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天才打者の忘れ形見  作者: 砂糖醤油
5章 新旧無差別野球決戦 前半戦
97/101

不満×安堵×不満

今回からまた週一投稿です

 開幕戦から一晩明けて、14時。

 千葉ドルフィンズと福岡マッハトレインズの2試合目が行われていた。

 鋭い打球音と、ファールボールへの注意を促すアナウンスが球場内に響く。


『これもファール!! 既に入夏相手に12球を投じております、投手の(つつみ)!』


『忘れてしまいそうになりますが、この勝負はまだ序盤どころか初回の先頭打者ですからね。堤の投球に問題があるわけではないと思うんですけど……ドルフィンズも昨日の負けから黙っているわけにはいかない、といった形なんでしょうか』


『さぁ決着するのか、13球目! ……外れたッ、ボール!! 軍配は入夏に上がりました!』


『勝負の世界なのでねぇ、仕留めきれなかった堤に責任というものは勿論いくんですけども。初回の立ち上がりからここまで粘られて四球というわけですから。流石にこれはちょっと堤に同情してしまいますよ』

 

 バットをスタッフが拾えるよう、丁寧に打席の外に置いて入夏は1塁へと進む。

 結果としては出塁する事が出来たが、先ほどの打席はあまり納得のいく内容ではなかった。

 バットを振った回数は9回。そのどれもがファールだった。

 つまり入夏からすれば9回もボールを打ち損じたという事だ。

 結果が全てではないが、シーズン初めてのヒットが欲しくなる場面で打てなかったのはあまり心境として良くない。

 打者が投手を仕留めるのに、2球も必要ない。

 1球あれば理論上は仕留める事が可能だ。

 なので、仕留めきれなかった自分のバッティングに満足はしていない。


 調子が悪いというわけではない。

 むしろ体の調子は良い方だ。

 ただ、オフシーズンのトレーニングを経て「もっとできる」と思えるようになった分、自分に課すハードルが高くなっているのも事実だった。


 そんな入夏の思いをよそに、チームとしてはこの四球が上手く作用した。

 2番の槍塚(やりづか)は中途半端に高く浮いた変化球を右方向へと打ち返し、その隙に入夏も3塁へと進塁する。

 3番の鳥居(とりい)は惜しくもサードへの正面を突きアウトとなったが、続く4番の阿晒(あざらし)がレフト前に落ちるタイムリーヒット。

 入夏が生還。

 阿晒は相変わらずの安定感でクリーンナップとしての仕事を果たしていた。

 さらにドルフィンズの攻撃の手は緩まない。

 先日ヒット0本に終わったポンズが直球を外野まで運び、これが右中間を大きく破るタイムリーツーベースヒットになる。

 2塁ランナーの槍塚が、そして1塁ランナーの阿晒がホームへと生還してこれで3点目。

 ポンズの記念すべき来日初ヒットはチームを大きく助けるものとなった。

 結局3点を奪い、初回からいきなりドルフィンズがペースを握る形となる。


 対してドルフィンズの先発投手は(たき)

 アンダースローのくせ者ピッチャーとして昨シーズンから安定感を発揮している先発投手だ。

 瀧は初回をテンポよく3人で片付け、ドルフィンズにさらなる追い風を吹かせる。

 投球間隔があまり長くない、という事もあって守備につく側からしてもやりやすくて助かる。

 2回にマッハトレインズの6番打者・越智(おち)からライトスタンドギリギリのところに被弾するというハプニングに見舞われたものの、その後も落ち着いた様子でアウトを積み重ねていく。

 本当に事故としか言えないような打球だったのだが、それをしっかりと割り切って崩れないメンタルは流石の経験深さだと思う。

 2点差となったかと思えば、3回の表に鳥居がレフトスタンドへ会心の一発を叩き込みリードを3点に戻す。


 そして、5回の表。

 チームの追い風に便乗するような形で、入夏もセカンドの横を抜ける速い当たりで今シーズン初めてのヒットを飾る。

 ストライクを取りに来たボールを迷いなく振り切った末のヒットだった。

 一塁ベースを蹴ったところで、軽く息を吐く。

 これも理想とは遠い。

 打者として内容も結果も満足のいくものを残したいが、内容だけ良ければ結果がダメというわけでもない。

 そういう意味では、ひとまずヒットが出た事は安心材料の一つだった。

 ドルフィンズは入夏のヒットを皮切りにまたも打線が繋がり、点差は5点に。

 その裏に犠牲フライで1点を返されたが、チームとしてはそれだけのリードがあれば十分だった。

 瀧は6回までを投げて2失点、ほぼ予定通りに役割を果たして降板した。

 

 7回からはアピールを続ける若手の勝之木(かちのき)が2イニングを消化し、9回の裏は川背見(かわせみ)がランナーを出しつつも無失点に抑えてゲームセット。

 危なげない展開でドルフィンズが今シーズン初めての勝利を掴んだ。

 しかし、入夏の胸中は晴れやかと言うよりも、まずヒットを打てた事への安堵の方が大きかった。。

 


 3試合目。

 ドルフィンズはサウスポーの左馬(さば)が、マッハトレインズは右の西園寺(さいおんじ)がそれぞれ先発投手として対峙する。

 お互い最速が155km/h超を記録した事のある剛腕対決。

 また、この試合で昨シーズンまで正捕手だった志々海(しじみ)が初めてスタメンで出場する事となった。

 志々海はあくまでも冷静さを失わず、淡々と準備をしている。


「おい、左馬。いつも通りだ。《《ちゃんとやれよ》》」


 あまり口を出すべきではないけれど、それでも二人のコミュニケーションは入夏にとってはひやりとするものだった。

 昨季までよく組んでいたエースの西部(にしべ)と左馬の扱いの差に少し心配になるが、大学で日本一になるほどのバッテリーだ。きっと彼らなりの信頼の仕方があるのだろう。

 左馬も言葉は出さないが、力強く首を縦に振っている。

 どうやら不満はないようだ。


 試合は2戦目とは打って変わって、投手が踏ん張る接戦となる。

 投球内容としては自慢の速球で押し切る西園寺が上回っているが、結果で言えば左馬もピンチを背負いながら乗り切っている。

 以前までの左馬はファンに描かれるイメージ程にコントロールに難を抱えているわけではないが、たまに失投がとんでもない所に飛んでいくことがあった。

 それが今日のピッチングではある程度抑えが効いている。

 すっぽ抜ける時もあるが、それらを志々海が身を挺して止めているので暴投は0。

 カットボールと直球は数字以上の威力があるらしく、ほとんどの当たりは詰まらされた形だ。

 入夏もこの一戦であまり長い距離を走る事はなかった。

 バッテリーの特徴はマウンド以外にも表れていた。

 守備を終え、志々海の打席が近づかない限りはずっとバッテリー同士で会話をしている。

 前の回のあの打者の、何球目のボールの引っかかりはどうだったか。

 話をより具体的に掘り下げつつ、丁寧に穴を潰していくように確認をしていた。


 今までの志々海を見ていた入夏からすれば、《《らしくないな》》と思った。

 いつもの志々海は余裕があって、投手の事をよく信頼していた。

 現在の左馬を信頼していないのかと問われればそうではないが、やや過保護と思うくらいには細かくチェックしている。

 春季キャンプでヘッドコーチの浜栗(はまぐり)が言っていた事を思い出す。


 ―――無駄な余裕をなくす。


 その目的は、確かに果たされているような気がした。

 今の志々海には余裕こそない。

 それでも打者一人ずつ丁寧に警戒して、投手と向き合う事が出来ていると思う。

 以前、西部と話していた時もそうだった。

 本来の志々海はすごく面倒見が良い。西部の喫煙ごっこに付き合うくらいには。

 最初に浜栗の方針を聞いた時は半信半疑だったが、今の様子を見ると求めていたものが分かるような気もする。

 ……自分も下手な余裕があるから満足する結果が出ないのか? と入夏は少しだけ思った。


 5番打者・別府(べっぷ)に速球を運ばれ、今カード2発目となるホームランで1点こそ取られたものの、大きな当たりはこの打席のみ。

 ドルフィンズも7番・三護(さんご)のタイムリーヒットで同点に追いつき、試合は延長へと移る。


 左馬は6回、西園寺は7回途中を投げてそれぞれ1失点。

 7、8、9回はお互いのリリーフが要所で踏ん張りを見せて無失点に終わった。

 特に9回は両チームとも得点圏に走者を置き、ドルフィンズは2死満塁まで迫ったものの無得点。


 10回からは両チームが温存していたクローザーが登板する。

 マッハトレインズはマウンドに助っ人のスマイルズを送った。


 ドルフィンズの打順は5巡目、1番の入夏が打席へと入る。

 今日は四球で一つ出塁があったものの、安打は0。

 チームに流れを持ってくるためにも、自分のためにも、ここで1本安打が欲しい。


 初球、カーブを見送って1ストライク。

 速球を意識していたために体が出ず、見逃す形になる。

 多少甘くは入っていた分、打ち切れなかった部分に少し悶々としていた。


「今のはスマイルズにしては甘かったな。いいのか、あんなチャンスボールはもう二度と投げさせんぞ?」


 前方のスマイルズ、後ろからは正捕手の越智(おち)がささやき戦術で惑わしてくる。


「じゃあ、どうしようかな。今のボールを見た分だと……」


 こちらが聞いている事もお構いなしに、むしろ耳に入っているのが好都合とばかりに越智は喋っている。

 スマイルズが投球動作に入る。

 ボールはリリースポイントから急激に落ちるように変化してきた。


 ―――カーブかよ!! この人が心理戦を仕掛けてくるであろうことは知っていたけど! 普通にカーブかよ!!


 あれ、でもこれ……。

 体が踏ん張れている。

 なんか、打てそう。


 バットがボールを捉える。

 それはまるで、いつか勇名が言っていた「いつも通りのスイング」のようだった。


 打球は低いながらも角度のある弾道で飛んでいく。

 飛んでいって、飛んでいって……ライトのグラブに収まった。


 時々、ほんの時々だが「納得のいく凡退」というものが入夏にもある。

 この打席はそれに近いものだった。

 結果よりも、先ほどの打撃の感覚がずっと残っている。

 「もっとできる」と、感覚は告げているように見えた。


 結論から言うと、試合には普通に負けた。

 クローザーの鳴子(なるこ)が平常運転のようなピッチングであれよあれよという間にピンチを招き、最後は越智のタイムリーヒットで勝負あり。

 監督の代永(しろなが)はいつもの劇場型ピッチングにげんなりとした様子でベンチを後にする。

 これで、開幕カードの負け越しが決まった。


 入夏にとっては自身への不安と期待が高まる開幕三連戦だった。

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