13話「アンブルグ到着」
次に目が覚めた時は馬車の荷台の中だった。
怪物から逃げるようヒノビに言われ、一目散に各々が逃げていた。そして、とんでもない地響きと爆発音が鳴り響いたと思ったら、空から血の雨が降ってきた。
それを浴びてからの意識はない。 ふっと目の前が暗くなるとともに地面へと倒れた。
ガタガタと揺られる音と、お尻が硬い木の板に打ち付けられる感触で意識が戻る。
「あ、やっと起きた。オークス大丈夫?」
「うん。体は何ともない。大丈夫だよロイス」
顔をのぞき込んできたのは、特徴的な分厚いレンズのメガネをかけている少年ロイス。
「ならいいんだ。エリスも少し前に目が覚めたらしくて、向こうの馬車にいるってさ」
「なら、三人とも無事に……ヒノビさんは?」
この場にいないもう一人の存在。三人の子供たちに逃げるように指示し、強敵との戦闘を余儀なくされた女性。子供たちの中で英雄という位置づけの姿が見えない。
「それが、俺たちだけが馬車に乗せられたらしい」
「じゃあ、見つかっていないってこと?」
「そうなんだよ。しかも、近くに巨大な怪物みたいなのがいなかったか聞いたんだけど、見てないって……」
奇妙な話だとオークスは思った。あれだけの巨体、奇妙な見た目、暴れまわった痕跡の残る森の中を通ってきたであろう馬車がそのすべてを見逃しているという現実があまりにも奇怪なことだ。
「探しに行かなくちゃ……」
「オークス! 気持ちはわかるけど、俺たちの力じゃオオカミにだって勝てやしない」
立ち上がり、荷台から飛び降りようとするオークスの手をロイスはつかみ、静止させた。
「じゃあ……じゃあ! ヒノビさんを、置いていくってこと!?」
ロイスのその行動は、ヒノビのことは助からないと暗示させるものだと感じたオークスは、怒気を強めて言い放った。
「そうじゃない。俺たちにできないことは、できる人に任せようってことだ。『アンブルグ』に到着して、学校に行ったら先生たちに聞いてみよう。あと、『ダイネ』の街にいる俺たちの先生にも」
「そう……だね」
子供ながらにして、無力だと感じた。助けてもらってばかりいたヒノビに、最後まで何もできないままだったから。
表情に影を落として暗くうつむくオークスに、ロイスはなんと声をかけていいかわからない。
自分が不甲斐ないと感じるのはオークスだけではないようだ。
「俺だって、今まで学んできた魔法知識が一つも活かせなかった。ヒノさんの手助けすら出来なかった……。オークスが思っていることは痛いほどわかる。だけど、現実的に考えてくれ。俺たちじゃ、まだ力不足なんだよ」
ロイスは握ったオークスの腕をさらに強く握りしめた。それが、彼の感じている無力感の表れだと、オークスもわかっている。
不甲斐なさに肩を落とす二人。オークスは、荷台から飛び下りることを断念し、ロイスの隣へと腰を下ろす。
「僕らも魔法が使えたら、多少は役に立てたのかな」
遠くに見える昇り始めたばかりの月を眺めながらつぶやいた。
「どうだろうな。多少使えるぐらいだったら足手まといのままだろうな。超強い魔法が使えたら役には立てたかもしれない」
オークスの目が覚めた時には、すでに辺りは夕刻。太陽は一日の役目を終えて眠りにつき、交代で月が顔を出す時間帯だった。
昼頃起こった出来事を考えると、意識を失ってから目覚めるまでにそれほど時間は経っていないように思える。
「ロイスは……ヒノビさんは生きてると思う?」
「……死んでたら死体が発見されてるはずだろ」
「……そうだよね」
目線を再び荷台の床へと戻す。
「少年たち、もうすぐ『アンブルグ』の街」
声をかけてきたのは、この馬車を動かしている御者のおじいさん。麦わら帽子を深々とかぶり、唯一見える口元には白いひげがもじゃもじゃと生えている。
「ありがとうございます。モンバルさん」
モンバルというのはあのお爺さんのことだろう。ロイスは深々と頭を下げながら丁寧にお礼を言った。
「あ、あ、ありがとうございます」
ロイスのお礼に続いてオークスも一拍遅れてお辞儀をする。
「モンバルさんは、この街に農具の補充と種を買いに来たんだって。しかも『グランドーブ』の街から」
「え、わざわざそんな遠くから? どうして?」
「それは答えてくれなかったんだ。オークスが起きるまでずっと話をしてたんだけど、凄く大きな農場を持っているんだって」
「だから馬車も二台あるのか」
「そういうこと」
『アンブルグ』の街。ここは『ダイネ』の街が商人の集う商いの街だとするならば、この街は製品を作る職人の住まう街。街のほぼすべての商店が職人自ら立ち上げたお店かつ店頭に並ぶものは一級品ばかり。
この街には職人以外にも職人見習いとして修業に来る人も多く、かなりの賑わいを見せる街だ。『ダイネ』ほど人の入れ替わりの激しい街ではなく、むしろ顔なじみしかいない街ともいえる。
そんなご立派な街の入り口となっている門、『白北門』に到着する。