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 0:20AM

 カリカリという音で目が覚める。

 見てみれば、少女もとい紫苑が鉄の匙でコンクリートの壁をゴリゴリと削っていた。

 どうやって削ってるんだそれ。そもそも何がしたいの?そんなことを聞きたい気持ちもある。

「・・・何やってんですか?お嬢」

「見ての通り脱獄の準備です」

 その言葉を聞いて眠気が全て吹き飛んでいった。

「何てことしてるんですか!」

「そんな驚くことないじゃないですか」

「驚くと言うか・・・これ以上やらかしを積み上げる気ですか!?」

 礼二は半ば叫び声のような声を上げる。

「ただでさえ拘束されてるのに、これ以上何かやったらもっと罪重くなりますって!もし成功したとて、また必ず捕まります!そうなれば、もっと外に出られなくなりますよ!?」

 必死に言い聞かせるが、それでも届かなかった。

「隣国に移動します。そうすれば、追っ手も追いついてこれないでしょう」

「駄目ですって!逃げるも何も、何処も受け入れてくれる国はありませんよ!?それに、移動手段はどうするんです?空港使うたって、飛行機がないんじゃ国外にいけませんし、そもそも空港自体空いてません。海を渡るにも、俺達は船を持ってない。・・・・まさか、漁船辺りを盗むとか言い出しませんよね?そもそも俺もお嬢も船の免許を持ってないですし、操縦の仕方も知りません。なら、どうするんです?諦めて投降して再度警察のお世話になりますか?」

「大丈夫です。(チェン)さんがヘリを用意してくれます」

 礼二の脳裏に、レンズの小さいサングラスを付けた初老のイケメンが親指を立てている光景がやけに鮮明に浮かび上がる。瞬時に消去したが。

「どうやって連絡撮ったんです?それ」

「もともと用意していた最終手段です」

「それきっと後で手錠付いて知らない怖いところに連れて行かれて、やけに怖い男たちに可愛がられるのがオチですよ」

「その時は、どちらの方が恐ろしいのか、その身にわからせてやれば良いんですよ」

「馬鹿なの?」

 蕾花は掌の上で小さい火花を踊らせる。

 灰毒病の抗体を得た患者が得る、特殊能力。

「幸い、私は爆破の能力を持っています。これでどんな輩でも吹き飛ばせば良いんですよ」

「あ、馬鹿なんだ」

「なんですか上司に向かってその口ぶりは!うだうだ言ってないであなたも働いてください!」

「絶対に嫌だ!」

「でないと今日のご飯奪いますよ!」

「・・・お嬢は食いしん坊ですね・・・・・・・・いや、女性だから食いしん嬢?」

「なにか言いました?」

「ヴヴヴヴヴェッマリモッ!」

 礼二はものすごく動揺していた。


 9:55AM

 結論から言うと、脱獄は成功した。

 だが、こんなあからさまに牢の壁を傷つける方法で脱出すれば、気付かれないはずのもなく・・・・

「どうするんですかお嬢!案の定バレましたよ!」

「クソッ!これ以上あの謎のペーストにビタミン錠剤なんて食ってられるか!私は(シャバ)にでて婆ちゃんの唐揚げ定食を食うんだ!」

「その婆ちゃん先月寿命で死んでませんでした!?」

「そんなこと言ってないで早く足を動かしてくださいよ!あなただけ捕まっても知りませんからね!」

 紫苑と礼二の間には30kmほどの距離があった。

「良いですよ!もう一度警察のお世話になったほうが身の安全も保証されますしね!」

「おまっ、正気ですか!?」

「どちらかと言えば狂ってるのはお嬢でしょ!」

 紫苑はその場で素早く半回転をし、礼二をおぶってもう一度回れ右をして駆け出した。

 礼二の頬は大量の風を受けてリスの頬の如く膨れ上がる。

―――お嬢の脚力も馬鹿にできない。 

『そこの怪力馬鹿!止まりなさい!』

「誰が馬鹿だコンニャロー!」

 怪力は突っ込まないんだ。と言おうとしたが、あんまりにも風が強すぎて声が出なかった。

 上空から更に下に押し付けるような風を感じる。

 空を見上げて見れば、中型のヘリコプターが飛んでいた。

「お嬢!のって!」

 着地したヘリから少女の手が伸びる。

梓涵(ズハン)さん!?なんでここに!?」

「いいから!」

 小さな手で二人分の人間を引っ張ろうとするが、後ろにいた男性に自分が掴むはずだった腕を掴まれ、礼二を担いだ紫苑はひょいと持ち上げられる。

「陳さん!」

「お怪我はありませんか?会長」

 丁寧な口ぶりで陳は言う。

「運転は大丈夫なんですか?」

「止めてますから。追手が来ます。早く席に座ってシートベルトを付けてください」

「はい。ほら、礼二さんも座りますよ」

「は、はあ」

 二人は後部座席に腰掛け、ベルトを付ける。

「出ます」

 目前まで警察が迫る中、扉を閉め、ローターを回し、飛び立つ。

「いやあ、国際免許を取っておいて正解でしたね」

「日本の免許じゃ駄目だったんですか?」

「国際免許じゃないと国外の運転だめ。お父さん、このためにわざわざ峡華(中国)に戻った」

 背が低い少女が答える。

「でも、何でそんな俺たちに・・・」

承太郎(くみちょう)には随分お世話になりましたからね。私がやらかして警察沙汰になったところを助けてもらったり」

「ありましたね。親父が罪を被って警察に連行されたと思えば相手(あちら)の方から自首してきて、一日で帰ってきたの・・・」

「そうだったんですか・・・というかお嬢は何で知ってるんですか」

「そりゃああんた、親父(あのヤロー)を私のお母さんの次に間近で長い時間見てきたんですよ?知らないわけないでしょう」

 窓から見える景色は瞬く間に流れていく。

「・・・これから、どこに行くんです?お嬢」

 紫苑は目を丸め、その後考え込む様に顎に手を伸ばす。

「・・・考えて、無かったんですね・・・?」

「そうですね」

「この無計画お嬢!私達まで牢屋入れる気!?」

 梓涵は紫苑をポカポカと叩く。

「いたっ。流石に恩人(ズールイさん)美少女(ズハンさん)を巻き込む気はないですよ。牢に入るのは自主しようとした愚かな礼二だけです」

「えっ」

 困惑する礼二。

「いたい、いたいですよ・・・」

 梓涵はまだ紫苑を叩いていた。


 同時刻。峡華、燐都、燈夜台。

「どうしたんだ嬢ちゃん。えらくボロボロじゃねえか」

 少女の服は燃え上がった影響で黒く焦げ、所々破けていた。

「え、あ、えと・・・」

 返答に困る。

 男性は少し頭を掻いた。

「もしかして『抗体持ち』か?」

「・・・抗体?」

「何だ知らねえのか・・・ちょっと待ってな」

 部屋の奥に消えていく。

 周りを見渡してみると、多くの人々が賑やかに集まり、買い物をしていた。

 少しして、男性が戻って来る。

「これ、うちの娘のお下がりなんだけど、いるか?」

「え、あ、ありがとうございます。・・・その、抗体持ちって言うのは?」

「ここにいる奴らは、全員灰毒病の感染者でな。抗体を持って、燃えても生き残ってる奴らはそう呼ばれてんだ」

「燃えても・・・生き残っている・・・」

「不思議な話だろ?けど、それも現実なんだ。アンタもそうだろう?」

「そう・・・ですね」

 少女は自分の体が先程まで元気にファイアーしていたことを思い出しながら言った。

「まあ、抗体持ちは常にウィルスをばらまくってんで蔑まれてるとこもあるが、まあ、困ったときは俺等を頼って・・・」

「―――ここカァ?感染者(ゴミども)の巣窟はよォ?」

 男性の言葉を遮ったのは、いかにも富裕層と言った、金のネックレスや多くの宝石をまとった少年の言葉。

「・・・何だアイツ・・・まあいい。なんかあったら、迷わず俺達を頼ってくれ。そのときは、助けになるかも知んねぇから」

「は、はい。ありがとうございます」

「なんだァ?感染者同士助け合おうってかァ?ケッ。下等生物(ゴミ)はいつまで経っても下等生物(ゴミ)だなァ!?」

 再び少年は男性の言葉を遮る。今度は近づいて。

「べつにごみじゃないし・・・おなじ人間じゃない・・・」

「気にすんな。最近多いんだよ。ああやってスラムに踏み込んでくる馬鹿がな」

 少年は心得ていた。

 ここなら、この土地ならばいくらでも暴れていいと。

 少年の手にはナイフが握ぎられていた。

「ちょうどいい・・・俺のストレス発散の道具になってもらうぜェ!」

 突然、近くにいた妊婦に切りかかる。

 とっさに男性が妊婦をかばったが、ナイフは男性に向かって進んでいき、腹には大きな刺し傷ができてしまった。

「オマエッ、何しやがる!」

「良いだろぉ?どうせ死ぬんなら早いうちに死んだほうが!」

「やめてください」

 少年の前に立ちふさがったのは一人の少女。身体は煤を被り、所々破けた大きな黒いシャツを着て、右手には白い布を持っていた。

「アァ?何だおめぇ?」

「別に何だって良いでしょう」

「まあいい。こうなったらお前も殺して―――」

 その時だった。

 聞こえてきたのはローターの駆動音。直後、少年の隣りにあったゴミ箱が爆ぜた。

「な、何事!?」

「何だ何だ!?何が起こった!?」

 驚愕で仰け反り、少年の手からナイフが離れる。

「ち、治療しなきゃ・・・」

「誰か救急セット持ってないか!?」

 ヘリから少女が飛び堕ちる。

 少女は見事に着地すると、少女と男性を庇うように少年に立ちふさがる。

「何だよ。何だお前」

「別に?なんでも良いじゃないですか」

 自動翻訳機を使用しているのだろうか。小さく日本語が聞こえてくる。

「これ以上この人たちに危害を加えるのはやめてください。やめないのなら、相応の手段に出ます」

「何でお前にそんな事言われなきゃなんねえんだ!どうせお前も感染者なんだろ?なら大人しく俺の言うことを・・・」

「そうですか」

 少女は少年の手を掴む。

 その瞬間、少年の前腕が弾け飛んだ。

「な・・・ぁ・・・・ぁ?」

 口からこぼれる小さな声は悲鳴に変わる。

「ああああああああああああああああッ!?」

 少年は辺りをキョロキョロと見回した。

「ぉれの・・・俺の・・・右腕が・・・!どこだ・・・どこにいったんだよ俺の腕ッ!」

「大丈夫ですよ。あなたもすぐにそこに行く」

 へ。と情けない声が漏れる。そこには、返り血を浴びた紫色の悪魔がいた。

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