【後日談】シェイラの誕生日 1
ラグノリアに別れを告げたあと、シェイラはイーヴの背に乗って二人の秘密の小島へと向かった。前回来た時とはまた違う種類の色とりどりの花々が咲いていて、シェイラは歓声をあげる。
「食事の準備をしてる間、花を見ておいで」
うずうずとするシェイラに気づいたのか、人の姿となったイーヴがシェイラの手からバスケットを受け取って笑う。
「いいの?」
「今日はシェイラの誕生日だからな、何でも好きなことをしてもいい日だ」
「いつだって私は、好きなことをさせてもらってますけどね」
ありがとうと囁いてイーヴの頬にそっとキスをして、シェイラは花畑へと駆け出した。
前に来た時は星の形をした小さな花が咲いていたけれど、今日は釣鐘のような花がたくさん風に揺れている。顔を近づけるとふわりと甘い香りがして、シェイラは思わず微笑んだ。
イーヴにも見せようといくつか花を摘んで戻ると、彼は食事の支度を終えたところだった。敷布の上にたくさんの料理が並んでいて、そのどれもがシェイラの好物ばかりだ。
「見て、イーヴ。可愛いお花が咲いてました」
「あぁ、今はその花の時期か。おいで、シェイラ。せっかくだから花を飾ってやろう」
差し出した花を受け取ったイーヴが、髪に花を飾ってくれる。頭を動かすたびに小さな釣鐘状の花がふわふわと揺れて、シェイラは嬉しさに声をあげて笑った。
「美味しかったぁ」
食事を終え、満腹になって幸せな気持ちで息を吐くと、うしろから抱きしめるように座ったイーヴが頭を撫でてくれた。そのまま身体を預けると顔が近づいてきて、そっとキスされる。金の瞳がじっとシェイラを見つめていて、それだけで身もだえするほどの幸せに襲われる。
「デザート代わりに、菓子もあるけど」
「んー、まだお腹いっぱいだからあとにしようかな」
「じゃあ、本でも読むか」
そう言って、イーヴがバスケットの中から本を取り出した。何故かリボンでラッピングされたそれを受け取ったシェイラは、目を丸くした。いつもシェイラが読んでいた恋愛小説の続編だ。ラグノリアで読んでいたものよりも大人な描写は控えめだけど、甘いストーリーがお気に入りで、シェイラはいつもエルフェやルベリアと熱く感想を語り合っている。
「わぁ、このシリーズ大好きなの!」
「誕生日プレゼントだ。おめでとう、シェイラ」
「わぁ、誕生日プレゼント……! 嬉しい! ありがとう、イーヴ。ここに連れてきてもらっただけでも嬉しかったのに、プレゼントまでもらえるなんて」
生まれて初めて誕生日を祝ってもらい、更にプレゼントを大好きな人からもらえるなんて幸せでたまらない。本を抱きしめて喜びを嚙みしめていると、イーヴが笑って顔をのぞき込んだ。
「今日は、たくさんお祝いしような」
もうひとつ、これもプレゼントだと囁いてイーヴがそっと優しいキスをくれた。
◇
木陰でうしろからイーヴに抱きしめられるように座って、シェイラはもらったばかりの本を開く。わくわくしながら読み進めていたものの、背中に感じるぬくもりと頬をくすぐる風、それから髪を梳くように撫でる手が心地よくて、いつしかシェイラはぐっすりと眠っていた。
「ん……ごめんなさい、すっかり寝ちゃってた」
目を擦りながら見上げると、イーヴの小さな笑い声が降ってきた。冷えないようにと彼の羽織ったマントに包まれていて、そのあたたかさに幸せな気持ちになる。
「よく眠ってたな。昨日はちょっと寝つきが悪かったからな、そのせいかもしれない」
ラグノリアに行って別れを告げてくることはずっと前から決めていたけれど、それでも少し緊張していたのか昨晩はあまり眠れなかったのだ。隣で眠っていたイーヴには、気づかれていたらしい。
「イーヴに抱きしめられてると、あったかいから眠たくなっちゃった。でもイーヴは動けなかったですね、ごめんなさい」
「問題ない。シェイラの可愛い寝顔を見つめてるだけで楽しかったよ」
甘い表情でそう言われて、涎を垂らしたりしていなかっただろうかとシェイラは慌てて口元を押さえた。
そんなシェイラを見てくすくすと笑いながら、イーヴがこめかみにそっと唇を押し当てた。
「シェイラに渡したいものがあるんだ。誕生日のお祝いに」
「もうたくさんもらってるのに」
「プレゼントは、いくつあっても構わないだろう。シェイラが今まで誰にも祝ってもらえなかった分、俺がたくさん祝いたいんだ」
大きくてあたたかな手がそっと頬を撫でたあと、シェイラの左手を取った。
誕生日を祝ってもらえなかったことを悲しいと思ったことすらなかったけれど、今年からはシェイラにとって特別な日だ。自分の生まれた日であり、故郷のラグノリアに別れを告げた日。ある意味、竜族と共に生きていくことを決めた新たな誕生日なのかもしれない。
そんなことを考えていると、左手の薬指に何かが滑らされた。
「気に入ってもらえるといいんだが」
「わぁ……指輪」
それは、透き通った青い指輪だった。中央に飾られた丸い石は金色で、まるでイーヴの瞳のようだ。ほとんど確信を持ちつつも、シェイラは指輪に触れながらイーヴを見上げる。
「もしかしてこれって、イーヴの鱗から作られてる?」
「あぁ。シェイラに贈るなら、どうしても自分の鱗を使ったものにしたくて」
「嬉しい。バングルとお揃いですね。ずっとイーヴと一緒にいるみたい」
そっと指輪に唇を押し当てると、イーヴが小さく笑った。
「俺も、ずっとそばにいるけどな」
「ふふ、その通りですね。それでも嬉しいの。この指に指輪を贈られるって、本で読んでずっと憧れてたから」
「シェイラが本を読んで憧れたことは、何でも叶えてやる」
「私、きっと今まで読んだどのお話の主人公よりも幸せです」
指輪の光る手をかざしながら笑ってそう言うと、うしろから抱きしめた腕が強くなった。




