表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/40

33 番いの証

 イーヴが帰宅したという連絡を受けて、シェイラはルベリアに見送られながら彼の部屋へと向かった。

 大きな黒いドアの前で一度深呼吸をして、シェイラは少し震える手で二回ノックをした。すぐに応答があってドアが開き、イーヴが顔を出す。

「おかえりなさい、イーヴ。中に入ってもいいですか?」

「あぁ、ただいま。もちろんだ」

 抱き寄せられて額に軽く唇が触れたあと、シェイラは部屋の中へと招き入れられた。彼の部屋に漂う森林を思わせるしっとりとした緑の匂いは、少し速くなった鼓動を落ち着かせてくれるようだ。


「体調に問題はないか? 食事はちゃんと食べたか?」

「大丈夫。おかげさまで元気だし、しっかり食べました」

 相変わらず過保護なイーヴの言葉に笑いつつ、シェイラはソファに座った。

「ちょうど何か飲もうかと思ってたところだったんだ。シェイラも飲むか?」

「ううん、今夜はやめときます。できればイーヴにも、お酒を飲む前に聞いてほしい話があるんだけど」

「話?」

 お酒のボトルに伸ばしかけていたイーヴの手を止めるよに触れて、シェイラは上目遣いで微笑みかけた。そして彼の目の前に立った。


「イーヴにね、お願いがあります」

「お願い?」

 首をかしげるイーヴに、シェイラは笑いかける。

「あのね、番いの証を……欲しいの」

「番いの、証。……本当に? シェイラは本当に欲しいと思うのか」

 小さく息をのんでシェイラを見つめ返すイーヴの表情は、恐ろしいほどに真剣だ。その奥に微かに怯えの色が混じっていることに、シェイラは気づく。

「イーヴのことが好きなの。この先もずっとよ。もう離れたくない。私はイーヴとは違って、このままだとすぐに年老いて死んでしまうわ。そんなの、嫌なの」

「だけど、本当に分かってるのか? 番いの証を刻めば、シェイラは人間でなくなるんだぞ」

「イーヴのそばにいられるなら、人間であることに何の未練もないです」

 問い詰めるように肩を掴むイーヴに、シェイラは笑ってみせる。

「だけど、もしも番いの証を刻んだら」

 シェイラの肩を掴んだまま、イーヴはうつむいて絞り出すようにつぶやく。

「シェイラは、寿命が延びることになる」

「うん、分かってます。成人したら死ぬ覚悟で生きてきた私にとって、長生きは夢だったんですよ」

「少しじゃない、数百年単位で増えることになるんだ。シェイラにとっては、気の遠くなるほどに長い時だ」

「イーヴと同じくらい長生きできるんでしょう。この先数百年もずっと一緒にいられるなんて、幸せだわ」

「それだけじゃない、俺の――竜族の血をシェイラに与えることになる。きっと、シェイラの身体にも鱗があらわれると思う」

「ふふ、それは初耳だったけど、すごく素敵ですね。イーヴと同じ青い鱗だといいな」 

「……っ、番いの証を刻むには、シェイラの首に噛みつく必要がある。痛みはないと思うが……」

「平気。イーヴになら、何をされても大丈夫。痛いのだってどんとこいです」

「だけど、血だって出る」

「怖くなんてないわ。このまま私が先に年老いて、死んでしまうことの方が怖いの」

 肩に置かれたままの手に自分の手を重ねて、シェイラはイーヴの顔をのぞき込んだ。


「私はね、何も持っていなかったの。身体ひとつでドレージア(ここ)に来て、本当にたくさんのものをもらったわ。こんなにも大切なものが増えるなんて、ラグノリアにいた時には思ってもみなかった」 

 片手でうつむいたイーヴの頰に触れると、彼はゆっくりと視線を上げた。不安に揺れる金の瞳を見つめて、シェイラは微笑む。

「そして私の一番大切なたったひとつは、間違いなくイーヴです。ずっとそばにいることを許してもらえるなら、私はあなたの唯一になりたい」

 はっきりと告げると、イーヴの顔が泣き出しそうに歪んだ。そのまま、強く抱き寄せられる。


「本気、なんだな。一度刻めば、もう二度と取り消すことはできない。それでもいいのか」

「いいって、ずっと言ってる」

 イーヴの背中に手を回して囁くと、抱きしめる腕が更に強くなった。同時に左の首筋に彼の唇が触れて、シェイラは小さく身体を震わせた。

「ここに、刻むことになる」

「分かったわ。覚悟はできてます、いつでもどうぞ」

 決意を込めて見上げたら、苦笑を浮かべたイーヴと目が合った。

「いっそ潔いほどに迷いがないな」

「だって、私にはイーヴしかいないから」

 笑顔でうなずくと、彼の指先が再び首筋を撫でた。目が合うと金の瞳が愛おしそうに細められて、それだけでうっとりするほどに幸せな気持ちになる。

「俺にも、シェイラだけだ。――だから」

 最終確認をするような視線にうなずくと、肩にかかった髪をそっと払ってイーヴがシェイラの左の首筋に触れた。指先が撫でるだけで肌が粟立つほどに敏感になっていて、シェイラはそれを堪えるようにイーヴの腕に強く掴まった。

「愛してる、シェイラ。俺の、唯一」

 囁いたイーヴが一度強く吸いついたあと、ゆっくりとシェイラの首筋に噛みついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ