17話「入学式」
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ついにやってきた。魔法を学べる学校への入学式が。
天気は晴れ、風もなく、日差しもちょうどよい。
朝はネモさんの手作りのパンケーキを二枚。高級なはちみつとバターをたっぷりかけて頬張った。
身支度も完璧だ。これもネモさんのアドバイスに忠実に従い、仕立ててもらった高級品。ダイネの街から着てきた洋服では、この街で生活するには少々難ありとのことだった。
それもそのはず、ほぼツギハギのような洋服に、よれよれになった綿製品を着ているのだから。せっかくの式典にそういう服装は似つかわしくないとのこと。
初めてネモさんのお店でお世話になってからおよそ1週間。
その間はひたすらにネモさんのお店の手伝いを仕込まれていた。朝は6時から夜は9時まで。
お店自体は夜の11時ごろまで営業し、その後次の日の準備をしてから完全に業務が終了する。
ただ、子供ということもあり、ほとんどは雑用だった。また、昼の休憩はかなり多めにもらえ、12時から5時まで休ませてもらえる。
多忙な1週間というわけではないが、働くということの大変さを体感した。
式典は学校の中、大きなホールの中で行われる。
街の気品のある様子とは打って変わり、本に出てくるお城のような内装をしている。
壁は赤を基調とした色合いで、床には光沢のあるタイルが敷き詰められ、奇妙な紋様が描かれている。
天井からは巨大なシャンデリアが四つぶら下がっており、お互いの光を反射し合って虹色に光っている。
このホールには円卓が八つほど置かれ、さながら舞踏会の会場を想起させる。また、その円卓の上には見たこともないような豪勢な料理が所狭しと並べられ、この式典の重要性が伺える。
最奥には数段の階段と、壇上には伝説上の生き物とされるドラゴンの銅像が二体、お互いを睨み合いながら吠えている様子が彫られている。その躍動感、細工までこだわり作られたそれは、今にも動き出しそうなほどのリアルさである。
そんな式典場に異色の服装で登場したのがエリス、ロイス、オークスの三人。
彼らはネモから教わったアドバイスを基にして選んだ製品。少しばかりパンチのある、服装に身を包んでいた。
「なんだあれ、どこの貴族だよ」
「うわー」
周りからは稀有な目で見られ、その感触は三人にとって馴染み深く最も嫌いな視線だった。
「これ、服装間違えたんじゃないですの?」
「変に目立っちゃってるね」
「ちょ、ちょっと二人とも、あんまり奥にはいかないで……」
扉を開けて入場し、即座に気づいた。
辺りはドレスやタキシード、またはそれらに付随する貴族らしい服装を身に纏い、各々がその家柄を主張するために胸には家紋のバッチを着けている。
入る場所を間違えたと思わせられるほど、自分たちの地位とはかけ離れた雰囲気。息が苦しくなる。
「ちっ、貴族だけかよ、この学校に入学したのは」
「はぁ、先が思いやられますわ……」
「ひえ……」
『貴族』それは、この世界において様々な功績、世界的な業績、扉を開く者を輩出した家など、世界に名を冠した何かを達成した家に授けられる勲章の一つ。
一般的な地位とは優位なものになり、各方面に顔が利くほどの知名度になる。
「ようこそ、新入生たちよ!」
ホールの奥、広い壇上に立つ人物の声が響く。彼はこの学校の校長だろうか。長い銀髪を持ち、紫色のローブをまとったその姿は一目でただ者ではないと分かる。だが、それ以上に目を引いたのは彼の背後に浮かぶ巨大な魔法陣だった。淡く光るそれは、見ているだけで自分の内なる魔力が共鳴するような不思議な感覚をもたらす。
「君たちは今日から、この偉大なる魔術学校――――『アラン魔法学校』の一員だ。ここでは魔法とは何か、どう扱っていくべきか、どういう効果があるのか、など様々な分野について学んでもらい、生徒諸君で特異な魔法を作り出してほしい」
校長の言葉に会場が静まり返る。生徒たち全員が真剣な表情で耳を傾けている。校長はゆっくりと手を掲げ、ホール全体に向かって宣言した。
「これより入学式を執り行う!新たなる魔法使いたちよ、覚悟はできているか?」
その言葉と同時に、壇上に浮かんでいた魔法陣が一層輝きを増し、まるで生きているかのように動き始めた。会場全体に淡い光が広がり、まるで魔法そのものに包み込まれるような感覚がする。
次の瞬間、オークスは背後から誰かに軽く肩を叩かれた。声にならない悲鳴を一瞬挙げながら振り返ると、そこには同じくらいの年齢に見える少年が立っていた。彼の短い黒髪は整っていて、その瞳は驚くほど明るい緑色をしている。
「やあ、君も新入生だよね?僕はリョカっていうんだ。あんまり緊張しすぎると、せっかく初めて魔法を見れたのにもったいないじゃないか」
彼はいたずらっぽく笑うと、手を差し出してきた。
「…あ、ありがとう。僕はオークス……です」
彼のお腹辺りに視線を集中させて、自己紹介をする。
差し出された手を握ると、少しだけ緊張が和らいだ気がした。
「オークスか。いい名前だね。ほかの二人は?」
「こんにちは。俺はロイス」
「私はエリスですわ」
「よろしくね。オークス君だけが緊張してるように見えるね」
リョカは苦笑しながら握手を交わす。
「さ、そろそろ自分の席に行かないと。本当の試練はこれからさ」
リョカは軽やかな足取りで歩き出す。その背中を見送ると、三人も自分の席に向かって歩き始めた。
入学式が終わると、新入生たちはそれぞれのクラス分けが発表されるため、ホール脇の掲示板へと向かった。そこには煌びやかな金色の文字で名前が記された紙が張り出されている。
エリス達も胸を高鳴らせながら自分の名前を探した。
「あった、ここだ……クラスB?」
「私はクラスCですわね」
「俺はクラスAだ」
三人別々のクラスへと配属された。
オークスにとっては最も恐れていた事態だった。
一つのクラスにはおよそ二十人のクラスメイトがいる。しかし、そのほとんどはオークスと顔見知りではない。となれば言わずもがな、オークスは縮に縮みまくった学校生活の幕開けだった。
同じクラスの名前を眺めていると、先ほど話しかけてきたリュカの名前もそこに見つかった。米粒程度だが、安堵する。誰も知らない中で一人でも話したことのある顔がいるのは心強い。
「オークス、こっちこっち!」
振り向くと、リュカが手を振りながら笑顔で駆け寄ってきた。
「僕たち、同じクラスだね。運命かも?」
オークスは苦笑しながらうなずいた。リュカの無邪気な性格に、早くも苦手意識で意識が飛びそうな自分を感じている。
「リョカ……だったよね。オークスは人見知りなんだ。ほどほどに接してあげてくれ」
彼とオークスとの間に体を割り込んで、少ない笑みを浮かべてリョカを制止させた。
「おっと、これは失礼。怒らせるようなことだったようだね。申し訳ない」
リョカは雰囲気を察して即座に謝る。
「大丈夫だよロイス。ちょっとびっくりしただけ」
申し訳なさそうに顔をのぞかせるオークスは、二人のピリついた雰囲気に割って入る。
「よろしくね。リョカ……さん」
「うんうん! こちらこそ」