11話「移動2日目~アンブルグまでの道中5~」
狙いがヒノビのみならば子供たちを守る憂慮が消え、戦いに集中できる。とはいえ、勝てる要素は今のところない。視界を奪ってもなお追いつき、このプレッシャー。勝てる隙を一切感じない。
怪物は突進と共に尾を突き出し、まるでランスのような攻撃に転じている。攻撃方法や考え方も変わっていることからこの怪物には相当な知性があることが確定。また、それは相手によって変えるのではなく、すべてのパターンをしらみつぶしに試して効果的なものを見つける方法。順応されて攻撃方法を変えられるよりかはマシかもしれないが、いちいちこちらもそれに対応して動きを変えなければいけないため非常に骨が折れる。
刺突と体当たりのコラボ。スピードはしっぽがバランスをとる役割から外れているからか、いつもの半分ほど。しかし、この質量をどうするのかを瞬間的にだが決めかねてしまう。
横へ飛ぶことで回避を試みたものの、その一瞬の迷いによって着地を失敗。足首を軽くひねってしまった。
とにかくヤツとの距離を子供たちから離すために、ひねった足首の痛みを我慢しながらエリス達が走って逃げた方向と逆の方向へ走り始める。
「どうすれば……怪物の探知範囲から外れることができるの?」
突如として上空から木々が降り注ぐ。
振り向くと歩みを止めた怪物が尻尾で木々を薙ぎ払っている。その薙ぎ払われた木が弧を描いてヒノビを貫かんと乱撃される。
怪物はこれ以上ヒノビを追ってくることはないようで、払う木々がなくなれば左右へ移動し再度同じように攻撃を仕掛けてくる。上空から同量の物が降ってくればどんなに密集して生えているとはいえ、その勢いを殺すことはできない。
降り注ぐ槍の如き太い木々たち。その先端は切られたわけではないため、剣山のように鋭い。肌に掠れるだけでも容易に肉を裂かれる。
ならばと思い、怪物との距離を保つのではなく再び縮め始める。
その移動間でヤツを行動を止めることができそうな蔦をいくつか手に取り、一番厄介な攻撃を繰り出す尻尾の動きを止めるための準備をする。この辺りにはうっとおしいほど伸びている。しかもその始まりと終わりをたどれば一生をここで過ごすことになりそうだ。
一気に距離を詰めると、切り株ならぬ折れ株だらけの見通しの良い場所に出る。
対するはこの大陸の先住族。古来よりどんな難敵であれ勝利を手に収めてきた種族の末裔。持ち合わせているのは一族から受け継がれた闘争心。相手が種族不明の生き物であれ、その心が折れることはない。
「再戦といくよ!!」
その掛け声を皮切りに、地面を強く蹴り出す。体は空を切ってぐんぐんと怪物との距離を詰めていく。目測100mを1秒にも満たない時間と一歩で過ぎると、ヤツもこちらに反応して体をゆらりと傾ける。
蹴った地面は大きくえぐれ、爆発のような轟音と共に矮躯の完全な姿を見切ることは難しかった。影のように揺らぐ何かを後ろに残して、怪物の巨大な体の下を潜り抜ける。
が、しかし、その先に待ち構えていたのはヤツの唯一の武器である尻尾。その先端が迎え撃つように迫ってきている。
定石通りなら、自分に近づかれる前に攻撃を仕掛けるところを、あえて迎え撃つという行動に出た怪物に称賛の声を送ろう。おそらくヒノビの行動を予測しての事だろうが、条件が違えば行動も変わってくる。
「好都合だよ、その尻尾!!」
迫る尻尾にひるむことなくさらに加速した。そして、先端の攻撃を跳ねて避けると、そのまま湾曲する尻尾を駆け上がりあっという間に怪物の背中へと到達する。
不敵な笑みを浮かべて何かを確認した後に背中から飛び降りた。そのタイミングを狙って怪物も再度攻撃を仕掛けてきた。落下中の無防備なヒノビの横から、尻尾の先端が迫る。
その刺突攻撃を予想していたヒノビは、右手で短剣を固い鱗めがけて振り下ろし、はじかれる衝撃を使って空中を側転して舞う。そのままくるくると回転しながら地面へと着地。身軽さはやはり炎狐族の武器であった。
二度も攻撃をいなされたことでスイッチが入ったのか、地面に二度尻尾を打ち付けると勢いよく突進をする。
「本当に怪物くんさ、どうやって私の居場所を掴んでるのかな?」
その問いに怪物が答えることはない。だが、その疑問はオークスの護衛戦前から引っかかっていた疑問。
ヒノビがほぼ同時に眼を直接切りつけたのにもかかわらず、一行の居場所を分かって攻撃してきた。それにどんな種が仕込まれているのかはわからないが、偶然にしてはできすぎているし、何よりもヒノビのスピードに追い付いて交戦していることが何よりも不自然だった。
独り言で終わった彼女の漏らした質問が空気に溶け消えた直後、怪物は前足二本でその巨体を急激に減速させる。地面をえぐりながら止まろうとすれば、えぐれた土砂がヒノビめがけて散弾ごとく降りかかる。
巨体とその体重からは想像もできない速度を繰り出せるからこその攻撃。同格ならばただの塵程度にしか認識しないが、20倍以上の差があるとそれはもはや礫や岩に相当する。そしてその一つ一つが弾丸レベルで飛んでくる。人が避けることは不可能。死を受け入れるしかない。
「ちっ」
大きく舌打ちをして、射程外へと移動するために大きく右へ飛び込む。とっさの判断だが、それ以外で防ぐ方法は見つからない。あたりに障害物となるようなものはすべて怪物が吹き飛ばしたためだ。見晴らしの良さを逆手にとって避けにくい攻撃を炸裂させた。
相変わらずいやらしく相手の想定していないところを突いてくる。知能がいいのか、この場にヒノビがいるのも誘い込まれたようにさえ感じる。
幸運だったのは、怪物の横幅はそれほど大きいわけではなかった事。トカゲのような見た目に近いため、細身のおかげで広範囲とはいえ避けきれない範囲まで攻撃が届くことはなかった。
着地と同時に全店をして飛び込んだ勢いを殺し、すかさず怪物の方へ駆けだす。距離を離せば先ほどのような無差別広範囲攻撃を繰り出されることがわかればヤツの近くで戦うほかない。それに、近づかなければ決着すらつけられない。
ヒノビの持ち物は短剣二本が一番の武器だ。第二の武器として蔦があるが、それで仕留められるほど簡単な相手ではない。どちらにせよあの大きさの生き物を殺めるとなれば非常に心もとない武器である。
駆け込む彼女の姿を目で追うことはしないままに、大きな尻尾を振り上げて叩きつける。横薙ぎ払い、刺突の次は叩きつけの攻撃。攻撃方法にバリエーションが増え始めている。それは怪物の知能の高さを物語っている。
日が出ていることで、叩きつけの攻撃が来ると影が彼女の体を覆う。条件反射のように影が差せば左右どちらかに避ける。それを繰り返して怪物に接近する。
「次はこっちの番!」
怪物の懐、腹辺りに到着すると初めは気づかなかったが、そこにはかすかな焼け跡と切り傷だろか、ほんのわずかにだけ刃物による古傷が存在している。
その傷をめがけて腕を上げ手のひらを上に向け、「二発目!」の魔法を放つ。
小さな炎の弾はその体表に唯一であろう傷に接触すると、その真価を発揮した。見た目はゆったりとした炎の塊だがそれが何かしらの物へと触れることで大きく膨れ上がり大爆発する。
見た目以上にとんでもない破壊力のあるヒノビの炎魔法。彼女の十八番ともいえるその魔法は先生から初めて教わった魔法であり、彼女と一番相性の良かった魔法だった。
想定外だったのは、大爆発を起こすこと。先生から教わった魔法は爆発することなく、着弾時には内巻きに回転しながら炎円を形成していた。ふわりとした柔らかな印象のある先生の炎。魔法の教育において言語化ができていない部分の方が多すぎた結果、感覚での訓練になってしまったため、どこかで歯車が狂ったのだろう。それが役に立つ場面は街にいれば一度だってなかった。
だが今ほどその威力を利用する場面はない。
爆発したヒノビの炎は怪物の巨体を数㎝浮かせるほどの威力を誇っていた。その後、炎は爆発の原点に収束するように集まったのち、巨大な竜巻へと変貌する。
怪物の腹をなでるように広がっていく炎の渦。その古傷に接触されるのはどうやら効くらしく、すぐさま地面へと伏せて炎を消す。
「さっきの傷、だれがつけたものなんだろう」
短剣で近距離からの全力攻撃ですら傷一つつかなかった鱗に傷をつけていたのだ。
炎狐族の一撃でできなかったことを成し遂げることができるのは、果たして誰なのだろうか。
「まぁでも、あの傷が弱点ってのはわかったね。まぁ、今後は容易に下へ潜り込ませてはくれないだろうけど」
二段攻撃目が竜巻のようになることは既知の事。迅速に炎の届かない怪物の背中へと移動していた。
「さてと、成功してくれることを願ってるよ」
そう言ってヒノビは背中衷心より横腹側に近い位置の鱗の間に短剣を突き刺した。そこに蔦をしっかりと巻き付け、引っ張っても抜けないことを確認してから反対側の横腹側に蔦を垂らす。素早く反対側へと移動すると、そこに二本目の短剣を突き立てる。そして先ほどと同様の蔦を巻き付け、外れないことを確認してから再度蔦を垂らしておく。
やることが済むと怪物の背中から尻尾に警戒しながら飛び降りる。横や上を警戒しながら着地に備えていると、まさかの地面から突き出して尻尾の刺突攻撃が繰り出された。
予想だにしない場所からの攻撃に、さすがのヒノビも焦りの表情を浮かべる。
「それは―――無理!!」
攻撃を防ぐための短剣は背中に刺してきた。攻撃を受け止めることは生身でしかできない。もちろんそんなことをすれば体の半分、もしくはすべてが肉塊となり果てるだろう。
「これしかない!」
刹那の思考で絞り出された案は魔法を放ちその爆風で避けるというものだった。それには様々な危険を孕んでいるが、生身で受けきるよりも安全に避けられる可能性がある。苦肉の策だが、賭けてみるしかない。
「はっ!」
放った魔法はヒノビが落下するよりも少しだけ早い速度で尻尾に向かう。対して、尻尾は動きを止め、待ち構えるようにして下から突き出ていた。
彼女の魔法の欠点としてはなった直後の弾は思った以上にゆったり移動するという事。それが自身の落下速度とどの程度の差なのかは今まで試したこともなければ知ろうと思ったことすらなかった。
実際は同時に進むのではなく、魔法の方が早く進んだことによって、彼女の体と魔法の爆発地点が同じになることは避けられた。
魔法が爆発すると、ヒノビの体は怪物との距離を大きく離して落下する。背中を強打する最悪のパターンでの着地をし、肺にまで強い衝撃を受けたことで大きく呼吸を乱される。荒々しく細い呼吸を繰り返し、何とか元の呼吸に整えようとする。
「は……ぁ、は…ぁ、はぁ」
途切れ途切れになりながらなんとか最低限の酸素を取り込めるほどに落ち着く。ちかちかと明滅する視界の中、ヒノビは怪物の行動にある仮説を立てた。
「先が……視えているのかもしれない」
今までの行動、攻撃などを振り返るとそのすべてにおいて、彼女の先を知っているかのように攻撃が繰り出されていた。特に直前の地面からの攻撃は落ちてくる場所やタイミングを知っていなければどうやってもできる芸当ではない。そして、魔法を使うことすら予測していたように、待っていたのだ。
そのまま突き刺せば100%、絶対にやられていたのにもかかわらず、ヤツは待ち構えていたのだ。
先が読めるだけではない。楽しんでいる。明らかにヒノビとの戦闘を娯楽とでもとらえているかのように遊んでいるのだ。
「そんなの、無しでしょ」
仰向けから横を向いて顔を上げ、怪物の方へ目を向ける。半開きの口からは相変わらず涎が滝のように流れ出ている。
変化のない表情からはどことなく余裕の表情、もしくは弄んでいることへの光悦な表情を浮かべている。
対象に、苦しく力ない表情で見つめるヒノビの目には絶望の色が浮かんでいた。