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31 いつだって守ってくれる人

 屋敷に戻ると、青い顔をしたレジスとエルフェに出迎えられた。シェイラの無事を確認して、彼らの表情が安堵で緩む。

 レジスにあたたかいお茶を淹れるよう命じると、イーヴはシェイラをそのまま部屋に連れて行った。そっとソファに座らされて、ようやく戻ってこられたと安心する。


「本当に……無事でよかった。ルベリアから、シェイラとはぐれたと聞いて、どんなに心配したか」

「怖かったけど……、イーヴが来てくれたから、本当に安心したの。ありがとう」

「シェイラを失うかと思ったら、怖くてたまらなかった。ベルナデットのことは、あとでしっかりと対処しておくが、もう二度と俺のそばから離れないでくれ」

 そう言って強く抱きしめられて、シェイラはうなずいて彼の背に手を回した。

 しばらくそうしていたあと、イーヴが腕を緩めてシェイラの顔をのぞき込む。

「本当に、何もされてないか? 頬が少し赤く見えるが」

「あ……ちょっと叩かれた、ので」

 その瞬間、イーヴの表情が怒りに染まる。腕に微かに残る縄のあとを撫でながら、彼は低く唸った。

「大丈夫です、もう痛みもないし」

「それでも……」

 怒りを抑えるように深く息を吐いて、イーヴはシェイラの身体を再び抱き寄せた。労わるように撫でたあと、そっと唇が頬に触れる。ほんのりあたたかく感じると同時に、何ともいえない心地良さが身体を包み込んだ。

「イーヴ?」

「……保護魔法を、かけたんだ。治癒はできないけど、シェイラを守れるように」

「えっ、そんなすごい魔法を私に!?」

 シェイラにとって竜族の保護魔法といえば、国の存続にかかわる重要なもの。それをシェイラ個人にかけてもらうなんて、恐れ多すぎる。

 思わず慄いて身体をのけぞらせると、イーヴはくすくすと笑いながらシェイラの手を引き寄せると、指先に口づけた。


「前にも、こうしてシェイラの指にキスをしたことを覚えてる?」

「えぇと、怪我をした時のことですか?」

 思い出しつつ首をかしげると、イーヴがうなずいた。

「そう。あの時も、無意識にシェイラに保護魔法をかけた。早く傷が治るようにと、なんとなくおまじないのような意味合いで」

 あの日を思い出すように、イーヴは穏やかな笑みを浮かべた。

 竜族にとって保護魔法はラグノリアが思うほど特別なものではなく、親が子に幸運を祈ってかけるくらいに身近なものだという。同じような意味合いでイーヴもシェイラに保護魔法をかけたと知らされて、シェイラはくすぐったい気持ちになる。


「おかげで傷の治りが早かったのかも」

「それだけじゃない、保護魔法はどうやら本当にシェイラを守ったんだ」

「そうなの?」

 もう傷跡すら残っていない指先を撫でて、イーヴもうなずく。 

「ルベリアからシェイラとはぐれたと連絡があって、探しに行こうとしていた時にシェイラの声が聞こえたような気がして。それは恐らくこのバングルのおかげだったとは思うんだけど」

「そっか、イーヴの鱗から作ったバングルですもんね」

「うん。だからそれを頼りに探したら、ベルナデットの屋敷にいることが分かった」

 シェイラの左腕にあるバングルに触れながら、イーヴはあの時のことを思い出したのか顔を顰める。

「思い出したくもないが、あの時……淫紋をつけられそうになっただろう」

「うん、だけど何かが弾けたような音がして……」

 シェイラは眉を寄せつつ記憶を辿る。必死に抵抗していたのは確かだけど、シェイラが何かしたわけでもないのに淫紋札を貼ろうとした男は手を傷つけていた。

 そのことを説明すると、イーヴもうなずいた。

「それが保護魔法だ。シェイラを守ろうと、魔法が発動したんだ。あれがなかったらと思うと、恐ろしくてたまらない」

「やっぱり、イーヴが守ってくれたんですね。ありがとう」

「怖い目には、遭わせてしまったが」

「大丈夫です。だけど、まだ少し不安だから……抱きしめてくれると、嬉しいです」

 そうねだると、イーヴはもちろんだと笑ってシェイラを抱き寄せた。


 ぬくもりに包まれる幸せを感じながら、シェイラは彼の首筋にちらりと視線を向ける。唯一の伴侶と決めた相手の首に、竜族が残す番いの証。彼にとってシェイラは、唯一ではないのだろうか。人間であるシェイラは、竜族の番いにはなれないのだろうか。

 不意につんと痛んだ鼻を誤魔化すように、シェイラはイーヴの胸元に頬をすり寄せた。

  


 疲れていたシェイラは、イーヴの腕の中でそのまま眠りに落ちた。

 夢うつつに、彼が小さく笑ってベッドまで運んでくれたこと、そして額に柔らかなキスをもらったことだけ、覚えている。


 次に目を覚ましたら、昼だった。窓の外の太陽は随分高い位置にあり、明るい日差しが窓辺を照らしている。

 広いベッドの上にはシェイラ一人で、イーヴの姿は部屋の中にもない。そのことに少し寂しくなりながらよろよろと起き上がると、シェイラは着替えのために立ち上がった。

 浴室の鏡を見つめて、シェイラは眉を顰めた。傷ひとつない白い首筋にばかり、視線を向けてしまうのだ。

 番いの証のことなんて、聞いたこともなかった。きっとイーヴは、それを人間であるシェイラに教えるつもりはなかったのだろう。

 いつかシェイラが寿命を迎えたら、イーヴは竜族の誰かと結ばれる。その人に、彼はきっと番いの証を贈るはずだ。

 自分の寿命が尽きるまでの間だけでいいからイーヴにはこちらを見ていてほしいと願い、それは確かに叶ったのに、自分が死んだあとですらもイーヴの心を縛りつけておきたいと思ってしまう。彼の唯一の伴侶になりたいと、願ってしまう。

 イーヴに関しては、どこまでも欲深くなってしまうなとシェイラはため息をついた。


 部屋に戻ったシェイラは、テーブルの上にイーヴの手紙が置いてあることに気づいた。

 軽食を用意しているので、目覚めたらエルフェに声をかけること、食事をとったらまたベッドで身体を休めるよう書かれている。

 少し右肩上がりのその文字を指先でなぞって、シェイラはメモを抱きしめた。イーヴの本心や未来のことは分からないし、番いにはなれないけれど、彼はこんなにもシェイラのことを大切にしてくれている。これ以上を望むのは、きっと贅沢すぎるのだ。


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