OPENING DAY② 仙台スパークスVS埼玉フィッシャーズ②
初回からの見込み通り、開幕戦は一進一退の攻防を見せる。
4回表に柊がプロ初安打をタイムリーヒットで飾ったかと思えば、その裏に眞栄田の今シーズン第一号2ランホームランであっさりと逆転。
しかしスパークスもただでは終わらない。
9番の花房が死球で出塁。
盗塁で2塁に進むと、3番の生不にもタイムリーヒットが生まれて同点に追いついた。
両先発投手が開幕戦から5回で降板するという非常事態の中、ハナを奪ったのはフィッシャーズの方からだった。
スパークスの継投策に対して下位打線から打線が繋がり、ランナーをためたところで8番・武田がセンター前へと抜けるタイムリーヒットを放つ。
これで点差は2点。スパークスを突き放す。
流れはフィッシャーズの方へと傾きかけていた。
『投手の交代をお知らせします。ピッチャー・平本に代わりまして 日高。背番号95』
ここでスパークスは昨季のオフに育成選手から支配下登録をされた日高をマウンドへと送る。
育成出身だが年齢は綱井よりも上、育成指名されてから今年が2年目の現在27歳。
高校、大学、社会人、独立リーグと様々な世界の野球を経験してきた苦労人だ。
オープン戦での登板はある。ここまで順調な調整を見せて開幕一軍を勝ち取った。
しかし当然のことながら公式戦で登板するのはこれが初めて。
大きく変化するカーブとストレートを制球よく操る左腕だ。
ただ、接戦でのプロ初登板という事もあってそう上手くはいかなかった。
3番のギルメットを大きなカーブで空振りの三振に打ち取るも、4番の金師には一発を恐れたのか慎重に攻めすぎて四球。
直前の打席でホームランを放った眞栄田に対しては、指から上手く抜けきらなかったカーブが暴発してランナーを進めてしまう。
結局、眞栄田を四球で歩かせ、6番の梶木には痛烈にライト前へと弾き返される。
趙の強肩で事なきをえたが、これで満塁。
ここで突き放されると追いつくのは至難の業だ。
『投手コーチがやってきて一度間を取ります。さぁ、スパークスとしてはこれ以上の失点は避けたいところです。しかしオープン戦で好成績を残していた日高ですが、この登板では苦しんでいます。解説の高島さん、こういった場面での難しさというのはやはりあるものなんでしょうか』
『あると思いますよ。本人の心理としても、そういった面が強いんじゃないでしょうか。年齢的には中堅とはいえ、プロ初登板ですからね。固くなる気持ちは分かります。ただ元投手の私としては、もうここは開き直って投げるしかないですからね』
『ありがとうございます。しかしフィッシャーズの打線も下位とはいえ破壊力のあるバッターが続きます。まずは強肩強打の捕手・西村が4度目の登場です!』
大丈夫、うちの外野は足の速い選手が多いから前ならある程度取れる。
後ろや横にいったとしても、足が速ければ大体何とかなる。
趙さんはもちろんとして、俺も柊さんも足速いから!
外野からなので直接的に声はかけられないが、勇気持っていこー!!! と念を送る。
『さぁ注目の初球、投げました! ―――空振り! カーブが上手く決まりました!』
『今のはいいカーブでしたよ。今日の登板の中では一番しっかりと決まったボールなんじゃないでしょうか。ピンチになって切り替えたのか、それともある程度球数を投げてマウンドに慣れたのか。どっちかは断言できないですけど、自滅を狙えば下手を打つのはフィッシャーズの方かもしれないですね』
『さぁ2球目、投げました! ……ファール!! 今度はストレートで押してきました! この打席のみを実況するのであれば、確かに高島さんの仰る通り! 日高が本領を発揮しております!』
よーし、追い込んだ追い込んだ!
一球外しても良いし、仕留めに行って三振でもポップフライでも良いぞぉ!
『追い込んで、さてどう攻めるか日高! 3球目、投げました!』
日高の指から放たれたボールは打者の手元で微妙に変化する。
カーブとストレート(フォーシーム)以外の持ち球、恐らくツーシーム。
対応しきれなかった西村は当てる事さえ出来たものの、ショートのすぐ近くへと飛んでいく。
こうなってしまえば守備の達人であるショート・花房の独壇場だ。
素早いグラブさばきで瞬時にボールを捕球し、流れるようにセカンドベースで待つ猪頭へと送球する。
『これは打たされた当たり! 花房が素早くセカンドへと送球! 猪頭も投げて、間に合いましたダブルプレー!! 日高が雄たけびをあげました、今日のさいたま森林スタジアム!! スパークスは絶体絶命のピンチを凌ぎました! しかし、しかしフィッシャーズとしては痛恨のダブルプレー!!』
『うーん、今のボールは頭に無かったでしょうね。追い込まれていましたし、ストライクゾーンのボールに手を出していくのは間違った判断ではありませんでしたが。結果としてスパークスの思い通りに打ってしまいましたね』
綱井はこの一連のプレーには関与しなかったが、ぽんぽんと拍手するようにグラブを叩く。
自分で招いたピンチとはいえ、この場面で抑える日高さんはやっぱりすごいよ。
選手が多種多様な場面で輝く場面を見るたびに、自分はこのスポーツでプロになって良かったと痛感させられる。
守りは凌いだ。まだこちらの攻撃は残っている。
さぁ、反撃の時間だ!
8回の表、スパークスの打順は5番から下位打線へと入っていく。
リードしている状況。フィッシャーズが誇るリリーフエース・神田は既に7回に登板したものの、フィッシャーズの投手も勝利パターンと呼ばれる投手をマウンドへと送る。
その出鼻を5番の猪頭がくじく。
ストレートを強く打ち返し、レフトの頭を越えるツーベースヒットで出塁。
続く石井も四球で続き、7番の柊。
ライトの前にぽとりと落ちるヒットを打つ隙に猪頭が生還。
幸運は貰う分にはいくらあっても良い。
《《ついている》》当たりで点差を1点に縮める。
8番の阿古屋は凡退に倒れたが、なおも1死ながら1、3塁のチャンス。
ここで先ほどダブルプレーを奪った花房へと打席が回る場面だったが、スパークス側が勝負手に出る。
『選手の交代をお知らせします。バッター・花房に代わりまして戌鷲。背番号90』
終盤にきての代打コールに球場は盛り上がりと困惑の声が上がる。
綱井からすればこの起用は当然と思っているが、戌鷲はこれがプロ初出場。
同点や逆転が可能な場面での思い切った代打起用に疑問の出るファンもいる事だろう。
一振り、また一振りと打席に備えて戌鷲が鋭くバットを振る。
綱井から見た戌鷲という人間の印象は、あまり器用な選手ではないというものだった。
プロ入りを果たした今年で28歳、年齢的にもここ数年で結果を出さなければならない立場だ。
身体能力はアマチュアの中では高いが、プロの世界ではほとんど全てにおいて平凡の域を出ない。
守備位置に関しても、ファーストや指名打者としてスタメンで出場するにしては長打力が欠ける。
それでもスカウトが惹かれる理由は何となく分かった。
一打席、一振りに懸ける集中力、執着、ひたむきさ。
彼は決して練習態度だけでプロになったのではない。
間違いなく戦力になると思ったから指名されたのだ。
このチームは、そういう選手を集めるのが好きなのだから。
アウェーだというのに、チャンステーマが大きく聞こえる。
開幕戦だと言われれば当然なのかもしれない。
けれど綱井には、戌鷲の背中を押すような追い風の音に聞こえてならなかった。
『終盤の重要な場面で登場しました、戌鷲選手! ここで結果を残せるか!』
注目の初球。
見逃す隙すら無く決着はついた。
アウトコースよりのストレートをバットで一閃、打球は鋭いライナー性の軌道を描いて右中間へと飛んでいく。
『打った! 打った打った打った! 右中間を、破る~!! さぁ石井が生還! 柊はどうするか! 蹴った、三塁ベースを蹴ったぞ!! 返球は~間に合わな~い!! 6対5! 6対5です! 戌鷲のプロ初安打は値千金のタイムリーツーベースヒット!! 8回の表、オールドルーキーの活躍でスパークスが一気に試合をひっくり返しました!!』
大歓声の中、戌鷲は静かに右手を掲げる。
そして代走が呼ばれると、タッチをしてベンチへと粛々と帰っていった。
行動こそ淡々としているが、内心ではきっと大きなガッツポーズをあげているだろう。
感動と興奮で、綱井の心にある野球への熱意は燃え盛るばかりだった。
綱井もライト線を破るタイムリースリーベースを放ち、点差は2点スパークスがリードする形に。
後続こそ綱井が挟殺プレーでアウトになった事も災いして追加点をあげられなかったが、この回だけで4点。
逆境をひっくり返して見せた。
8回はアンダースローの根岸が三者凡退に切って取り、点差は変わらず9回の裏。
フィッシャーズが最後の攻撃へと移る。
マウンドにはスパークスの現守護神・宇那木光があがっていた。
元々は先発で幾度も二桁勝利を達成した名投手であり、現在は短い回を全力で投げる適性を見抜かれ守護神として抜擢されている。
「弾丸」とも評されるストレートはベテランの域を得てもなお健在。
今日もストレートを主体としたピッチングで2番3番の外国人コンビを凡退に仕留めて見せた。
2アウトとなって、打者は4番・金師。
今日はホームランこそ打っていないが、要所要所で存在感を放っている。
フルカウント。宇那木が首を何度か振る仕草を見せ、迎えた6球目。
宇那木の指から放たれたストレートは金師から豪快な空振りを奪って見せた。
『空振りさんしーん!! 最後は4番の金師を三振に斬って取りました宇那木!! これでスパークスは開幕戦を2年ぶりに白星で飾ってみせました!』
『8回のビッグイニングが象徴的でしたね。しかし……今年のスパークスは侮れないです。今年のオーシャンズリーグは荒れるでしょうね』
『……さぁ、ヒーローインタビューですが誰が呼ばれるでしょうか。これは……やはり、殊勲打を放った戌鷲でしょうね! ルーキーが開幕戦のヒーローインタビューに選ばれるというのは珍しいですね』
『今日はそれだけの活躍をしましたからね。ヒーローは彼しかいないでしょう』
他の選手たちが急かすように戌鷲の背中を押す。
戌鷲は自分で良いのか、という顔をしていたが、綱井から見ても今日のヒーローは戌鷲以外にあり得なかった。
ぎこちない足取りでインタビュアーの元へと小走りで駆け寄る。
『まず、プロ初安打とプロ初打点、おめでとうございます! 打った時はどんな心境でしたか?』
『いや、もう。はい。ホームランじゃない事は分かっていたので、何とか外野の間に抜けてくれ、と。後はランナーの柊がよく走ってくれたと思います』
『プロとしての第一歩を踏み出しました! 初めてのヒーローインタビューはどんな感じですか?』
『……自分で良いのかって、本当に思いました。代打で呼ばれた時も、今も。自分はやっとプロに入れた身ですし、がむしゃらにやってきただけです。それが、今日こういった結果が出て……本当に。本当に……』
戌鷲は言葉に詰まったような様子を見せる。
心なしか、その目には涙が光っているようにも思えた。
「泣くのはまだ早いぞー!!」
誰かの大きな声が観客席から聞こえた。
茶化すような意図だったかもしれないが、その声は次々と増えていく。
まるで戌鷲の門出を祝う様に、スパークスベンチからも愛のある野次が飛んでいく。
綱井もそれに従って、戌鷲を応援する。
球場は、スパークスファンもフィッシャーズファンも境目なく一体化していた。
『今日が、戌鷲の最後の輝きだったと言われないよう明日からも精一杯頑張ります。ご声援、よろしくお願いします!』
『ありがとうございました! 今日のヒーロー、戌鷲翔選手でした!!』
もうじき夜も更けるというのに、球場内の拍手はしばらく鳴りやむ様子を見せなかった。




