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天才打者の忘れ形見  作者: 砂糖醤油
4章 light off
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そこそこ波乱のキャンプイン

今回は、きたるシーズンに向けたキャンプ回です!

 球春が近づいてきている。

 それは春季キャンプが始まるという事でもあった。


 オフシーズン、ストーブリーグでは色々な事があった。

 今年も様々な特徴を持った助っ人外国人たちが海を渡ってやってくる予定だ。

 仙台スパークスは台湾出身の元メジャーリーガーを獲得するなど、ストーブリーグの王者の名に恥じない活躍と評判を見せている。


 昨季、最下位からの巻き返しを誓うドルフィンズにも変化があった。

 監督はそのままだが、前任のヘッドコーチ(監督の下でコーチをまとめる作戦参謀のような立ち位置、いないチームも普通に存在する)が退任し、新たなヘッドコーチとして浜栗(はまぐり)大幸(たいこう)が就任した。

 浜栗は強打のキャッチャーとして活躍し、球団としては初、日本球界では2人目のメジャーリーガーでキャッチャーとして活躍した人物である。

 押しも押されぬレジェンドだが、現役を引退してからはコーチになるつもりはあまりないと返答をはぐらかしていた。

 それがここに来ての就任。

 ドルフィンズのチームメイトたちもざわめいていた。


 もっとざわめく事になったのは、就任して早々の発言である。

 浜栗は挨拶の後、すぐに正捕手の志々海(しじみ)とエースの西部(にしべ)に対して言った。


「あー、とりあえずお前ら二人。一旦バッテリー解消しろ」


 この二人はゴールデンバッテリーと呼ばれるコンビであり、賞も一度だけだが獲得している。

 そんな二人にいきなり突き付けた一方的な解消宣言。

 もちろんこれには志々海も黙ってはいない。

 すぐに食い下がった。


「は? いやいや、ありえないでしょ。考えてみてくださいよ、僕らこの二人で昨シーズンやってきたんですよ? なんですか、それをいきなり解消なんて。いきなりやってきて、チームを崩壊させる気ですか?」


「お前らのチームはそんな事で崩壊する程度に脆(もろ)いのか?」


 痛い所を突かれたのか、志々海が言葉に詰まる。


「それに、許可なら取ってある。……なぁ、代永(しろなが)監督?」


「あぁ。今のチームには変革が必要だ。バッテリーに関しては浜栗に一任する気でいる」


 それでも納得がいかないのか、志々海はぱくぱくと口を動かす。

 助け舟を出してもらうはずが敵の援軍、それも総大将だったのだ。

 何か言いたくても言い辛くなる。


「……!! い、いや、でも……」


「慌てんなよ。《《一旦》》っつたろ。別にキャッチャー失格って言ってるわけじゃねぇんだ。頭を冷やして、その意味をちゃんと考えな」


 いきなり波乱で幕を開けた春季キャンプ。

 志々海は明らかにテンションが下がっていた。

 一方で西部を見ると、意外にも平気そうな様子だった。

 もしかすると西部の方からバッテリー解消を申し出たのかもしれない。


◇


 春季キャンプはシーズンに向け、ある程度調整を求められる。

 それだけではない、昨季とは違う何かをアピールしなければ一軍では生き残れない。

 分かりやすい例で言えば、投手の新球種だ。

 秋季キャンプ、自主トレで伸ばした部分をアピールし、新しい武器を首脳陣に見せつける。

 入夏の同期である渦巻(うずまき)と昨季からの移籍組である左馬(さば)はいつの間に仲良くなったのか知らないが、互いにカットボールの研究に励んでいるらしい。


 そして、アピールをするのは以前から在籍していた選手だけではない。

 新助っ人外国人や、ドラフトで獲得した選手達も開幕一軍を目指してアピールをしている。

 今年から新加入した選手は8人。その内訳は外国人2人、日本人6人。野手が3人で投手が5人となっている。

 特に軽快な動きでファンや報道陣の眼を引くのは、大卒出身の二人だ。

 安里(あさと)悠吾(ゆうご)と閃(ひらめき)華礼(かれい)。

 安里は大学では関東の大学でレギュラーとして出場し、ドラフト3位で入団した沖縄県生まれの内野手だ。

 シュアなバッティングと明るいキャラクターが強みで、挨拶からいきなり「ユーゴー」と呼んでくださいと宣言し場を和ませた。

 閃は地方リーグ出身、宮城県で育ってきた左投げの投手だ。

 2球団競合の末ドルフィンズがくじを引きあて、獲得へと至った。

 武器はなんといってもストレート。

 最速は155km/hを超え、左打者の内角をえぐるようなシュートも投げ込める。

 常に輝かせた目が特徴で性格はのほほんとしたマイペースのため、ある程度の我の強さが必要とされる投手には適性がある、と勝手に入夏は思っている。

 特にドラフト1位の閃に対する注目は大きく、ブルペンに入っては投球練習で観客たちに感嘆の声を上げさせていた。


 そして忘れてはいけない助っ人外国人。

 今年注目されているのは、アメリカ出身、今年で30歳を迎える内野手・クレイヴ・ポンズである。

 前評判では「パワーはやや劣るものの、打撃には安定感がありチャンスにも強い」と言われている。

 実際メジャーでの出場経験もあり、通算で18本の本塁打を放っている。

 記者からは実績だけでなく、「なんとなく強打者のような雰囲気がある」というよく分からない理由で人気を得ている。

 ただ本人はかなり気難しい性格のようで、今のところ誰かと打ち解けている様子は見られない。


 入夏も、シーズンに向けて調整に励んでいた。

 去年の活躍もあって、注目度が上がっているらしく去年よりも記者の数は多い。

 けれど、そこに一番いて欲しい、いの一番にいるであろう人物はいなかった。


 佐藤が襲われてからもうじき2か月が経とうとしている。

 命に別状はないが、まだ彼女は目を覚ましていないようだった。

 あれから事件の進展も少なく、不安ばかりが募る日が続いている。

 それでもプロとして、集中しなければならない。


 入夏は今年のキャンプに入って、素振りの仕方に一つの変化を加えていた。

 スローモーションのように、軌道を確認するようにゆっくりとバットを振る動きを取り入れる。

 さらに、打撃練習でも担当の投手に頼み込み、あえてスローボールを投げてもらう。

 これは以前に入夏が過去の名選手から学んだ打ち方で、勇名の理論とは違う。

 投手には変な顔をされたが、入夏はまったく気にしない事にした。

 そんな事程度でつまづいていては、勇名に追いつくことなど一生かかっても叶わない。


 一球入魂、という言葉が脳裏に浮かぶ。

 丁寧に、丁寧にを意識してボールを打っていく。

 打球はまちまちで、強く飛んでいくものもあればカス当たりもある。

 それでも入夏は黙々と打ち続ける。

 成功は大事だが、今は関係の無い事だ。

 実際の試合では投手がスローボールを投げる事はない。

 だからこそ練習では速さに囚われず、自分の動きを認める事に集中する。


 バットがボールにぶつかる音しか聞こえない。

 それほどまでに集中力は高まっていた。


 待っていた投球が止まる。

 何事かと入夏が視線を戻すと、どうやら浜栗が投手を制止したようだった。

 全く聞こえなかった……。


「おい、おい! 入夏、聞こえてるな? 今度こそは聞こえているな!?」


「あっはい」


 言い方からして、浜栗は何度も話しかけているようだった。


「困るぜ全くよぉ、野球に熱心なのはいいがな。お前は大人で、プロなんだ。話は聞いてもらわないと。な、それは分かるだろ?」


「……はい」


「大丈夫か、お前本当に分かってんのか? っはぁー……俺はもう不安になってきたぞ。お前に本当にレギュラー任せても大丈夫なんだろうな」


 後半はほとんど伝えるわけでもなく、呟くように言っていた。

 心の声が漏れたらしい。


「大丈夫かどうかは分かりませんが、頑張ります」


「姿勢はちゃんとしてんなぁお前は! でもそこまで言うなら自信を持ってほしかったよなぁ俺もなぁ! いいかお前、プロは野球が出来るだけじゃダメなんだぞ! ファンに見られる立場なんだから、私生活だけじゃなくてマナーもちゃんとしてないと!」


「分かりました。気を付けます。……あと、一つ聞いていいですか?」


「あ? なんだよ。答えられるなら答えてやるから言ってみな」


「どうしてバッテリーを解消しようなんて言いだしたんですか?」


「……知りたいか? 脅すわけじゃないが、聞くからにはそれなりの心構えがいるぞ? 単なる興味ならやめとけ、チームの空気が悪くなるだけだ」


「いえ。勝つために必要だと思ったからです」


 浜栗は一瞬気圧されたような姿勢を見せたが、すぐに平静を取り戻した。


「仕方ねーな。話してやるよ。解消関係が取り返されるまで、本人たちには内緒な」

感想やブックマークなどいただけると、非常に助かります!

「ここについてどうなの?」という質問に関しても、出来る限り答えていきたいと考えております!

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