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4 竜族の国、ドレージア

 シェイラを背に乗せたイーヴは、大きな屋敷の庭に降り立った。

 ラグノリアの王城と同じほどではないかと思う大きさに、シェイラは目を丸くする。

 そっとシェイラを地面に降ろすと、イーヴの姿は竜から人へと変わる。小柄なシェイラからすると、イーヴはこの姿でも見上げるほどに背が高い。


 広い庭に大きな建物。色鮮やかなガラスの埋め込まれた柱がとても美しいけれど、ラグノリアとは全く雰囲気が違う。秋も深まり少し肌寒いほどの気候だった故郷とは違って、ここはとても暖かい。

 遠くまで来たことを急に実感して心細くなったシェイラは、身を守るようにイーヴに借りたマントをかき合わせた。


 このあとすぐに喰われるのだろうか。いきなり頭からがぶりといかれるのも嫌だけど、今から喰うと宣言されるのも嫌だなと、シェイラは騒ぐ心臓を落ち着かせるように深く長く息を吐く。

 それを見たイーヴが、眉間に皺を寄せたような気がした。

「こっちだ」

 イーヴがシェイラに短く声をかけて歩き出す。どうやらまだ喰われるわけではなさそうだ。

 脚の長さの違いだろうか、どんどん進んでいく彼に置いていかれないように、シェイラは小走りであとを追う。


 屋敷の中に入ると、年配の男性と若い女性の二人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「イーヴ様、戻られる前にご連絡をとお願いしておりましたのに」

 裾の長い上着を着た男性が困ったような表情でそう言うものの、イーヴは表情を変えずに肩をすくめる。

「連絡を入れるより、戻る方が早いと思ったんだ」

「こちらにも準備というものが……」

 ため息をつきつつ、男性はシェイラに向き直ると柔和な笑みを浮かべた。

「ようこそ、ラグノリアの花嫁様。わたくしはレジスと申します。この屋敷の執事をしております。花嫁様が心地良くお過ごしいただけるよう努めますので、どうぞよろしくお願いします」

 レジスと名乗った男は優雅な仕草で一礼すると、隣に立つ女性の背を押した。

「こちらはエルフェです。花嫁様の身の回りのお世話を担当させていただきます」

「エルフェです。よろしくお願いします、花嫁様」

 にこりと笑ったエルフェが、シェイラの手を握る。少し年上に見えるけれど、鼻の周りに散ったそばかすが可愛らしい印象を与える人だ。

「えっと、あの……シェイラと申します。よろしくお願い、します」

 ぺこりと頭を下げながらも、シェイラは彼らの対応に戸惑いを隠せずにいた。どう考えても暖かく歓迎されていて、これから喰われるとは思えない。本当に、シェイラはイーヴの花嫁として迎えられているのだろうか。


「身の回りのことはエルフェに、その他困ったことがあればレジスに言えばいい。ここを新しい我が家だと思って、過ごしてくれ」

 イーヴがそう言ってシェイラの頭をぽんと撫でると、部屋に戻ると言い残して立ち去ってしまった。

 レジスが咎めるような声で一度呼び止めたものの、イーヴはあとは任せたというように軽く手を挙げていなくなってしまう。

「申し訳ありません、シェイラ様。旦那様は少し不器用で見た目も怖いですが、悪い人ではないのですよ」

 とりなすようなレジスの言葉に、シェイラは平気だと小さくつぶやいて首を振った。確かに見た目は少し怖いけれど、彼はシェイラの目を見て話をしてくれた。そんな風に接してくれたのは、今まではマリエルだけだった。

 レジスもエルフェも、シェイラを優しく見つめてくれて、それだけで何だか泣き出しそうなほどに嬉しくなる。

 

「では、お部屋にご案内しますね」

 エルフェが笑顔で手を引く。うなずいて連れて行かれた先は、屋敷の二階にある部屋だった。ラグノリアでシェイラの部屋として与えられていたものとは全く違う広く綺麗な部屋に、思わずしり込みするように足を止めてしまう。

「シェイラ様?」

 中に入ろうとしないシェイラを見て、エルフェが戸惑ったように首をかしげる。

「ごめんなさい、あの……あまりに広くて立派なお部屋だったから」

「そりゃもう。ラグノリアからの花嫁様をお迎えするのに、張り切って準備したんですよ。調度品なんかは、ひとまずこちらで選ばせてもらいましたが、もし何かお好みがあれば教えてくださいね。すぐに取り寄せますから」

 エルフェが、得意げな表情で胸を張る。青と金色が印象的に使われた部屋は、ラグノリアと雰囲気こそ違えど美しい。まるでイーヴの髪と瞳の色をあらわしているようだなと、シェイラは部屋の中をぼんやりと見渡した。

「ひとまずお着替えをしましょうか」

 エルフェの言葉に、シェイラは自らの服を見下ろす。聖女の衣装によく似た白い服は、今までシェイラが身につけたものの中で一番上等なものだ。

 だけどこの豪華な部屋の中では、それすらもみすぼらしく思えてくる。服につけられた装飾品だってがちゃがちゃと重たいばかりで、安っぽく見える。

 そんなシェイラの心のうちなどエルフェが知るはずもなく、彼女は鼻歌混じりにシェイラを部屋の中へと促す。鮮やかな刺繍の施されたソファに座ると、驚くほどに柔らかな座面がシェイラの身体を包み込むように受け止めた。


 着替えを終えたシェイラは、再びソファに腰を下ろす。

 スカートの上に幾重にも薄い布を重ねたドレスは、軽くてシェイラの動きに合わせてふわふわと広がって揺れる。

 腰のベルトや手首の飾りは全て金色の繊細な鎖で、これも動くたびにしゃらりと涼やかな音をたてた。

 上半身にもスカートと同じ薄布がリボンのようにあしらわれていて可愛らしく、まるでお姫様のようだなとシェイラは思う。

「明日、仕立て屋を呼びましょう」

 テーブルの上にいい香りのするお茶を置きながら、エルフェが言う。どういうことかと首をかしげると、エルフェは眉を寄せて小さくため息をついた。

「シェイラ様は、その……随分と華奢でいらっしゃるから」

 言葉を濁すエルフェを見て、シェイラはうつむいた。

「ごめんなさい……私、貧相だから」

 着替えを手伝ってくれたエルフェが、服が大きすぎると何度か困ったようにつぶやいていたのを覚えている。イーヴをはじめとして、レジスもエルフェも皆、背が高くて身体つきもしっかりとしている。シェイラは背も低いし、痩せていてみすぼらしいのだろう。

 なんだか申し訳なくなり、うつむいてスカートを握りしめたシェイラを見て、エルフェは慌てたように首を振った。

「いえ、そんなことは……! こちらでご用意した服が少々大きかっただけですわ。すぐに、サイズを合わせたものを作らせますので」

「そんなもったいないことは、必要ないです。だって、大きめの服だと長く着れるでしょう?」

「え……?」

 その言葉に、エルフェは戸惑ったように瞬きを繰り返した。分かりにくかっただろうかと、シェイラは更に説明しようと身を乗り出す。

「成長を見越してあらかじめ大きめの服を着ておくんです。最初は長い丈のワンピースとして着て、最後は上衣として着れば数年は着られます。だから、小さくて短期間しか着られない服よりも、大きめの服の方が経済的でいいんです」

「……今までずっと、そうして同じ服を長期間着ていたんですか?」

 少し低くなったエルフェの声に小さく首をかしげつつ、シェイラはうなずく。

「外に出ない私には、着飾るための服は必要ありませんでしたから」

「外に、出ない?」

 ますます声が低くなるエルフェに、シェイラはラグノリアでの生活を簡単に説明する。

 きっと竜族とは生活環境も違うだろうから、お互い知らないことも多いだろう。

 そう思って話した内容は、エルフェにとっては衝撃的だったらしい。先程までにこにこと微笑んでいたのに、その表情は暗く沈んでどこか怒っているように見える。


「生贄だなんて決めつけて部屋に閉じ込め、必要最低限以下の生活をさせるなんて……。ラグノリアは花嫁様になんて仕打ちを」

 酷すぎると震える声で吐き捨てるように言われて、シェイラは慌てて首を振る。自分のせいでラグノリアが悪く思われたら大変だ。

 もしも竜族が保護魔法をかけるのをやめてしまえば、ラグノリアはたちまち周囲の森が発する瘴気に飲み込まれてしまうだろう。

「あの、私は妹と違って聖女の力を持って生まれてこなかったんです。成人したら生贄となることが決まっていた身ですから、それまで外に出ないよう言いつけられていただけで、酷いことをされたとは思っていません」

「でも……」

 納得できないといった表情を浮かべるエルフェの腕を、シェイラは縋りつくように掴んだ。

「ラグノリアは、私の故郷です。妹が、今も聖女としてあの国を守っています。こんな私がお役に立てるかどうかは分かりませんが、どうかこの先もラグノリアをお守りください」

 必死の表情で訴えると、エルフェは困ったような笑みを浮かべながらうなずいた。

「竜族がラグノリアを守るのは、これから先も変わらないでしょう。ですが、花嫁様の処遇に関してはイーヴ様にも一度報告しておいた方が良いですね。シェイラ様は生贄ではなく、花嫁としてここに迎えられたのですから」

「花嫁……」

 あらためて、噛みしめるようにシェイラはつぶやく。

 生贄として喰われる覚悟でいたのに、成人を迎えたら死ぬのだと思っていた人生が、本当にこれからも続いていくのだろうか。

 竜族の国へ連れてこられ、手厚い歓迎を受けている現状を、シェイラはまだ信じられずにいた。


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