通りすがりの魔物剥製屋さん
魔物の剥製。
それは死した魔物の中身を取り出し、生前の姿のまま永久保存をする方法。
魔物は腐りやすいため、すぐに処理を施さなければいけない。しかも、その処理にはそれなりの技術が必要とされる。
普通、魔物を討伐したら大抵の人間は売り払う。素材が金になるからだ。ゆえに魔物を剥製にするなど言語道断、そんなことをする人間はいない。
しかし、千分の一の確率でそんな人間は存在する。
ある王国では今日もそれを好んでする人間がいた。
これはそんな変人のある日の出来事。
※
「なんだとッ!?」
ある国の王は火急で飛び込んできた兵士の伝令に大声を上げた。
「もう一度申してみよ!」
「はっ! 南の洞窟で封印されていた邪竜が今しがた復活してしまいました」
「それは確かなのか!?」
兵士はこくりと頷く。
「今朝洞窟の守り人が慌てた様子で城にやってきて、封印が緩んでいる、と。その直後宮廷魔法士が邪竜の魔力を確かに感知したそうです」
「そんな馬鹿な・・・・・・」
邪竜とは、まだ神々が地上で暮らしていたと言われる頃に誕生した生き物で、常に身体から邪気を放っているそう。
気性も荒く、生まれた瞬間から周囲の物を見境なく腐らせていった。ついには神々にもその牙を向け、それに怒った神々によって邪竜は封印されていたのだ。
「まさか神々の封印が破られてしまうとは・・・・・・」
「しかし、まだ封印の名残が残っているのか邪竜は洞窟から出てきていないようです」
「そ、そうか・・・・・・! ならばまだ希望は残されているな。よし、では国中の兵士に防衛体制を作らせよ。そして腕のたつ戦士を募り、邪竜の討伐に向かわせるのだ!」
「はっ!」
その日、邪竜が復活した話は国中に知れ渡り、人々を恐怖に陥れることになった。
邪竜の脅威に戦慄する者、一攫千金の邪竜討伐に血をたぎらせる者。良くも悪くも国中が邪竜討伐への心を固めていた。
しかし、そんな時。ある男は誰よりも早く南の洞窟に向かい、邪竜に相見えた。
「・・・・・・キサマはダレダ?」
洞窟はどす黒い霧のような邪気が充満しており、その洞窟の最奥に邪竜は鎮座していた。
男が目の前まで近寄ると、邪竜は眠りから覚めるように特異な黒い瞼を持ち上げた。
「ん? 邪竜さん、アンタ喋れたのか」
「吐カセ。我ハ、竜ノ真祖ダ。ソノヨウナコト、造作モナイ」
「そうなの? これはいいことを聞いた。俄然やる気が出るな」
「キサマは、ナニヲ、シニキタ」
「俺は・・・・・・一応アンタを討伐しに来たんだけど」
すると邪竜は横たえていた体を起こす。
「デハ、ナゼ攻撃シテコナイ。キサマニトッテ、今ハ最大ノ好機ノハズダ」
「うーん。だってアンタ、まだ封印で弱ってるだろ。できれば活きがいい状態で討伐したいんだ」
「我ヲ、ナメテイルノカ?」
「別に舐めてるとかじゃないよ。職業柄そう考えちゃうだけ・・・・・・」
「ナラバ、灰トナレ」
邪竜の顎が付け根から開く。眩いほどの光が集まり、それが放たれる。
ゴォオオオオ! と燃え上がるような音が洞窟内に響き渡り、辺りの岩は黒い光に焼かれていく。あの男もその光に焼かれ、灰となったかに見えたが。
「・・・・・・!」
「おおおー。竜の光線って竜には効かないの本当だったのか」
「キサマ、ソレハ・・・・・・」
男が盾にしたのは巨大な竜の死骸。邪竜ほどではないにせよその巨体は男を庇うに不足はない。
「竜の剥製。かっこいいだろ〜。って、邪竜に言っても意味ないか」
「ソノ竜、スデニ死シテイル。ナゼ動ク」
「この竜の中には、俺の魔力が詰められてるからさ。人形みたいなもんだよ」
「死シタ竜ヲ、ナオモ囮ニ使ウノカ。キサマラ人間モ我ト似タヨウナモノデハナイカ」
「まぁ、似たようなものではあるね。でも、同じではないよ。腐らせるだけのアンタと違って、こっちは綺麗なまま残せるんでね」
「・・・・・・!」
今度は男の竜が大きく顎を開いた。邪竜が放った光線と似ている。
だが何かが違っていた。
「・・・・・・息吹ガ効カナイノハ、我モ同ジダ」
「だろうね。でもちょ〜っとよく見てごらん。アンタのとは違うのが分かるよ」
「ナニ・・・・・・?」
邪竜は男の言われるがまま剥製竜の口元を観た。
何ら自分のと変わらない・・・・・・ように見えるが、自身の本能がある感情を沸き上がらせる。
あれは自分に効く。あの息吹を受けては駄目だと。
と、推察し終えた瞬間、息吹は放たれた。
「―――!」
口元に溜められていた光が一気に鋭い光線へと変わる。黒い気を押しのけ、凄まじい速度で迫ってくる。
その一秒後、邪竜の身体にさほどの音もなく息吹は直撃した。
後にはチリチリと微かに電光のようなものが残る。
「コレハ・・・・・・ソウカ。キサマノ魔力モ入ッテイルノカ」
「ひぇー、魔物剥製屋の特製竜光線をモロに受けたのにまだ喋れるの?」
「ワザト受ケテヤッタ。コレダケデハ、我ハ死ナナイ。・・・・・・トハイエ、ソレハ存外効クゾ」
「・・・・・・は、はは。敵にそれ教えるとかどうかしてるだろ。まぁ良かった。まだまだ試したいことがあるんだ」
魔物剥製屋は何処からともなく新たな竜を取り出した。
「イイダロウ。キサマを殺スノハ、中々楽シメルカモシレン。コノ洞窟ヲ出ル前ノ余興ダ」
「いや、剥製のためにアンタはここで討伐させてもらうよ」
ある大陸の南の洞窟。
王国が邪竜を迎え撃つ準備を整える中、そこでは密かに魔物剥製屋と邪竜の戦いが繰り広げられた。
その三日後、腕自慢の戦士たちが洞窟に赴いたが、邪竜の姿は無かった。
※
邪竜が南の洞窟から消えてからしばらく経った頃。
国王の下にある手紙が届いた。
最近では珍しい黒い印で封書してあった。
「差出人は・・・・・・書いてないな」
「お父様、それはどなたからの手紙ですか?」
と、声をかけた金髪の少女はこの国の第一王女アリア・ユース。
実のところさっきまでは家族で食卓を囲んでの食事をしていたのだ。
食事が終わったところで国王は差出人不明の手紙を何とは言わずに家族の前に出した。
国王がこうやすやすと家族の前に出すということはこの手紙は特に重要な手紙ではない。べつに見られて困るような、それこそ国の中枢の情報が記された手紙でもない。
ただ国王は好奇心からこの手紙が誰からのものなのか知りたかった。
「この手紙には差出人が書かれていないのだ。封を切ってみても、何も書かれていない。全くの白紙だ」
「誰かの悪ふざけでは?」
「ああ。私も最初はそう思ったのだが、この手紙の送付経路が実に不可解でな」
「不可解、とは?」
国王は食卓に両肘をつき、思い返すように話す。
「この手紙は冒険者ギルドを経由して送られてきた。王への手紙ならば公共に窓口を置いているというのに」
国の防衛の一端を担う冒険者ギルドからの手紙は国王でさえ無視することは出来ない。
ゆえに国王の元に回ってくる優先度も高く、そもそもギルドを介しての手紙は送ること自体普通の冒険者にはできないのだ。
「・・・・・・では、単なる悪ふざけではなく、少なくともギルドの中では格が高い冒険者からの手紙だと」
「そういうことだ。わざわざ送ることが難しい経路で送るのだからこの手紙に意味が無いわけがないが。ギルド職員に手紙を出した者はどんな者だったかと聞いても、本人から『伝えるな』と口止めされているようだった」
「珍しいですね。国王に認知されるデメリットは無いと思いますが」
「極度に人を避けるのか、それとも私に認知されたくない理由があるのか。そこまでは分からんが・・・・・・とにかく私はこの手紙の主が知りたい」
「・・・・・・なるほど。少し、見せていただけますか?」
と言われ、国王は娘に手紙を差し出す。
この王女は物珍しさに手紙を見ようとしているのではない。明確に手紙の主を探し出せる見込みがある。
国王も我が娘が手紙の出どころを探し出せることを知っているから、わざと娘の前で差出人不明の手紙の話題を振ったのだ。
そう。この王女は幼い頃から『あること』に長けていた。
その『あること』とは、触っただけであらゆる物の主が判ることだった。
宮廷魔術士によれば、王女は人一倍物に宿った魔力が感じられる体質らしい。
普通魔力は物には宿らず、生命だけに宿るものだ。しかし、魔力をもつ生物が物に触れると一時的に生物の魔力が物に宿ることがある。
王女はその微かに残る魔力の残滓を感じることができた。
本人や国王は、はじめは特に実用性の無いものと考えていた。だが、これまた役立つことがあった。
他国から送られてくる国書に対し、それが本当に国書であるか、または本当にその国の王が書いたものかを見極める、いわば偽物でないかを鑑定することに使えたのだ。
そしてそれはこの白紙の手紙に対しても使える。
「・・・・・・」
「どうだ? 手紙を送ったのはどんな人物だ?」
王女には手紙に宿った魔力の源たる人間の姿がおぼろげに見えた。
「黒髪で・・・・・・細身の男です。青黒い服を着ていて、顔はよく見えませんが、・・・・・・これは。首筋に傷跡があります」
「ふむ。首筋に傷跡か。あとは黒髪の男、と。分かったもう十分だ」
「・・・・・・その特徴をもって、冒険者ギルドに訊ねるおつもりですか?」
「もちろんだ。なに、見つかったところで大したことはない。ただこの手紙を送った真意を確かめるたけなのだからな」
国王は椅子から立ち上がる。
すでに食事を終えていたこともあり、白紙の手紙についての話はそこで一段落がついた。
きっと父は今私が伝えた情報のみで、かの人物を探すのだろう。しかしわたしには他にも魔力の残滓から『視えていたもの』があった。
そして、それはあえて伝えなかった。
※
その屋敷は森の奥深く、誰も立ち入らないような薄暗い場所にあった。
「はぁ、はぁ、あ・・・・・・あった」
人一人が住むには十分過ぎるほどの屋敷が立っている。
白紙の手紙の残留魔力を読み取ったとき、王女には男の特徴ともう一つ男の周辺の情報が視えていた。
四方を木々に囲まれ、薄暗い中一軒の屋敷が立っていることと、さらに男の隣にはあの邪竜が時が止まっているかのように立っていたこと・・・・・・いや、さすがにあれは見間違いかもしれない。
だが、あの白紙の手紙を送ってきた男は三日前にこつ然と消えた邪竜と何か関係しているのでは、という推測を拭いきれずにわたしはここに一人で来てしまった。
護衛もいないし剣を携帯して少しは身構えて来たのだが、森には魔物の影一つなかった。
わたしはここに来る前、この屋敷の所有者に会ってきた。そして鍵とここに住んでいる男の事を聞いた。
この屋敷は前の主が亡くなってから四十年間放置され続け、誰も入居していなかったらしく、新しく住人が入ったのもつい二年前のことだそうだ。
わざと人気のない場所を選んだのだろう。やはり男は人には見られたくないことをしているのか。
王女は黒樫の大扉に近づき、鍵を取り出す。鉄でできた鍵は、扉の鍵穴にピッタリとはまる。
ガチャッと中で施錠が解かれる音が鳴ると重そうな大扉はすんなりと開いた。
屋敷内は薄暗い外観と打って変わって暖かな光で照らされ、どこかお店のような雰囲気だ。
見た目によらずいくつも部屋が並び、どの部屋に男が居るのか分からない。そもそも男はこの屋敷に居るのかも怪しい。
とりあえず片っ端から部屋を除いていくしか無いのだろうが。そう思った時、王女はある部屋に目を付けた。
どの部屋も同じ外装の扉のため、この部屋も他の部屋となんら変わりはないはずだった。
しかし、この部屋だけ微妙にではあるが扉が開いている。
王女はその扉に歩み寄る。そして扉の取っ手に手を置く。
明らかに人が居る形跡。この部屋には一体どんな男がいるのだろうか。
「・・・・・・よし。大丈夫、怖くない」
と、ゆっくりと扉を開く。
まず何が目に飛び込んでくるのか、と思いきや視界には何も入ってこなかった。
部屋全体が暗すぎるのだ。
窓らしき枠はカーテンで覆われ、そこから微弱な光が漏れている。
暗いとこうも不気味に思うのか、一瞬部屋に足を踏み入れるのをはばかられたが、王女は足に力を入れようやっとの思いで足を踏み入れた。
暗い部屋は静寂を極めており、それがまたなんとも言えない怖さだ。
王女は剣と一緒に持ってきたランタンに日を灯そうとする。
その時――
「やぁ」
男の声とともに王女は背後からポンッと肩を叩かれた。
「きゃあっ!」
思わず叫び、前に飛び退く。
「誰!?」
「誰って、それはこっちが言いたい。俺はこの屋敷に住んでる者だけど」
「あなたが・・・・・・!?」
後ろに立っていた男はわたしを怪しむ目で見ている。
男はいかにも普通の青年という感じだ。でもまだ分からない。こんな屋敷に一人で住んでいるなんて怪しすぎる。
今は森に迷い込んだという体にしておくべきか。
「えっと・・・・・・わたしは・・・・・・」
しかし青年はその思考を読み取ったかのように言った。
「王女様だろ? 違うか?」
「・・・・・・いいえ。わたしは森に迷い込んでしまったのです。そんな時にこの屋敷を見かけて、誰かに道を訊こうとしていました」
「道を訊こうと、ねぇ。じゃあなんで屋敷に入れた?鍵はかけておいたはずだ」
「・・・・・・」
「まあ、王女様がなんと言おうと怒りはしないさ。大方『あの手紙』を見て俺を探したんだろ」
まったく青年の言う通りだった。これはもう自分は王女ではないと言い逃れできない。
「・・・・・・すみません。全てあなたの言うとおり。たしかにわたしは王女です」
「やっぱりか。アリア王女。できれば国王の方に会いたかったんだけどな。でも来ちゃったものは仕方ないし、ここは一つ言伝を頼まれてくれないか? 断らないでくれよ」
言伝はわたしの父、国王に対してだろう。
わたしは一応王女だが、勝手に屋敷に侵入した手前断ることはできない。
「・・・・・・分かりました」
「ありがとう」
「でも、先にわたしが質問してもよいでしょうか。傲慢なのは承知しています」
「どうぞ」
「あの白紙の手紙は何なのですか。父はあなたのことを探しているようですが、国王になんの用があるのですか?」
青年は、少しだけ考えてから言う。
「なんの用か、簡潔にまとめるならまずこれを見てもらわないといけない」
と言うと明かりが一斉に灯され、ほとんど何も見えないほど暗かった部屋が明るくなる。
「いや、違う・・・・・・ここは、洞窟?」
「少し転移させてもらったよ。ここは屋敷ではなく邪竜が復活した洞窟」
「そんな遠くに・・・・・・!?」
「あらかじめ転移ポイントを作っておいた。さあ、後ろ向いて」
青年に促され、わたしはくるりと回転した。
すると眼の前には人の何倍もある竜が鎮座していた。
しかも、これはただの竜ではない。
全身黒い鱗に覆われ、特殊な紫光を放つ翼。辺りの岩は腐敗している。
わたしは息を呑んだ。
「あれは大丈夫。もう生きていない。ちょっと迫力があるけど」
「しかし、傷一つついていない。本当に死んでいるのですか・・・・・・?」
「初めて見たから疑うのも当然かもしれないけど、それは本当の事だよ。で、先程の質問に答えるなら、俺の答えはこの邪竜についてなんだけど」
「・・・・・・あなたが討伐してしまったということですか」
「ああ。何日かこの状態にするまで俺が預かってたが、正式にこれを俺の所有物と認めてもらいたい」
冒険者ギルドに属する冒険者が魔物を倒したなら、その死骸は倒した本人のものになる。どこを剥ぎ取るも切り取るも自由だ。
しかし、それがあの邪竜となると話は別。
邪竜から採れる素材の(例えば鱗や皮、角に牙など)あらゆる部分が超高級品になる。さらには、それを悪事に使われる可能性だってあるのだ。
「どうかな?」
「・・・・・・わたしの一存では決められません。帰って国王に取り次ぎます」
本来ならば討伐した邪竜の死骸は丁寧に骨まで残さず焼き払うはずだった。
それが一番安全な処理の仕方と言える。
だが邪竜はこの男に討伐されてしまった。討伐した以上、邪竜の所有者は決定的にこの男になる。そういう決まりだ。
こうやって国王に対し所有権を求めているだけでも彼は良識人だということが伺える。
あの屋敷にも特に怪しい魔力は感じなかった。それにおそらくこの男からも。
わたしは青年に近寄って訊いた。
「少しだけあなたの身体に触れても良いですか?」
「えっ・・・・・・。ど、どぞ」
また別の意味で男に驚かれていることを気に留めず、王女は男の身体に触れた。
「・・・・・・大丈夫そうですね」
と、確認を終えると王女は身体から手を離す。
しばらく男は無言で目を見開き、それから言った。
「ああ、王女様。あんた人の魔力が分かるのか」
これが彼の素の喋り方のようだ。
それに人だけではなく、物もだが。まあそれは些細なことだ。
「一旦、城に戻ります。今わたしが聞いたことは国王にそのまま伝えさせてもらいます」
「ありがたい。じゃあ返事が決まったらまたあの屋敷に来てくれ。いつでもいるから。・・・・・・たぶん」
青年は、自信が無さそうに言った。
彼は邪竜を討伐してしまうくらい強い冒険者なのだ。なにかと忙しいのかもしれない。
王女は苦笑した。
「・・・・・・はい。では屋敷に戻してください」
「了解」
わたしはこのあと屋敷から城に戻った。
父は冒険者ギルドに探りを入れていたのだろう。わたしの話を聞くと心底驚いていた。そして叱られた。
国王は早々に臣下たちと話し合いを始め、邪竜の所有権については決定が下された。
わたしはその決定を青年に伝えにまたあの屋敷に行く。・・・・・・今度はしっかりと護衛付きで。
最後の帰り際、彼には名前を訊いた。
しかし、彼はこう答えた。
『王女様に名前を覚えて貰う必要はないよ。でも強いて言うならただの魔物剥製屋、かな』