犬食と文化
大多数の犬、猫食と言うのははっきり言って文化等と言う上品な物では無く食人に近い蛮族の悪習に過ぎない。よく引き合いに出される日本の鯨食文化とは全く違う。
先ず犬や猫は家畜である。鯨は野生動物である。野生動物を食べると言う事は家畜を育てて食べるより地球環境にとって良いし、道徳的にも良い事だ。理由は以下に述べる。
家畜を育てるには当然飼育者が餌を用意しなければ成らずその食料調達の為に大きな資源を使い自然環境に負荷をかける事になる。資料により多少の誤差はあるが少なく見ても牛肉1キロを作るのに10キロの穀物が必要でそれらを賄う為に、我々は陸地の4分の1を費やしてる。肉食動物たる犬や猫を食肉として利用する事は一般的に見て更に非効率なのは想像に難く無い。鯨を多少捕らえて食べる環境負荷とは当然比べ物にならない。
次に多くの野生動物は食肉として飼育される家畜より良い環境で自らの欲求もある程度自由に満たして生きている。これを捕らえて食べる事は結果屠殺する事に変わりは無いとは言え経済優先で劣悪な環境下に置かれる家畜を増産するよりも道義的にも良い事は間違いあるまい。
中韓を初めとするアジアで食用として利用される犬達はブロイラーにも劣る劣悪な環境で飼育されている。屠殺する事は虐待して良い理由にはならない。又この様な不衛生な環境で育まれた食肉を食べる事は健康に良い影響を与えない事は当然だろう。
更に犬や猫を食べると言う事はその家畜本来の用途では無い。犬は人類最古の家畜であり、狩猟や牧畜、ソリ犬として人間の暮らしを役立ててきた。これはホモサピエンスだけに見られる特徴で人と犬は共生関係者にあり共に歩んできたのだ。更にその方がずっと役に立つのである。
にも関わらず犬を食料不足でも無いのに劣悪な環境で飼育し残忍な手口で喰らう…これは先祖に唾を吐き歴史を踏み躙り人類史に影を落とす汚点である。
使役される犬の中には過酷な環境に置かれる者も少なくは無い。ソリ犬等はソリが引けなくなれば屠殺され人間はもとより他の犬の食料にさえされてきた。しかしこれは極地で生き抜く為の非情ではあるが合理的な手段であり、家畜を繁殖させる者として避けられない当然の淘汰を行っているに過ぎない。犬を肉にする事が第一の目的ではないのだ。人間の役に立って貰う為には厳しい使役もやむを得ないと私は考えているし、食料危機になれば犬でも猫でも食うしかないだろう。それが蛮族の悪習等とは思わない。
しかし9割9分の犬食は蛮族の悪習である。何故なら人にも犬にもメリットが無いからである。




