第7話「なんか、私が説教したみたいだ」
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緑先輩とのお約束だぞ★
緑先輩の提案のもと、現在俺は、さてどうするかと頭をひねっている。どうすればいいのか。自分がどうしたいのか。向かいに座る緑先輩と、コーラを一缶ずつ開け、クーラーをきんきんにかけながら話し合う。
「まず愛理に謝りたいです」
彼女もそれには頷いてくれた。
「確かに、愛理は真面目だから、このまま過ごすとぎこちなくなってしまいそうね」
そうして第一に、愛理に謝ることに決めた。狙いとしては、お互いが同じ空間で気持ちよく過ごしていくためである。
「お互いが気持ちよく……か」
朝一緒に走っていた時、彼女は俺の走るペースに合わせてくれていた。それ以外のところでも筋トレに演劇、どれももろに体を動かして笑っている様子しか目に浮かばない。俺の好きな子は体を動かしているときが生き生きしている。だとすれば、
「愛理が好きな運動に、この肉体ではついていけそうにないな……」
早くも弱音を吐いてしまった俺。きっとこの重い体では、愛理が俺と楽しく過ごせない。
「まず痩せて、運動が苦にならない体を作ろう」
そういうわけで第2に、「ダイエット」をすることにした。緑先輩はその発言に何かを言おうとしたが、かぶりを振った。
「何か言いたそうですね緑先輩」
「あ、いいのいいの。それよりも明君、」
すんなりと話をすり替えられた。まあとても気になったというわけでもないからいいか。
「いきなり脂肪を燃焼するっていうのは、太っていれば太っているほどハードル高いよ。私が身をもって知っているの」
彼女は懐の財布を取り出し、運転免許証の顔写真を見せた。そこにはニキビとそばかすのついた、二十顎の女性の顔がある。
「これ、三年前の私」
緑先輩は物憂げに座り、机に大きめの胸と顔を引っ付ける。
「あきちゃんがこのサークルに入ってダイエットを始めたから、この体型になるまでに費やしたのは一年ぐらいかな。想像しただけでも……って、ごめん明君。君のやる気をそぎたいわけじゃないんだ!」
更なる絶望をたたきつけられ、床に頭をぶつけてしまった。
「一年間、いろいろ我慢しなきゃいけねえのかなあ。コーラもキャラメルコーンも無し?」
緑先輩の方を見ると、彼女は首を横に振り、
「それはちょっと認識が違うかな」と言って、そのまま続けた。
「だって、仮に一年間で目標の体型になれたとして、その後、ストレスたまって爆食いしたら、今と同じ生活に戻る。そしたらまた太るだけでしょ?」
正論である。しかも噂には、ダイエットとリバウンドを何度も繰り返すと、脂肪は増え、筋肉は減って余計に痩せづらくなるという負のループが完成するらしい。
「安心して、今の明君でも実践しやすいダイエットがあるよ」
今の俺ができるダイエット、その正体やいかに。
「食事、運動、睡眠よ」
聞いて損した。俺はビニール袋に入っているポテチを掴んで開けようとするも、緑先輩に腕を掴まれて止められた。
「待って明君、判断が早いよ。ゆっくり、順番に教えていくから」
彼女はコホンと咳をし、それらのことを事細かに説明する。そこはさすが緑先輩と言う感じで、とても分かりやすく話してくれた。
「以上、本当はこの話題は、ゆうちゃんがいてくれた方がよかったんだけどね。まあしゃあなし」
そうして、サークル活動は特にしていないけど、俺と緑先輩二人しかいないし、彼女が講義があるらしいので、今回は解散した。
家に帰ると、食べ終わったパッケージに、コーラの飲み後としてペットボトルや缶が散らばっていた。それを見るだけで、疲れが俺の体を襲ってきた。がしかし、俺は自分の両頬を叩き、カツを入れた。
「まずは部屋を片付ける」
とりあえず、頭をすっきりさせるためにも、部屋の至る所に落ちてあるゴミをひろって袋へと入れていく。気になりだしたらきりがない汚れ。それらをすべて消して、一秒でも早くきれいな部屋でゆっくりと過ごしたい。そう思ったのである。そして、フクロウの声が聞こえてきたころ、風呂で汚れた体も洗い流し、掃除を終えることができた。
「このワンルーム、意外と広かったんだなあ」
建築士でもないから無理だけど、仕切りでも作ったら2LDKくらいにはなりそう。すると、ベットの位置を少しずらせば、ヨガマットがおけるほどのスペースがあることが分かった。
「親の仕送り、いくら残ってたかな」
思い返すと、ほぼスナック菓子と娯楽用品にお金を吸われていたので、これも改善の余地ありだ。後は、筋トレ用のマットを買わなければ。
「あれ? 俺、こんなことまで考えて。いつもはここまでいろいろと考えなかったのに」
もう瞼が重いので、残りのことは明日考えることとし、俺はいつもよりきれいなベットに入った。
次の日の朝、セットしていたタイマーでしっかり六時に起きる。そうして、長いこと使っていないフライパンを取り出し、いつのかわからない卵を割って焼き、勝手合ったパンの上に乗っけてエッグトーストにしようと思ったけど、
「パンより米のほうが、糖が体内に吸収されないんだな」
そんな豆知識を携帯で見たものだから、急いで米を早炊き設定にして炊いた。
焦げた目玉焼きと、水の分量をミスったおかゆみたいな白米を食べ、涙をのみながら俺はジャージへと着替え、靴ひもを結ぶ。
「よし、次は運動だな!」
運動に関して、緑先輩はこういっていた。
「続けやすいものからやるといいよ。特に筋トレは、自分が気になる部位を先に鍛えると、モチベーションが上がって続きやすいよ。有酸素運動からでも全然オッケー」
結論から言うと、俺は体が重いので、どれもやりたくない。だが、ランニングだけは愛理と邂逅することができるから、モチベーションは高いと思う。
「だからまず走ってぜい肉をそぐ」
とはいえ、いざ愛理に会うかもしれない可能性を考えると、昨日のことをどんなふうに謝るべきかが分からなくなる。ドアを開ける手も止まる。会いたいのに、会いたくないのだ。しかし立ち止まっていても仕方がないため、ドアを無理やりこじ開け、自分を外へ出す。そしていつも使っていたエレベーターを見て、それでも階段の方を選んだ。
「きっつ」
汗の量が、グラウンドを走る前なのにとんでもないことになっていた。八階から一階まで階段で降りたのである。当然と言えば当然。そしてそのまま外に出て、グラウンドに立つ。
遠くの方に、引き締まったラインのシルエットが、太陽によってスポットライトを当てられている。そしてそれは走るのをやめ、段差のある近くのアスファルトに腰掛ける。その姿にいつもならためらいなく声を掛けられるのに。
「くそ、なんて声を掛けたらいいかわからない」
そうして迷っている間にももう一人、愛理よりも小さい人影が見えた。近づいていくにつれ、愛理が誰かと話していることが分かった。途端に俺はこのままいくとまずいことになりそうだと思ったので、生えていた樹木の木陰にでかい図体を潜め、ひょっこりと顔を出し、様子をうかがうことにした。
「おはよう愛理、今日の君も一段と、綺麗でかっこいいね」
その無駄に整った顔面でそのきざなセリフ、ああいらいらする。そして、言われた愛理は頭なんか描いて、顔を赤くしながらポケットを探ってバッチをわたす。
「これ、ゆうさんが天子に渡しておいてって言ってた物だ。受け取ってくれ」
天子がそれを受け取ると、自分もいつ貰ったのか、自分のバッチを見せて歯を見せる。
「これで僕ら、おそろいだな」
そういう天子に、愛理も静かに微笑み、中々にいい雰囲気になってやがった。ただでさえ、愛理は俺にとってハードルが高いかもしれないのに、そこにライバル登場とかシャレにならない。そして、天子の小器用な立ち回りと、感情を見せない演技力も高校生の時から見ているため、愛理がほだされてもおかしくはない。考えれば考えるほど勝ち目がない。
「それじゃあ私、次の講義があるから。また後で、演劇サークルでね」
天子はそう言って、愛理と別れた。天子の後ろ姿が見えなくなった時、くしくも俺の心の中のもやもやのおかげで一歩を踏み出せ、木陰から全身を出して愛理に声を掛けることができた。
「おはよう、愛理」
愛理は目を見開き、ゆるくなった口元を隠す。顔は紅潮し、一オクターブ高いファの音を言うような声の高さで、度盛らせながら言った。そのにやけ顔は、どこか俺を苛つかせるものがあったけど、笑顔で接してくれたことをとりあえず喜ぶべきだと自分に言い聞かせる。蝉の叫びと照り付ける太陽に、ゆらゆらと陽炎が、俺の皮膚をじんわりと焼き焦がしていく。愛理は腕時計を見ている。このままでは彼女も、またどこかへ行ってしまう。行かせてもいいのか。俺は今、謝るべきではないのか。いや、今謝って、愛理は嬉しいのだろうか。朝は誰だって忙しいし、講義前に彼女の心に負担をかけることになってしまう。
「こ、講義がこっちだから、また会えたらサークルで」
愛理の後ろの風景を指さして俺は言った。あくまで進行方向にいたから挨拶をしたというために。だが彼女はそう思っていなかったようだ。
「昨日はごめんね! 芥」
俺ではなく、彼女の方が謝り始めたのである。あまりの出来事に俺は、声が裏返った返事をしてしまった。愛理は吹き出し、しかし笑いをこらえながら言う。
「明には分かってほしいと思っていないって、振り返ってみたらひどい言い方しちゃったなって。勿論、芥の言い方にムッとしたのもあるけど」
とはいえ、昨日のことに怒っていたのは確かなようで、最後の言葉のトーンは低かった。俺は急いで彼女に頭を下げて、謝罪をした。
「ご、ごめんなさい。言い過ぎたのは俺の方だ」
すると「顔を上げてくれ芥」と間髪入れずに彼女は言い、何か励ましてくれるのかと馬鹿な勘違いをしていると、
「分かればよろしい、同じサークルでもやもやするのは私が嫌だからな」
そうきっぱりと、私自身のためと彼女は笑顔で言い放った。俺はその、俺という存在が彼女に対して何の影響も与えていないことを分からせられるようなその言い方に、次第に苦しくなっていく。
なんだか愛理に、明るく遠ざけられているみたいだ。
「この前さ、」
急に眼を泳がせ、あたふたしながら愛理は自分からそう切り出し、話を始めた。
「芥が、アンリミ研究サークルを楽しいって言ってくれただろ?」
それは一昨日、俺と彼女が一緒に走っていた時、ちょうどこのグラウンドで話したこと。その言葉からは彼女のやろうとしていることの真意が見えてきた。
「まさか、君は俺がサークルにいづらくならないように、自分のためっていって、俺に気を使わせないように……」
その発言については食い気味に、彼女は否定した。
「ち、ちがう! そんな器用なこと私にはできないよ」
そのあたふたしているかわいらしさに、そこからにじみ出る優しさに、自分のためと言い張る強さ。俺は改めて彼女に魅せられている。
「なんか、私が説教したみたいだ」
彼女は持っていたペットボトルを開け、ポカリスエットを口に入れた。いつもはアロマの香りがする彼女も、心なしかいつもより汗臭い。髪も若干濡れている。そして、空になるまで飲み干した後、一息ついて髪をなでた。
「まあいいか、君はもう元気っぽいし、私は寮に戻って着替えてくるよ」
そうして背を向け、しかし最後に片手で手を振りながら言う。
「これからもよろしくな、芥」
そういって、颯爽と寮へと走っていってしまった。俺も自分の寮へと来た道を戻ろうと一歩踏み出す。そうしたところで、第二号館の建物の方から、俺を呼び留める声が聞こえてきた。
「ちょっとそこで待ってなさい!」
彼女は俺の方に全力疾走でやってきて、息を切らしてこっちをにらみつけている。今度はどんな暴言を吐かれることだろうと身構えていると、彼女は俺の正面に向かい合い、体を九十度に曲げ、張った声で謝罪をしてきた。
「昨日はあなたのことを殴ってしまってごめんなさい」
彼女の垂れ下がった髪は揺れて、肩も震えていた。これでは俺がゆうさんに何かをしてしまったみたいだ。けれど実際、俺は昨日の発言で、愛理だけでなくゆうさんも傷つけてしまった。それに対して謝る義務はむしろ、俺の方にある。
「こちらこそ、ゆうさんに配慮しない発言をしてしまってごめんなさい」
本当は愛理に、こんな風に謝りたかった。彼女は顔をあげ、首を横に振りながら否定する。
「違うのよ。どんな理由であれ、私はあなたを殴ったの。感情的に、衝動的に。だからそれはいけないことなの」
彼女は唇をかみしめ、目からこぼれそうなそれをこらえて話をしている。けれどおれにはもう、その真意もなんとなく読み取れる。
「止めてくれたんですよね。俺が愛理を、取り返しのつかないほどに傷つける前に」
危うくもう2度と、愛理と口聞けなくなるところだった。もしゆうさんがいなければ、なるべくして俺はサークルをやめざるを得ない自体に陥っていたかもしれない。ゆうさんは赤くした顔を逸らし、表情を曇らせた。
「そ、そんなのどうでもいいわよ。私はあの場所がぎくしゃくしてしまうのが嫌だったから謝っただけ。昨日のことに関して、今もまだむかついているのは事実よ。ただ、」
彼女は両手の人差し指を結び付け、俺に向かって見せた。
「緑先輩とサークルを立ち上げるとき、約束したの。どんな人もいることのできる、そんな居場所を作ろうって」
彼女は、愛理が緑先輩が俺にそうしたように、笑みを浮かべた。そして、こういった。
「それだけよ、特別な理由なんてない。それを後輩に伝えて、繋げていく。愛理に、天子に、そして、アクアリウム君」
「芥です。水族館じゃありません」
後者へと繋げる。そんなことのために動くことができてしまうのは、違和感があると同時に憧れる。そんな彼女たちだから、俺もつい、胸の内に抱えていたすべてを吐露してしまう。
「俺はあの時、愛理を演劇サークルに持っていかれたような感じがして、それがどうしようもなく、嫌だったんです」
言葉にして、自分の根っこの部分が見えてきた。
「だから今は、そんな自分を変えたいんです」
静かなため息をついて、目をパチパチと瞬きしながら頭をかき、彼女は日差しを仰ぎながらこういった。
「だったら言葉ではなく、これからの行動で示して。私はそれを見守るわ」
視線の先を見る。照りつける太陽にとっさに手をかざしたが、指と指の隙間からその光を覗いてみることにした。
続
初恋の人が、イケメンな恋敵に成り代わる! 今後明はどうなっていくのか……