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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第1章「始まり」
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9話「移動2日目~アンブルグまでの道中3~」

「あの怪物をどうにか撃退できないだろうか」

 ロイスの思いがけない提案に、その場にいた全員の脳を一瞬フリーズさせる。

「この森を抜けるにも一泊する必要があるし、アレをどうにかしなければこの場から動くことすらできない」

「まぁ、私も同じことは考えていたけど……」

「そもそも、あの怪物は僕たちを襲ってくるのでしょうか」

「確かにな。襲ってくる確証はないよな。確かめようがないけれどね」

 三人で様々な観点から議論を進める一方で、枝の中心でうつ伏せになりながら肩を震わせている少女が一言放つ。

「ごごご、ごめんなさい。私、高いところが苦手でそっちに行けそうにないんですけれど、撃退できそうな雰囲気はあるんですの?」

「「「ない」」」

 三者一択の力強い回答にエリスはあっけにとられる。

「やっぱり敵意があるのかどうかを調べることが先決かな。無ければ俺らは無視して『アンブルグ』の街に向かえるんだよな」

「そうですね」

 あの怪物がこちらに興味があってあそこに佇んでいるのか、敵意むき出しで降りてくるの待っているのか、そもそも無関心で一行に興味を持っておらず、ただただ木の上を眺めているだけなのか。様々な説は思い浮かぶものの、敵意の有無によって不明瞭な部分がかなり明確になる。

 だが、どうやってそれを証明できるのか。

 希望を失った目で枝を眺めているエリスを心配しつつ、ロイスはヒノビの方に顔を向けた。

 その視線に気づくとロイスが言わんとしている意図を察し、納得した表情で立ち上がる。

「ちょっと、私が降りてみるね」

 炎狐族の彼女であれば、それらの説をより確固たるものへと詰めることが可能なのだと判断したのだ。というよりも、この場にいた誰もが真っ先に思い付いた案だったのだろう。だが、最悪の場合自身の命がかかっているため、その重荷を彼女に背負わせていいものか、ほかに方法があるのではないかと模索したものの、手っ取り早く且つ仮に怪物を刺激したとしても生存率が高いのは、やはり彼女を起用することだけだった。

 ヒノビ自身もロイスの目配りでそれは容易に察せる。自分にしかできないことなのだと。自分に興味をひかせることができれば、少なくとも子供たちへの被害はなくなる。護衛の任務での最優先事項が達成できるのであれば、自らを犠牲にして行動するまで。

 決心したヒノビは、怪物の佇んでいる場所の反対側から飛び降りる。

 降下中は特に怪物が動くことはなかった。待ち伏せなどを警戒していたが何事もなく無事に地面に降りることができた。

 彼女にしかなせない技ではある。100m以上あるような場所から飛び降りて無事に降りられるのも。

 ヒノビはそのまま怪物のいる幹の反対側へ歩く。

 彼女にとっても、これほど体格差のある動物?と相対することは経験がない。加えて、今まで見たこともない生物であることから、どういう行動をするのか一切見当がつかない。少なくとも、俊敏な動きと怪力がありそうだという情報は持ち合わせているが――――。

「あの怪物について、先生だったら何か知ってるかしら……アンブルグに着いたら一度連絡をとってみようかな」

 緊張感に支配された体は、自然と拳を作り、額にはじんわりと汗をかいている。最強の種族と称されるヒノビであっても、その血にしみ込んだ歴戦の勘と生存本能が彼女に逃げるように促している。それだけの大敵、それだけの相手だということを肌で感じ取っている。

 ヒノビの考えるプランとして、とにかくこちら側の敵意がないことをまずは証明する。なので、短刀は握らない。できるだけ無防備、無抵抗、無関心を貫き、相手に敵意が一切ないことを伝えなければならない。その後は、相手の出方次第だろう。

 一歩一歩と怪物に近づくにつれて今にも口から飛び出そうなほど心臓の鼓動がうるさくなる。

 怪物のしっぽがゆらゆらと不気味に揺れているのが見え、気味の悪い胴体が見え、そして最後にトカゲ顔が見えた。

 幹の陰から出てきた新たな人影に気づいた怪物は、ヒノビの方へ顔を向け――――薙いだ。

 「なっ!?」

 一瞬の出来事だった。怪物の目に見えない一閃。それはヒノビの頭の上をかすめ、巨木へと打ち付けられた怪物のしっぽだった。

 巨大な質量と質量がぶつかり合うことによって起こる衝撃波と爆音。それはヒノビの体を数m吹っ飛ばすほどの威力を持っていた。

 とっさに目元を腕で覆いながら体を丸めることにより弾け飛んだ幹の破片が急所に入るのを防ぐとともに、吹き飛ばされた後にスムーズな受け身をとる。

 「なん――――」

 地面につく直前に体をうつぶせの状態にし、手と足を地面に突き立てるようにして吹き飛ばされた勢いを殺す。その後すぐに顔を上げて怪物の方を向く。

「まずい!!」

 そこで目にしたものは、巨木が軋みながら徐々に倒れていく様子だった。

 現状を理解するのと同時にヒノビは地面を力いっぱい蹴り出し、倒れる巨木からエリス、ロイス、オークスの順に姿を捕捉し、さらに加速する。

 彼らは枝に必死になってしがみついており、徐々に巨木の倒れる速度が増加することによって体がふわりと浮き始める。次第に、しがみつける力よりも木の倒れる速度の方が早くなり、その幼体は簡単に空中へと投げ出されてしまう。

 子供たちを助けるべく巨木が倒れるよりも速く移動し、ぐんぐんとその距離は縮まっていく。

 その間、怪物はどこかにやけた表情でその一幕を見つめている。

 巨木の徐々に斜める幹を疾走し、落下中の子供たちが一直線になるタイミングめがけ跳躍する。

 まずエリスの体に手が伸び、彼女の腕をつかんだ。そして、そのまま抱きかかええ、ロイスの体もキャッチする。しかしここで、ヒノビのミスが――――

 「前が、見えない!」

 エリスとロイスを抱きかかえる形でキャッチしたため、子供たちが背負っている大きなリュックがヒノビの視界をふさぎ、先にいるオークスの姿が見えなくなっていた。

 ヒノビは片腕で二人を抱きかかえ、イチかバチかで前方に腕を伸ばしてオークスの体が触れることを望んだ。だが、その願いはむなしく散り、オークスの体に腕が触れる事はできず、空をなぞった。

 オークスの体はヒノビのわずか下、だがそれでも今から腕を伸ばしても届く距離ではない。

 落下する様子を視界の端でとらえたヒノビは、腕での救出をあきらめ、足でオークスの体を救い上げるようにして捕らえた。

「ごめんねオークス君、しっかりつかまってて!!」

「ははは、はい!」

 ヒノビの言葉にオークスはしがみついている腕の力をより一層強める。そして、オークスが足につかまったことで跳躍の勢いは完全に相殺され、ヒノビの体も落下を開始する。しかし、このままの状態で着地をすれば片足で三人とヒノビの体重を支えることになる。炎狐族の血筋とはいえど、普段から鍛えているわけではない彼女はそれだけの体重を支えられるのか未知数であった。

 故にヒノビはオークスを軸として空中で体を転回し、背中から巨木の葉っぱに身を委ねてどうにか助かることを祈る。

 短時間で二度の掛けにでることになった自分の力不足を痛感し、奥歯を強くかみしめる。

 巨木は轟音と共に森の木々をなぎ倒しながら地面へと倒れた。

 小高い丘に生えていたことで樹冠がわずかに下を向き、ヒノビの落下地点に葉を広げる。

 ヒノビは背中から葉のクッションに支えられながら徐々にスピードを落とし、最終的に静止した。

「はぁはぁ……何とか助かった」

 抱え込んだエリスとロイスも無事のようで、足にしがみついていたオークスはヒノビの足をいまだがっちりと抱え込んでおり、しばらく離してくれそうにない。

 その三人の中でもエリスは今にも泣きだしそうな表情でヒノビに抱きついている。

「みんな、怖い思いをさせてしまってごめんね。もう大丈夫だよ」

 謝罪と慰めの意を込めて三人の頭を撫でた。

「うぅ……ぐす……わぁぁぁん……」

 それに安堵したのか、エリスは泣き出してしまった。

 高所恐怖症にくわえて、かなりの高さからの落下を経験したのだ。それだけの感情の波が訪れるのもうなずける。

 ヒノビはエリスの頭をなでながら、彼女の不安を少しでも取り除けるようにやさしい言葉をかけ続けた。もう片方の腕は近くの枝を掴み、最後の、地面への着地を試みるために体制を整える。

 オークスのつかまっていない左足で葉をかき分けて地面との距離を測る。

「あまり高くなくて助かった。エリスちゃん、もう一回、もう一回だけ頑張れる?」

「も゛ちろんですわ!! わ゛た゛く゛しは強い女性ですもの!」

「エリスは本当に強い子だね」

 そう言って、二度目の着地、次こそ地面への着地のために枝の隙間から身を投げる。

 着地をすると同時に三人の重さがヒノビの片足に集中してバランスを崩し、後ろへ倒れこむ。

「三人とも、本当にごめんね」

 優しく三人の頭を順番に撫でた。

 地面に到着できたことで、各々が徐々にヒノビの体を締め付けていた腕の力を抜いて、近くに腰を下ろす。

 「あ、ありがとうございます。ヒノさん。助かりました」

 オークスもエリスと同様に目に涙を浮かべながらこちらに顔を向けた。

 人生最大の危機だといわんばかりの表情。こわばった顔と震える手足はそれを証明づけるものだろう。

「まずはみんな無事でよかった。それから、私は今からあの怪物を撃退しようと思ってる」

 三人を抱きしめながらヒノビは怪物と相対することを伝える。その表情は真剣そのもの。獲物を狩る眼をした本気のヒノビだ。

 先生から護衛の任を与えられ、様々な危険を退けることを念頭に行動してきた彼女だが、逃げるだけではこの問題が解決できないと判断した。

 ヒノビを攻撃するのではなく、木の上に残した子供たちを間接的に攻撃し、命の危険にさらした。また、ヒノビが子供たちを助けようとしている最中は何のアクションも起こさず、ただただその様子を傍観していたのだ。空中で身動きが取れない状態であったとしてもそれは同様。

 これがヒノビに対しての挑発だということははっきりしている。もしこれを無視したとしても、また別の形で子供たちが被害にあうだろう。

 この一件ですら子供たちにはトラウマとなりうる出来事だ。二度も三度も同じようなことが起きれば立ち直ることすら危ぶまれる。

 それを未然に防ぐために、今、ここで、ヤツと本気でやり合わなければいけない。

「この巨木が倒れたことで周辺の動物たちは遠くへ逃げているから、しばらくはここが安全。もう少しだけ休憩してて?」

「ヒノビさん、絶対勝ってください」

 三人から遠ざかっていくヒノビの背中に向けてロイスが声援を送る。

 その声を聴いて心身ともに力が沸き上がるのを感じる。

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