それは分かつほどの
この回、物語の展開上とても大事な回です。
是非読んでください
今季のドルフィンズ最終戦、北海道パイレーツとの一戦。
今日の主役は既に決まっている。
亀津嘉彦、チームに長年貢献してきた功労者だ。
彼は今シーズン限りでの引退を発表しており、この試合が現役最後の試合となる。
観客も亀津の最後の雄姿を見届けに来たのか、普段よりも増して多く席が埋まっているように見える。
予定では1試合通して2番・ライトとして最後まで出場するそうだ。
そのため普段ライトを守っている入夏は今日指名打者として出場する事になる。
「今日、絶対勝ちましょう! 勝って、亀津さんの有終の美を飾ってシーズンを終えましょう!」
円陣の中心で、チームメイトの早々江が声を上げる。
ここに立っている人の気持ちはきっと同じはずだ。
今日の試合は、一打席でも多く亀津に回す。
スターティングラインナップ
千葉ドルフィンズ
1番 指名打者 入夏水帆
2番 ライト 亀津嘉彦
3番 セカンド 鳥居 帝人
4番 ファースト 阿晒兵太
5番 ショート 万田英治
6番 レフト 槍塚弾
7番 サード 早々江心
8番 センター 舘正宗
9番 キャッチャー 志々海大和
先発投手 蔵家遥真
北海道パイレーツ
1番 センター 奥戸場宙
2番 セカンド 陸奥吾郎
3番 ライト 宇坪蘭太郎
4番 指名打者 晴天(登録名は下の名前のみのため名字省略)
5番 レフト グリン・トッド
6番 サード 兜大将
7番 キャッチャー 大河原獅子男
8番 ファースト 倉部肇
9番 ショート 横浜大貴
先発投手 三蛇怜
初回の表、蔵家は1番2番とテンポよく打ち取る。
しかし3番、宇坪に初球のボールが甘く入り痛打された。
高く上がった打球は減速する事無くバックスクリーンまで伸びてホームラン。
いきなりの先制点でドルフィンズは追いかける展開となった。
一方のドルフィンズ。
入夏が凡退に倒れ、1アウトランナーなしの状況で亀津に第一打席が回ってくる。
歓声を背に受けながらも、最初の打席は真っ直ぐ全てを空振りし三振に倒れた。
しかし2回にドルフィンズも負けじと早々江が真っすぐを捉えてレフトへのソロホームランで追いつく。
さらに一発でリードを握られ、迎えた中盤6回。
クリーンナップから始まるパイレーツ打線が先発の蔵家を襲う。
ツーベースヒット、四球と続き、5番打者は進塁打。
ここでドルフィンズは継投を決断。
変則サイドスローの磯を送り込む。
迎え撃つのは今シーズン通じて低調が響いた兜。
チームトップの本塁打数とチームワーストの打率を記録している、極端な成績を残している打者だ。
緊張の展開の中磯が追い込んで4球目、サイドスローから大きく変化するカーブに球審の手があがる。
ここは見逃し三振に仕留めた。
が、アウトを取った次の打者へのボールがまずかった。
またも初球、甘くなったストレートを簡単に弾き返される。
あらかじめ前進していたライトの亀津がボールを追う。
しかし、年齢による衰えもあったのか、グラブはボールに収まらなかった。
何バウンドかしてようやくボールをグラブにおさめる。
一人、また一人とランナーが生還する。
中盤を終えて3点差と突き放された。
ドルフィンズの反撃はその裏に始まった。
2番・亀津が綺麗にセンター返しを打って出塁。
亀津の雄姿に観客からは大歓声が送られる。
ベテランの出塁で打線に火が着き、3番鳥居がヒット、4番阿晒がタイムリーツーベースなどで2点を取り返す。
続いて万田も四球を選び、槍塚はショートゴロの併殺崩れで1アウトランナー一三塁。
なおも得点圏の場面で7番の早々江がきっちりと犠牲フライを上げて、阿晒が激走。
キャッチャーからのタッチをかいくぐり、ついに同点。
球場の盛り上がりは最高潮に達していた。
ここから一気に勝ち越したいところだったが、パイレーツの継投策を前に下位打線が続かず3アウト。
振り出しに戻った状況で試合は終盤へと入る。
必勝を期してドルフィンズはシーズン途中からセットアッパーとして活躍していた鶴来をマウンドに送る。
投球練習を終え、先頭の9番の横浜と相対する。
指名打者として出場している入夏は、いつもと違う立ち位置から鶴来の状態の悪さを何となく感じていた。
シーズンを通しての疲労故なのか、得意のスライダーにキレがない。
案の定というべきか、3球目の曲がり切らなかったスライダーを横浜は打ち返す。
仕留め損なった当たり、だがここでも不運が襲う。
ふらふらと上がった打球は前進するライト亀津と後退するセカンド鳥居の丁度間へと落ちてヒット。
続く奥戸場にはセンター方向へ弾き返されピンチを招く。
2番打者に送りバントを決められこれで一死二三塁。
一打負け越しの場面でドルフィンズベンチが動く。
投手コーチがボールを受け取り、マウンドへと歩いていった。
鶴来をスパッと諦め、川背見に火消しを託す。
打者は3番・今日既にホームランを打っている宇坪に回ってくる。
注目の初球、高めのストレートに手を出させてファール。
先ほどまでの鶴来とは違い、川背見は状態が仕上がっているようだ。
球威のある真っすぐで完璧に押し込んでいる。
2球目は外れたものの、3球目に落ちるスライダーを振らせて2ストライク。
追い込んだ状況となって4球目。
右腕から放たれた真っ直ぐは吸い込まれるように左打者の外角低めのゾーンへと収まった。
バッターは手が出なかった、投手として完璧な投球。
だが、球審の手は上がらず。
キャッチャーの志々海は判定に抗議するかのようにミットをしばらく動かさなかった。
5球目、川背見が首を縦に振って投球に入る。
さっきのボールと同じ―――、かと思われたボールは打者の手元で減速して変化する。
ボールゾーンに逃げていくチェンジアップ。
思わず宇坪のバットが回って空振り三振、一番厄介な打者を最高の形で打ち取った。
あとアウト一つで交代。
そんな考えが過る中、パイレーツの4番・晴天が左の打席に入る。
高卒3年目となる今季、2軍で好成績を残した若武者だ。
チェンジアップでストライクを奪い、迎えた2球目だった。
僅かに狙いからずれたチェンジアップを逆方向へと打ち返す。
打球は左中間を破る長打となり、ランナー二人が一気に生還。
打った晴天も2塁まで到達する、痛恨のタイムリーツーベースヒットを浴びた。
中途半端な変化だったはいえ、緩急で揺さぶってくる相手に対してタイミングをずらされずに打ち返すバッティング技術は既に一級品だ。
彼は近いうちにドルフィンズの障壁になるかもしれない。
7回、8回はパイレーツお得意の勝利の方程式に簡単に捻られ、試合はあっという間に最終回の裏へと移る。
打順は下位、7番の早々江から。
つまり2人出塁する事が出来れば、亀津に5回目の打席が回ってくる。
チームの功労者の花道を飾るため、何としても繋ぐ。
パイレーツの絶対的クローザー、大門が登板してもチームの思いは一つだった。
先頭、早々江は3球で2ストライクと追い込まれる。
だが簡単に三振はしてたまるか、と言わんばかりにバットを短く握った。
ストライクゾーンに来たストレートをファールで逃れ、大きく落ちる変化球にはすんでのところでバットを止める。
カウント2ボール2ストライクとなって5球目。
バットの折れる音が球場に響く。
ストレートに完全に詰まらされた当たり、何とかバットに当てるのが精一杯、という打球はそれでもレフトの前へと落ちた。
まず1人目。観客からの歓声を背景に、早々江が大きくガッツポーズを挙げて代走と交代した。
8番、舘の打席という所で代打が送られる。
打席には柴が入る。
1ストライクでの2球目、変化球に泳がされて打球は内野へと高く上がる。
打った瞬間、柴は苦々しく顔を歪めた。
セカンドが1歩、2歩と後ずさりしながらボールを慎重に捕球して1アウトを取られた。
続いて9番の志々海。
ダブルプレーなら試合終了という場面。
志々海は際どいコースに手を出さず、カウントは3ボール1ストライクとなる。
そして、5球目。
インコース低めのボールを避け、四球をもぎとる。
控え目に拳を上げながら志々海は一塁へと歩く。
一死一二塁。亀津の打席に回るまで、あと一人。
◇
異様な熱気だった。
ほとんど経験した事のない雰囲気に、入夏のバットを握る力が強くなる。
落ち着くために息をふっと吹き、打席の外で何度かスイングを試してみる。
まず、最悪なのはダブルプレー。
何としてもそれだけは避けなければならない。
足は速い方という自負はあるが、それでもゴロを打つことに抵抗があった。
最低限でも自分がアウトになるだけなら、亀津に最後の打席が回ってくる。
相手は既に最多セーブが確定している日本屈指のクローザー。
そう簡単に打たせてくれるわけではない。
初球、ストレートにバットが当たるも打球は前へ飛ばずファール。
2球目、真ん中のゾーンから大きく曲がるスライダーが内角をえぐってボール。
今日の大門はこのスライダーの変化が早いため、見極める事が出来る。
スライダーで空振りを奪えないのは相手としてもやりづらいだろう。
直球一本に絞ってバットを握り直す。
3球目、外角低めギリギリにストレートが決まって2ストライクと追い込まれた。
心臓の鼓動が早くなる。
大門はストレートをきっちりと制球できている。
もし次も完璧なコースに投げられれば、こっちは手も足も出ない。
どうする。
打ち損じて下手をすれば、偉大な先輩の花道を汚すことになる。
それはいやだ。
(―――わざと三振をすればいいのか?)
最悪な考えが頭を過る。
そんな思考をした自分を殴りたくなる。
自分から三振するなど、リスペクトに欠けている。
けれど、もし最悪が起きたら。
俺は責任を取れるのか?
大門が投球の準備に入る。
ダメだ、しっかりしろ。
しっかり、しっかり―――。
(三振をすれば、楽になる)
この瞬間、入夏の脳はスイングする事を完全に止めようとしていた。
仕方がない。
そうするのが自分にとっても、チームにとってもいいはずだ。
『ダメだよ』
勇名の声がした。
感情のないような、低くて冷たい声だった。
瞬間、体が自分のものではないように勝手に動き出す。
抜けた力がむしろ体の力みを取られているようだった。
すっと、足を引いてバットが上半身から遅れて顔を出す。
響く轟音。
観客の歓声のような、あるいは悲鳴のような声がやけに耳に残った。
打球は真っ直ぐの直線を描き、やがて。
ライトの観客席へと突き刺さった。
P 100 102 200
D 010 003 003x
大門「あっ」
勇名「あっ」
亀津「あっ」
入夏「は?」
スペック紹介:入夏水帆編
打撃の安定感:ない。1試合に複数安打を打つ固め打ちタイプ。
長打力:チームの中ではトップレベル。今までは「当たれば飛ぶ」扱いだった。
走力:かなり速い。盗塁は今シーズン急に増えた。
肩:強い方。コントロールも悪くなく、捕殺を何度か記録している。
守備:積極的に取りに行くタイプ。舘からアドバイスをもらって練習中。
エラー:たまにする。
こんな感じなので、昨シーズンまでは代走や守備固めなどのスーパーサブ的扱いでした。
今回大体こんな感じです。
なお、大門は抑えていればキャリア初の40セーブでしたとさ。
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