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天才打者の忘れ形見  作者: 砂糖醤油
3章 わくわくペナントレース編 後半戦
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憤怒と落涙のバズーカ

 槍塚が自らの意志で二軍へと合流した数日後。

 入夏達ドルフィンズの一軍メンバーは埼玉に到着していた。

 宮城から埼玉への長距離移動を経て、埼玉フィッシャーズとの3連戦を迎える予定である。


「暑い……」


『暑すぎて体がしなしなになりそう……』


 さいたま森林(しんりん)スタジアムは名前の通り、雄大な自然に囲まれた球場だ。

 歴史はオーシャンズリーグの中でも一番の長さを誇る。

 球場の外は見渡す限りの緑、緑、ちょっとの茶色を挟んでまた緑だ。

 内部は屋根で覆われているが、完全なドームというわけではない。

 

 要するに、とにかく蒸し暑い。

 夏場はセミが入ってくることもあるし、気温の上昇が叫ばれている近年には特に苦しめられることになる球場だ。

 じりじりとした熱気はまるでジャングルに迷い込んだとさえ錯覚させる。

 何年やってもこの球場には中々慣れない。

 試合前の練習に臨む選手たちの足取りも心なしか重く感じた。


「どうですか、今の打球は」


『う~~ん、もう少し角度が欲しいというか~……うーん』


 打撃練習をする入夏に対して、勇名は完全にばてていた。


「ちょっとしっかりして下さいよ」


『だってさ~、この暑さは異常だよ異常。暑すぎなんだけど? 腹立ってきたな』


「確かに暑いですけど、勇名さん元とはいえプロ野球選手でしょ」


『俺は元々一塁手(ファースト)だし、あんまり走るのは得意じゃないんだよ~』


 その言い訳はよく分からないけれど。まぁ、確かに45年前から来た人間にこの暑さは酷なのかもしれない。

 異常気象だと毎年ニュースで騒がれているのだから無理はないか。


「哀しき……」


「ん?」


『どうかした入夏君?』


「いや、何か声が聞こえたような……。気のせいかも」


「哀しき……哀しき……」


 やっぱり気のせいじゃない。

 後ろからとてつもない威圧感を放ちながら誰かが見ている。

 誰、というか。この喋り方をするのは一人しか思い当たらない。


「あの、金師(かなし)さん。もうちょっと普通に話しかけてしまう事は出来ないんですか?」


「ようやく気付いてくれたか。しかし気づくまで時間がかかったという事は、俺の陰がそれほどまでに薄かったという事……。哀しきかな……」


 ふっくらとした体格に似合わない、平常通りの悲哀の言葉を金師(かなし)有世(あらせ)はこぼした。

 金師は埼玉フィッシャーズが誇る和製の大砲、ここまでの試合で最も多く本塁打を放っているスラッガーだ。

 性格は、聞いて分かる通りの悲観的。

 何かとつけて涙を流しつつ「哀しき」とコメントするのが金師の通常運転である。

 あと毎年契約更改でごねる事でも有名だ。


「背後から威圧するのはやめてもらえないですかね」


「俺は後ろから様子を見守っていただけだが……」


 金師の言葉に入夏はずっこけそうになる。

 本当に口癖なのか。


「それにしても、この短期間で随分成長したと見える。君に良い指導者でもついたのか?」


「はい」


「君のその正直な眩しさに心まで焼かれそうだ……あぁ、哀しき……」

 

 金師は大げさに目元を大きな手で覆った。

 じゃあ何て回答するのが正解だったんだよ。


『hahaha! まぁいいじゃないの! 俺は好きだぜそういうの!』


 どこからともなく声が聞こえる。

 ……あぁ、またこのパターンか。

 金師の背後から黒いモヤが顔を出していた。


「どなたですか」


『俺を知らんとはな。だが許そう、俺はタイラー・サーモン。日本とアメリカ海をまたがって二つの世界の野球を制した男だ』




 タイラー・サーモンという名前に入夏は聞き覚えがある。

 埼玉フィッシャーズの歴史の中で最も賞賛の声を受けた最強助っ人。

 そして、『鴨橋事件』の引き金を引いた選手。

 佐藤からは、『野球選手とプロレスラーを足して割らないような方』というよく分からない紹介の仕方をされた。

 そういう経緯と、日本に来る助っ人外国人は何となく気性の荒いイメージもあった。

 そのため入夏は少し警戒していた。

 もし勇名の存在を気づかれれば、オカルト的な何かで悪い事をしてくるのではないか。

 しかし、現実は予想とは真逆だった。


『お、勇名じゃん。久しぶり』


『よ、よっす』


 同窓会みたいなノリじゃないか。

 あまりのフランクさに流石の勇名も戸惑っている。

 

「というか、日本語……」


『あ、これか? ほら、俺たちは言語じゃなくて魂で話しているようなものだから。形而上(けいじじょう)的な話だよ』


「け、けいじ……。すみません、よく分からないです」


『そうかそうか! まぁ大丈夫、いずれ分かるようになるさ。まぁ話せれば理由なんてどうだっていいような気がするだろう?』


「確かに……!」


『な?』


「……あぁ、哀しき」


『いやぁ、それでさぁ。俺はお前に会いたかったんだよ。そのためにアメリカの墓からわざわざゾンビになってまではるばる日本に来てやったんだから、感謝しろよ』


『どうして、というか何で俺がいるって分かったのさ』


『それはまぁ、形而上的な話だよ』


 出た。けいじ何とかかんとか。


『しかし、今なら延長戦が出来るな』


『延長戦?』


『そう、俺とお前の延長戦。俺の教え子とお前の教え子、上回るのはどっちかーっつー話だ。ま、お前のとこも中々に上手い奴を連れてきてはいるが、こっちのは格が違うぞ! なんつったって一食でチーズバーガーを5個食える奴だからな!』


「すごいのかすごくないのかよく分からない範囲ですね」


『食えるってのは大事だぞ! ま、それじゃ楽しみにしてるからな。今回は勝ち逃げしようとか思うんじゃねーぞ』


 そう言って金師とサーモンは去っていった。

 二人の後ろ姿(?)を見送って、入夏の頬が思わず緩む。

 ―――中々上手い奴って言われた。それも歴代で最強クラスの助っ人外国人に。

 ちょっと嬉しいかも。

 

「それにしても話しやすい方でしたね」


『結構気さくだよね。昔は英語とかよく分からなかったけど、とりあえずフレンドリーな感じだけは伝わって来てたし。ただあいつ、乱闘とかになると怖いよ?』


「……想像はできます」


 むしろあんな感じの一見温和な人間ほど怒らせると何をするのか分からない。

 プロレスラーとまで言われた人だ、ジャイアントスイングくらいはしかねない。




 ドルフィンズとフィッシャーズとの初戦は蔵家(くらいえ)味平(あじひら)の両先発で幕を開けた。

 一軍復帰早々にツーベースヒットを放った事もあり、入夏は味平には相性の良い印象を抱いていた。

 味平はここまで防御率3点台後半とぱっとしない成績だが、ここまで大きな怪我も無くチームでは最多のイニングを投げている。


 テイクバックの小さなフォームから味平が右腕を振り抜く。

 ボールは打者の入夏の手元でくっと曲がり、左打者の内角へと突き刺さった。

 

「ストライク!」


 内角への強気なカットボール。

 向こうも今日の出来は良い方らしい。

 再び味平が打者に向き直って2球目を投じた。

 今度はストライクゾーン低めから落ちるフォークボール。

 入夏のフルスイングはボールを捉えず、膝をついて大きく空振りをした。


 その後はボール、ボールとバッテリーの様子見が続いて平行カウントとなる。

 勝負の5球目、再びストライクゾーン低めへとボールが投じられた。

 先程手応えを与えたフォークが入夏の脳裏をよぎる。

 スイングがやや遅れ、バットの先端で叩きつけるような打球が転がった。

 

 ボールはセカンドの正面。

 結局ドルフィンズはこの回を三者凡退で終えた。


 一方のドルフィンズの先発は蔵家。

 先頭の右打者、浜町(はままち)と相対する。

 浜町はパンチ力のある打撃を武器に、ここまで8本のホームランを放っている強打者だ。


 初球、蔵家独特の沈むチェンジアップがいきなり空振りを奪う。

 「来る」と思ったところでボールにブレーキがかかるこのボールは蔵家の大きな武器だ。

 そして二球目、事件は起こった。

 浜町がアウトコースのストレートを打ち返した打球は弾丸のように鋭い軌道で飛んでいく。

 ぱぁん、という乾いた音と共に打球方向にいたショートの万田(まんだ)にボールが直撃した。

 万田が仰向けに倒れ、内野の選手たちが彼の元へと駆け寄っていった。

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