書籍化記念SS イーヴと交わす、たくさんの約束
「わぁ、綺麗……! ランプのお花がいっぱい!」
目の前に広がる光景に、シェイラは歓声をあげた。
街のあちこちに花の形をした薄紅色のランプが灯されて、柔らかな光を放っている。
今夜は、街の中心部で春の訪れを祝う祭りが開催されており、イーヴに連れてきてもらったのだ。
せっかくのお出かけだからと選んだドレスは、ランプと同じ薄紅色のもの。幾重にも薄布を重ねたスカートはまるで花びらのようで、お気に入りだ。
「祭りでは、花を使った菓子がたくさん売られているんだ」
そう言ってイーヴが、通りに並んだ露店を指さす。クッキーやゼリー、それに雲のようにふわふわとした見たことのない菓子を売っている店もある。
「素敵!」
「そう言うと思った。色々と見てまわろう。気になるものがあれば買えばいい」
イーヴがくすくすと笑い、シェイラの手を引いた。
あちこちの露店をのぞきながら歩いた結果、シェイラはあっという間にお腹がいっぱいになってしまった。少しでもシェイラが興味を示すと、イーヴがすぐに購入して食べさせてくれるのだ。
花びらを封じ込めたゼリーや花の蜜を使ったキャンディなど、どれも可愛くて美味しかったがこの調子では夕食も満腹で食べられないかもしれない。家で楽しむ用にと花の蜜の瓶詰や茶葉も買ったけれど、それすらもイーヴは露店の商品を買い占めそうな勢いだった。
「ほら、シェイラ。あれも美味しそうだ、食べるか?」
「これ以上は、もう無理です……。お腹いっぱいになって、動けなくなっちゃう」
まだ色々と買ってくれそうなイーヴに、シェイラは苦笑を浮かべる。よく食べるイーヴと違って、シェイラは少食なのだ。
「動けなくなったら、背に乗せてやる。この時期にしか食べられないものがたくさんあるんだ。そうだ、食べられないなら、お土産に買って帰ろうか」
どうあっても色々と食べさせたいらしいイーヴの様子がおかしくて、シェイラは小さくふきだした。彼がシェイラのためにと考えてくれていることは分かるけれど、本当にもうこれ以上は食べられない。
「また、次のお祭りの時にも露店は出るでしょう? その時に、またイーヴと一緒に食べたいな。そうしたら、次のお祭りがもっと楽しみになるから」
笑顔でシェイラはイーヴの顔をのぞき込んだ。
かつては未来に思いを馳せることなんてできなかったけれど、今はイーヴと未来の約束を交わすことだってできる。
「次のお祭りも一緒に来ようって約束できるのも、素敵なことでしょ?」
「そう……だな。楽しみは次にとっておくのもいい」
納得したようにうなずいたイーヴの手を取ると、シェイラはお互いの小指をそっと絡めた。
「約束ね」
「絶対だ」
指を繋いだままイーヴが腕を引いたので、シェイラは彼の胸の中へと飛び込むことになった。しっかりと背中に手が回されて、ぐっと強く抱きしめられる。
「この先も、たくさんの約束をしよう。全部、叶えるから」
「うん。ありがとう」
イーヴの胸に頬をすり寄せて、シェイラは大きくうなずいた。イーヴと共に過ごすこれからの数百年、たくさんの約束を交わしていけたらいいなと心から思う。
その時、ふわりと吹きつけた風に乗って、薄紅色の花びらがシェイラの髪に絡んだ。小さな薄い花びらは、微かに甘い香りがする。
「今日のシェイラは、まるで花の妖精みたいだな。すごく綺麗だ」
シェイラの髪を梳いて花びらを摘み上げてイーヴがそんなことを言うから、シェイラははにかんだ笑みを返した。強面のイーヴだが、彼は案外ロマンティックなことが好きだ。
「妖精みたいに羽が生えてたら、私もイーヴと一緒に空を飛べるのにな」
「シェイラと一緒に空を飛べたらとても楽しいだろうけど、やっぱりシェイラを空に連れて行く役目は俺でありたいな。……我儘かもしれないが」
「我儘なんてことはないです。私もイーヴに乗せてもらうのが大好きだもの」
それに、とつぶやいて、シェイラは目を細めてイーヴを見上げた。
「イーヴの背中に乗るのは、私だけ。他の誰も、乗せたりしないで。私だって、イーヴの背中を独占したいと思ってるんだから」
「もちろん、シェイラだけだ」
「じゃあ、約束ね?」
もう一度小指を差し出せば、イーヴがしっかりと指を絡めてくれた。
そしてふたりは、お互い引き寄せられるように顔を近づけて口づけを交わした。
帰り道、シェイラはイーヴの背に乗って、空から薄紅色のランプの灯りに照らされたドレージアの街並みを眺めた。
この先何十回も彼の背の上でこの景色を見るのだと、今のシェイラは何の疑いもなく信じることができる。
「ねぇ、イーヴ」
そっと身を乗り出して、シェイラは囁く。
「帰ったら、一緒にお茶を飲まない? 花びらの入った茶葉を、買ったでしょう」
「あぁ、いいな。せっかくだから、やっぱり何か菓子も買っておくべきだったかな」
「きっとアルバンさんにお願いしたら、美味しいお菓子を作ってくれると思います」
「それもそうだ」
小さく笑ったイーヴが、視線だけシェイラに向けた。
「じゃあ、約束しよう」
「うん。約束ね」
指切りを交わす代わりに、シェイラはイーヴに強く抱きついた。
「お茶を飲んだら、そのあとはゆっくり過ごそうか。……例えばベッドの上で」
艶めいた声に、シェイラの体温がじわじわと上がる。熱くなった頬を隠すように、シェイラはイーヴのたてがみに顔を埋めた。
「ふふ、いいですよ。でも明日はまたお出かけしたいから、あまり遅くなるのはだめ」
「それは……善処しよう」
「イーヴとのお出かけ、楽しみにしてるんだから。寝不足になったら困っちゃう」
「分かってる。ちゃんと寝かせると約束する」
生真面目だけど、どこか残念そうなイーヴの口調に、シェイラは肩を震わせて笑った。
多少寝るのが遅くなるかもしれないけれど、イーヴはきっと約束を守ってくれるだろう。
数えきれないほどの約束を積み重ねて、シェイラはこれからも、イーヴと幸せな日々を過ごしていく。
ありがとうございました。
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二人の心の動きを中心とした、よりピュアにときめきたっぷりの内容になりました。
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ぜひ、お手に取ってもらえたら嬉しいです!
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