朝風呂
* 武 頼庵(藤谷 K介)さまご主催の『夏の○○が好きだった!!』 企画参加作です。
「これも……、取っていい?」
背中に抑えた男の声がして、小さな布切れは指一本の力も掛けずに脚の間を滑り落ちていった。
私は頷いてしまっていたのだろう。
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未亡人は全裸で湯船に沈んでいった。
伸ばしっぱなしの髪は浮かぼうとしてのらのらと揺れ騒ぐ。
窓からの夏の朝日は浴室いっぱいに遊び、なみなみと張られたぬるま湯は、火照った躰を宥めるように包み込んできた。
「ベタベタしすぎだって」
口に出した音は水蒸気と光に乱反射して籠ったように響いたが、聞き咎める男はいない。
夜の内に糟糠の妻のもとにでも帰ったのだろう。
木に残された熟れた果実か、萎れた花か、未亡人は湯から出て姿見に映ったその身を眺めた。
朝風呂には昨夜の澱を洗い流す力がある。
洗い髪をタオルで乾かしながらふつふつと玉の汗が湧いてくるとしても、夜の欲深い汗とは違う。
自分という浄水器を通した甘露だと信じてしまいそうになる。
「やっぱり夏の朝風呂が好き」
未亡人は裸形で独居を歩き回った。
「彼ってとってもエッチなの、あなたよりずっとずっとね」
女は夫の遺影に話しかけたが、もう何年もその家に入ってきた男はいない。
ー了ー