顔を見合わせた。

 女王の病――それが、何を意味するのかはまだ分からない。だが、この街に入る直前に聞かされた情報としては、あまりに不穏なものだった。

 門兵は軽く肩をすくめ、周囲をちらりと見回した。

「単なる噂だがな。もしそんなことが他国に知られたら、また大きな戦争になりかねない」

 彼は低く呟くように言った後、はっとして声を潜める。

「あっ! この話は内緒だぞ?」

 門兵は冗談めかした口調に切り替えたが、その目はどこか慎重だった。

「もちろんです。俺たちも戦争は御免なので」

 それからしばらくして、門の向こうから、足音が近づいてきた。

「来たぞ」

 若い門兵が、もう一つの影を連れて戻ってくる。

 その影は、月明かりに照らされながら、ゆっくりと近づいてきた。

 長い旅のせいか、どこか疲れたような足取り。しかし、そこには見覚えのある、懐かしい雰囲気があった。

「いやぁ、すみません、お世話になります」

 低姿勢でぺこぺことお辞儀を繰り返す男。その声を聞いた瞬間、エリスが叫ぶように呼んだ。

「先生!」

 ロイスもオークスも、息を呑んだ。彼らが会いたがっていた「先生」。記憶の中と変わらぬ、どこか頼りなく、しかし優しさに満ちたその姿。

 先生は三人を見つめ、目を瞬かせた。

「お前ら……久しぶりだな!」

 月明かりの下、顔じゅうにしわを寄せながら、笑みを浮かべる。

「一年足らずで、こんなに成長して――――」

 言葉が詰まった。

「うっ……」

 彼の目がゆっくりと潤み、唇が震える。

 袖で涙を拭いながら、先生は何かを言おうとした。しかし、言葉にならない。

 ロイスは、そんな先生の姿を見て、少し驚いた。エリスも、オークスも、言葉を失う。

 先生は涙もろい。

 それを、三人はこの時、初めて知った。

「先生? ちょっといいですか?」

 門兵の男は先生を子供たちから離れた場所へと案内すると、

「子供だけで隣町から来させるなんてどうかしているぞ! (以下略)」

 短い時間ながらも、こっぴどく叱られる先生。生徒に聞かれることはない距離とはいえ、あまりに大人げない姿だった。だが正論だ。門兵の男の正論には子供を想う愛があった。

 それから、感動の再会を果たしたエリス達は、先生と共にいつもの教室へと戻っていった。

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