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アンリミテッドアイズ  作者: リンクん
第1章 リベンジオブパスト
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第6話「まだ愛理と仲良くなりたいんだ」

この小説を読むときは、部屋を明るくして、画面から離れてね!

緑先輩とのお約束だぞ★

 言われたとおり、そこへと座り、彼女は向かい側へ座る。緑先輩はもう一本の缶に入ったポカリスウェットを開け、十秒もせずに体の中にすべてぶち込んだ。飲み終わった後、しばらくの間沈黙が続いた。


 話してもいいのかを考えてしまって口元が固くなる。考えれば考えるほど話せなくなっていく。頭に候補の言葉がいくつも浮かんでくる。けれどもそれらすべて、出てきては消えていく。何よりも、何か話そうとすれば涙が出てきてしまいそうで、声が出ない。何もないペットボトルの中を、ただのぞいていることしかできない。

 

「芥君」


 その声で、俺は思わず彼女の方を向いた。彼女は顔を向けた俺に優しく微笑んで、今度は天井の方を向いて話を始める。


「芥君は、アンリミテッドアイで誰が好き?」


 身を固くしてしまっていたが、その問いかけで緊張が和らぐ。そういえば彼女は、俺と愛理が遊ぶのを近くで見ていたっけ。目を肘で強くこすって拭い、何とか笑顔を作ってこたえる。


「もちろん、主人公のアンリミテッドアイに決まっているじゃないですか。強くて勇敢で、どんな相手にも立ち向かい、やっつける。男の憧れですよ!」

 

 彼女はうなづき、返事を返す。


「うんうん、アンリミテッドアイは強くてどんな相手にも立ち向かう! 確かにかっこいい」

 

 さすがは緑先輩、俺とは気が合うみたいだ。この人ならさっきの苦痛を、きっと忘れさせてくれる。


「そうなんですよ、誰が予想しました? あの洗脳怪人ダマスカスに勝つなんて! 仲間が洗脳されたときの解放の仕方も、仲間を信じて声を掛ける。その信頼の大きさが、支配しようとするやつに打ち勝つっていう話の流れも完璧で、メッセージ性もあったんですよ!」


「あれは誰も予想できなかったね。確かに、信頼が支配に勝つっていうメッセージ性もあって印象的だったよ」


「そうなんですよ、だからこそ最終回でそのカタルシスが活きて……」


 あれ、おかしいな。


「カタルシスがあって、信頼の力が支配に……勝っ……で」


 今は忘れている、忘れているはずなんだ。忘れていたいんだ。


「それは、俺に、信頼なんて代物俺にはなくて! 俺と比べたらアンリミテッドアイはすごくて……」


 アンリミテッドアイに付随する、あの子の記憶。あの子だった記憶。アンリミテッドアイが好きな、愛理との日々。


「俺はずっと、誰かのせいにして、誰かを思い通りにしようとしているんだあ!」


 くしゃくしゃになる顔を抑え、すべて吐き出すように、俺は言葉にならない大声をだし、自分の頬を殴った。こんなんじゃ足りない。俺は俺をもっと痛めつけなければ気が済まない。俺は悪者、あっくん。あくなんだ。悪なんだ。悪は傷つかなきゃ、天罰を与えてもらわなきゃいけないんだ。


「芥君!」


 太くて大きい俺の醜い腕は、いとも簡単に、緑先輩の手で止められた。こんなに握力あったのか。俺の握力が弱いだけなのか。


「死にてえよお、こんなかっこ悪く生きる予定じゃなかったんだ」


 自分を殴ることにすら本気になれない。体が重くて、すぐ息も切れる。人を思いやるよりも自分のことが先に来る。こんな状況ですら、実は心の中では、叫べば誰かが優しい言葉をかけてくれるものだと期待している自分がいる。なんて頭が悪いんだろう。


「変身して、悪をやっつけるヒーローのような人間に、なることができたらなあ! 天子や愛理を傷つけずに済んだのによおお!」


 崩れ落ちる、何もかもが壊れそうになっている。そんな俺の何もかもが、すべてが壊れていくような感覚に、彼女は物理的な手段を取った。


「よしよし」


 抱きしめ、背中を赤ちゃんをあやすように叩く。欲情と屈辱感がごった返し、声もかれ、次第に小さくなっていく。疲れた頭で考える何もかもが、冷めて小さくなっていく。最後にはしゃっくりと鼻水だけが残った。それでも力の入らない声で、俺は緑先輩に問いかけた。


「俺、嫌な奴ですよね?」


 否定、肯定、そのどちらかを俺は切に願った。どちらも俺が欲しいと思ってしまっているものだから。彼女ならそれを俺に与えてくれると確信していたから。聞かれた彼女は、服についた俺の鼻水や涙も気にせず、ただ一言だけ、表情を崩さず、こう返した。


「芥君が嫌な奴だったら、何かが変わるの?」


 予想の範疇を超えていたその返事。俺の言っていることが伝わっていないのか?


「俺が嫌な奴だったら、みんなに迷惑かけるだろ! そんな俺には天罰が必要だろ!」


 俺は頬を指さし、彼女に懇願した。


「ほらぶってくれ、悪い俺をぶってくれよ。そうして罵倒浴びせてくれよ」


 それを聞いた彼女は、プッと吹き出し、クスクスと笑い出した。


「な、何がおかしいんだ!」


 俺のその問いかけに、彼女は笑い涙をぬぐってこう答える。


「だって、それは芥君が痛いだけでしょ? 後今の言い方、ちょっとドMの人みたいだった」


 馬鹿にされているのに、なぜか悪い気はしない。同時に、彼女はどうやら俺を殴ってくれはしないらしい。俺を苦しませてくれないらしい。ならどうやって、一体俺は何をしたらいいのだろうか。


「緑先輩、俺、もうこのサークルやめた方がいいですよね……」


 みんなの前で愛理を傷つけて周囲を悪い気分にした俺は、緑先輩の洋服を鼻水と涙と汗で汚した俺は、このサークルをやめてしかるべきだろう。


「私としては」


 浅ましい問いかけに、彼女は体を広げ、落ち着いた声色で言葉を発した。


「ここにいてほしいかな」


 呼吸が一瞬止まり、風音がかすかに鳴り響いた。


「アンリミ研究サークルで過ごす毎日の中のひとかけらに、芥君がいてほしいと、そう思っているよ。都合のいいように聞こえるかも知れないけど」


 彼女は開いたその手を、俺の顔をまっすぐ見て差し出して、強く言い放った。


「私は君を応援するし、勝手にさせてもらうよ。何があっても絶対にね」


 その表情も眼差しも、ただ俺に向けられていたものだった。その曇りのないまなざしが、俺を離そうとしない。だが俺はそれでも、俺を許せない。でも誰かに許されたい。だから俺は、本当を、本当の自分の気持ちを叫んだ。


「愛理に、男みたいで気持ち悪いって言って、泣かせてしまったんだ! それでもよお」


 目の前にいる1人の女性に吐き出すしかない。他に頼る誰かもいない。それでも、まだ明るい未来が諦められない。


「まだ愛理と仲良くなりたいんだ。けどこれからどうしたらいいか、何にも分からないんだよお!」


 汚い自分を見せるほど、自分が傷つく。ああ、帰ってネット動画が見たい。あの音楽が聴きたい。死にたい。ゲームして現実逃避したい。色々考えてしまうけど、今までそれらをやってきて得たのは、後悔と罪悪感だけ。


「頑張りてえ、愛理と一緒にいてえ! でもそのための頑張り方も分からねえ! だから、だからあ」


 この叫び声がどっちに向かっているか、いいやどちらにも向かっていない。自分の意思が行き場を失っている。迷っているふりをしているかも知れない。ならば頭を真っ白にして、全身全霊の本当の中の本当の思いを吐き出すのだ。


「俺は、変わりたい!」


 喉が痛くなってきた。振り返ってみれば自分でも何を言っているかわからない。伝えることよりも言いたいことが先行していた。


「芥君」


 彼女は手を伸ばし、俺の肩をたたいてたった一言だけ、こういった。


「話してくれてありがとう、全身全霊でサポートするね」


 何も見えないその暗闇の中で初めて差し伸べられたその手に、俺は無様にもしがみつく。けれどもそうすると、胸の中が包み込まれるように暖かくなっていくのであった。

            

                                       続


この作品に出てくる「アンリミテッドアイ」はフィクションです。作中でもフィクションです。

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