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6 生贄と花嫁のこと

 結局、半分ほど減らしてもらった肉を食べつつ、シェイラはイーヴに今までの生活について聞かれた。

 シェイラ自身は特に不便を感じていなかったラグノリアでの生活は、イーヴからすればあまり良い環境ではなかったようだ。エルフェと同じように、彼の眉は悲しげに下がったり、かと思えば怒ったように釣り上がったりする。

「あまりシェイラの故郷を悪く言いたくないが」 

 眉を寄せてため息をつきながら、イーヴは腕を組んだ。

「ひとりきりで部屋に閉じ込め、食事も衣服も最低限以下のものしか与えないというのは、酷すぎると思う」

「でも、生贄として捧げる日まで、しっかりと育て上げるのがラグノリアの役目だったわけでしょう。私はこうして健康に成人を迎えることができましたから、問題はないと思います」

 多少細身なのは仕方ないけれど、健康には自信がある。胸を張ったシェイラは、だけどとつぶやいて眉を下げた。

「でも私、生贄じゃないんですよね。花嫁って皆さん呼んでくれるけど、イーヴはそれでいいんですか? 結婚というものは、お互いに愛しあう者同士がすることだと思うのですけど」 

「それに関しては気にしなくていい。花嫁と呼んではいるが、あくまでそれは形式上の話なんだ」

 大きな口で肉を食べながら、イーヴが説明するように指を立てる。

 故郷ラグノリアと、ここドレージアではシェイラの存在に対する認識に大きな差があるのは確実だ。

 ラグノリアが生贄として双子の片割れを捧げていたことは間違いないのだけど、竜族側は今までも捧げられた娘を花嫁として受け入れていたという。

 恐らく、迎えに行った際にいつも竜の姿をとっていたことが生贄と勘違いされた原因ではないかと、イーヴはため息まじりにつぶやいた。

 空の上に住むイーヴたち竜族の者にとって、ラグノリアの空気は澱んでいると感じるらしい。そんな空気の中で人の姿となれば身体の負担は大きいし、そもそも地上では長時間人の姿を保つことが難しいのだと聞かされる。

 竜族と人間の違いに驚きつつも、シェイラはふと浮かんだ疑問に首をかしげた。

「それなら、イーヴはどうして私を迎えに来てくれた時に姿を変えたんですか?」

 最初は竜の姿だったのに、わざわざ身体に負担をかけてまで彼が人の姿となった理由が分からない。

 その問いに、イーヴは小さく笑ってシェイラの頭を撫でた。

「怖がらせたくなかったからな。……まぁ、この顔も大概怖いと言われるんだが」

 自嘲気味にそう言うけれど、彼が優しい人であることはシェイラもよく分かっている。

「イーヴは優しいですよ。全然怖くないです」

「ありがとう、シェイラ」

 微笑んだイーヴは皿に残った肉を綺麗に食べ終えると、また新たな肉を皿に盛っていく。食べるか? と聞かれて、シェイラは慌てて首を振った。

「それで、竜族が迎えた花嫁についてなんだが」

「過去にドレージアに来た、ラグノリアの人のことですね」

「あぁ。これまでにラグノリアから迎えた花嫁は六人。竜族はかつてラグノリアの民から受けた恩を決して忘れないからな、彼女らは丁重にもてなされた」

 食事をしながらイーヴの説明は続く。

 竜族の国ドレージアには王はおらず、国を興したといわれる赤竜と黒竜、そして青竜の血筋を引く三つの一族が協力し合って国を治めているという。イーヴは青竜一族の当主で、だからこんな豪邸に住んでいるのかとシェイラも納得する。

 平和なドレージアだけど、治安維持と万が一外から攻め込まれた時のために自警団のような組織が存在しており、イーヴはその組織を取り纏めているらしい。鍛え上げられた大きな身体は、普段の訓練の賜物なのだろう。

 水差しからグラスに水を注ぎながら、イーヴはシェイラを見つめる。

「シェイラも言うように、結婚にはお互いの間に愛情がなければ意味がない。だからあくまでも形だけの花嫁として、彼女らは過ごした」

「それなら別に、花嫁と名乗らなくてもいいような気がしますけど」

「まぁ、そうだな。ただ、悲しいことに竜族にだって不埒な輩はいる。そういったやつらから守るためには、花嫁として身元を確かにしておくことが必要だったんだ」

「そんな理由があったんですね……」

 納得してうなずいたシェイラを見て、イーヴもうなずく。

「だからシェイラも、俺の花嫁としてここで過ごしてもらうことになる。もちろんシェイラを縛りつける気はないから、もしも誰か好いた男ができたならその相手と結婚をしてくれても構わないが」

 あっさりとそう言われて、シェイラは小さく唇を尖らせた。生贄としての役目を果たせないのなら、花嫁として頑張ろうと思っていたのに。これでは何のためにラグノリアからここへやってきたのか分からない。

「でも、私はイーヴの花嫁としてここへ来たのでしょう? 他の殿方と添い遂げるなんて、そんな失礼なことはしませんよ」

「あぁ、うん。別にそれは例え話だから、無理に誰かと結婚する必要はないけれど。ひとまずは俺の花嫁として過ごしてもらうことになるが、シェイラに何かを求めたりすることはないとだけ理解してくれればいい」

「イーヴには、そういった方はいないんですか?」

 安心させるように笑みを浮かべるイーヴに、シェイラは尋ねた。形式上とはいえ、シェイラを花嫁と迎えることで、彼が想う相手と結ばれないのは申し訳ない。

 小さく首をかしげて見上げると、イーヴは一瞬たじろぐような表情を浮かべた。だけどそれは、すぐに笑みに取って代わる。

「いや、俺にはそういった相手はいない。なんせこの顔だからな、怖がられてばかりなんだ」

 自嘲ぎみに笑うイーヴの瞳はどこか遠く、心の中で誰かを思い浮かべているように見えた。

 イーヴには、誰か想う人がいるのだろうか。

 少し気になったけれど、それを聞くことはできなかった。




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