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14 帰りたくない

 食事を終えたシェイラは、うずうずとした表情でイーヴを見上げる。怪訝な表情で首をかしげた彼に、目の前に広がる花畑を指さした。

「あっちの方に咲いてるお花を見てきてもいいですか?」

「いいけど、あまり遠くまで行くなよ。目の届く範囲にいてくれ」

 小さな島なので、端まで行ってもイーヴから見えなくなることはないのだけど、確かに足を滑らせて落ちたりしたら大変だ。シェイラは気をつけると返事をして、駆け出した。


 色とりどりの花は、風にそよいでまるでシェイラを歓迎するかのように揺れている。イーヴの屋敷の庭で育てられている花も綺麗だけど、こういう素朴な花も可愛くて好きだなと思いながら、シェイラは小さな花弁をそっと指でつついた。

 近くで見ると花は小さな星の形をしていて、たくさんの花が集まっているさまはまるで星座を見ているようだ。昼の空に星を見ることができたなら、きっとそれはこんな光景だろうと想像してシェイラはくすくすと笑う。

 本でしか見たことのない星座を思い出しながら、シェイラは花と花を結ぶように指先でなぞる。今度は夜に、本当の星座をイーヴと見れたらいいなと思いつつ振り返ると、木の下に座ったイーヴがシェイラの視線に気づいたのか片手をあげてくれた。

「お花、すごく可愛かったです!」

「良かったな」

 イーヴのもとに駆け戻って笑顔で伝えると、彼は笑いながらシェイラの頭に何かを載せた。首を傾げて頭に手をやると、柔らかな葉が指先に触れた。

「花冠……?」

 確認するように一度手に取って、シェイラは笑顔を浮かべた。星の形をした花を中心とした花冠は、ところどころに葉も編み込まれていて、瑞々しい香りを放っている。

「ありがとうございます! イーヴは器用なんですね。すごく素敵」

「子供の頃の記憶を頼りに作ってみたが、案外覚えてるもんだな」

「そっか、イーヴにも子供の頃があったんですよね。えぇと……二百年くらい前?」

「そうだな、それくらいか。シェイラはまだ生まれてもない頃だな」

 揶揄うようなイーヴの言葉に、シェイラはほんのり唇を尖らせた。

 シェイラにとって二百年前は、歴史書を紐解くほどに気の遠くなる話だけど、イーヴにとっては記憶を辿れるほどの過去の話。何気ないやりとりで二人の生きてきた時間の長さの違いを突きつけられて、シェイラは少しだけ胸が苦しくなる。こんなに年の差があったら、イーヴに妻として見てもらえるはずがない。

 騒ぐ胸を抑えるように息を吐いて、シェイラは再び花冠を頭に載せた。

「可愛くて嬉しいです。宝物が増えました」

「喜んでもらえて良かった。よく似合ってる」 

「えへへ、持って帰ってお部屋に飾ろうっと」 

 生花だから長持ちはしないかもしれないけど、イーヴからもらったものなのだ、大切に取っておきたい。

 ずっとかぶっておきたかったけれど、風で飛ばされてしまったら大変なので、シェイラは花冠を丁寧にバスケットの中にしまった。



 再び竜の姿となったイーヴの背に乗って、シェイラは小さな島を後にした。この島を気に入ったことを伝えると、イーヴがまた連れてきてくれると言ってくれたことが嬉しい。

「しっかり掴まってろよ」

 過保護な彼の毎度の言葉にうなずきつつ、シェイラはイーヴのたてがみに指を絡める。

 ふわりと重力を感じさせない動きで飛び上がったイーヴは、そのまま滑るように前に進む。

「上着はちゃんと着てるか? シェイラさえ良ければ、少し遠回りして帰ろうと思うが」

「空を飛ぶのはとっても気持ちがいいから、遠回り嬉しいです!」

「じゃあ、もうひとつ俺のお気に入りの場所を見せてやろう」

 どこか嬉しそうな声でそう言って、イーヴは更にスピードをあげた。


 たくさんあった小さな島がだんだんと少なくなってきた頃、前方に大きな島が見えてきた。天に向かってそびえる山と、山から流れ落ちる水が溜まってできたであろう大きな湖。まるで鏡のような水面が、山の緑と空を映している。

「わぁ……! 綺麗!」

「本当は、夜が一番綺麗なんだけどな。水面に星が映り込んで、空がもっと広く見える」

「見てみたいなぁ」

「うーん、連れてきてやりたいけど、夜は冷えるからな……。シェイラに風邪でもひかせたら、レジスに怒られそうだ」

「じゃあ、もっと厚着をするから大丈夫って、私からもレジスさんにお願いしてみようかな」 

「シェイラの頼みなら、いけるかもしれないな。あいつはシェイラに甘いから」

 くすりと笑ったイーヴの言葉にうなずいて、シェイラは帰ったらレジスに聞いてみようと決めた。


 やがて遠くに見覚えのあるドレージアが見えてきた。ぐんぐん近づく距離に、このお出かけの終わりを予感して少しだけ寂しくなる。

 その時、雲の切れ間にちらりと地上が顔をのぞかせた。遥か遠くだけど、森に囲まれた特徴的な国土と中央にある青い城は、ラグノリアに違いない。

「どうした?」

 急に黙りこくったシェイラに気づいたのか、イーヴが声をかける。どう返事をすればいいのか分からず言葉を探していると、彼も眼下に見えるラグノリアに気づいたのだろう。小さく納得したような声をあげた。

「あぁ、ラグノリアが見えるな」

「そうですね」

 生まれ育った国を見ても懐かしいと思えない自分に戸惑いつつ、シェイラは言葉少なにうなずく。

「帰りたいと、思うか」

「……っ」

 イーヴの声は優しくて、シェイラが故郷を恋しく思っていないか気遣っているのだろう。だけど、シェイラにはその言葉がまるで追い返されるように聞こえてしまう。

「シェイラ?」

「思わない、です。私は、ドレージアが好きだから」

 少し震えた語尾に、イーヴが小さく息をのんだ気がした。

「そうか。シェイラがドレージアを気に入ってくれて、良かったよ」

「だから私、ラグノリアに帰りたいと思ったことはないです」

 念押しするように、シェイラは繰り返す。


――ラグノリアに返すなんて言わないで。イーヴのそばに、いさせて。

 その言葉は口にすることができなくて、代わりにシェイラはイーヴのたてがみに顔を埋めた。

 生まれ故郷なのに帰りたくないと思ってしまうのは、ドレージアでの贅沢な暮らしに慣れてしまったからなのだろうか。ラグノリアでのあの生活に戻りたくないと思ってしまう自分の心が、酷く醜いもののような気がしてしまう。

 成人まで育ててもらったはずなのに両親にすら会いたいと思えないなんて、自分はこんなにも冷たい人間だったのだろうか。

 唯一マリエルには会いたいと思うけれど、それでも妹と過ごすよりもイーヴのそばにいたい。

 黙って唇を噛むシェイラの表情は見えていないはずなのに、イーヴが安心させるように笑ったような気がした。

「そうだな、シェイラの居場所はドレージアだから。……俺の花嫁、だからな」

「……うん」

 優しく響くその言葉を噛みしめるようにうなずいて、シェイラは滲んだ涙をこっそりとぬぐった。


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