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アンリミテッドアイズ  作者: リンクん
第1章 リベンジオブパスト
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第4話「君が楽しそうにしているのを、僕は許さないよ」

この小説を読むときは、部屋を明るくして、画面から離れてね!

緑先輩とのお約束だぞ★

 快晴の青空に、程よく照るお日様。その光を浴びると、ぽかぽかとして気持ちがいい。だから最近、寝覚めも良い。適当な下着をつけ、青いジャージを着重ねる。顔を洗って、あんまり使ったこと消臭用の小さいサイズのボディシートをポケットに入れたら、運動用シューズを履いて家を出る。一回まで降りて、広場を経由し、正門のところまで行けば、彼女が挨拶をしてくれる。


「おはよう、芥」


 元気に快活に、俺も漫勉の笑みを浮かべて挨拶を返す。


「おはよう!」


 今日も二番目の到着。一番目に来るのはいつも愛理だ。他のお二方も早い時間帯に来るけど、彼女はそれよりも早くここへ来る。暇なのかとぶしつけに聞いたことがあったが、早めに着て広場をランニングする習慣がついたのだそう。俺が早く来ているのも、そんな彼女と一秒でも長く話していたいからだ。


「今日は天気が良くて気持ちがいいな。芥も一緒に走ろうぜ」


 俺は彼女の隣に並ぶ。彼女はタオルで汗を拭き、うなじをちらつかせる。綺麗な白色で張りのある素肌をしていて、ほんのりとシトラスハーブの香りが漂う。彼女の、一番ケ瀬愛理の匂いだ。


「最初はゆっくり走ろうか」


 彼女はわがままボディの俺に合わせ、ゆっくりと歩幅を小さくして走る。俺はその走りに置いて行かれないように、全力で走る。照り付ける眩しい日光が、彼女の顔を半分隠すからうっとおしい。


「芥はさ、どうしてアンリミ研究サークルに入ったんだ?」

 

彼女の声が、そよ風に乗っかって俺に届く。俺は手紙を書くように、丁寧に言葉を紡ごうとする。しかし体が言うことを聞かず、休もうと何度も言い聞かせてくるから、やっとの思いで絞り出した声は、息切れ交じりになる。


「楽しそうだったからだよ……ふひぃ」


 愛理は「ふーん」と返して、「質問攻めだったか?」と聞いてきたので、何とか平静を保ち「大丈夫だよ」と返事をする。ここで途切れたら会話が終わる気がしたので、ついでふとした疑問を訪ねてみる。


「そういえば、この前、このサークルが創設されたのが3年前って聞いたんだけど、一体どんな人がこのサークルを作ったんだろう」


 愛理は足を止める。俺もそこで止まると、走っていたことで半ば吹き飛んでいた疲労感がどっとやってきて、体中から汗が絞り出され、アスファルトにしみこんでいく。彼女は俺の腕を自分の肩に乗せる。彼女の背中と俺の太い二の腕は密着し、心臓の鼓動が早まった。


「愛理、あ、ありがとう」


そのドギマギする空間は、他の二人が来たので終了した。


「今からアンリミ・シグナルで依頼された清掃をするって時に。なんでもう疲れているのよ、あく……阿久津」

「芥です。窪地ではありません」


 ピリピリしている優さんに緑先輩が優しく、「まあまあ」と言ってなだめる。そして彼女は俺たちに向き直り、大きく息を吸ってこう言った。


「みんなおはよう、任務を遂行するのも大切だけど、その前に連絡事項があります」

 

 各々、スマホのメモアプリを開いたり、メモ帳を取り出したりする。ただ、俺は事前にその内容を聞き、それに対する返答もしてある。


「先に伝えていた通り、今日は演劇部との合同練習をしたいと思います。ヒーローショーのクオリティ向上を目的とした活動なんだけど、参加したい人はいますか?」


 話の内容を事前に聞いていたとしても、周りの時が止まったように感じた。瞬間、以前顔を付き合わせた、冷酷な笑みを浮かべる男を思い出した。


「大丈夫?」


 緑先輩の声で、俺はまたここへ戻ってきた。


「はは、緑先輩。俺は今日はやめておきます」


 そうだ、嫌なことは嫌と言って断ってしまえばいいのだ。そうしたらまた、みんなと一緒にゆるく楽しい活動をしていければいい。それで今は十分と思えている。たかが一日いないだけで、仲間外れなんてこともないだろう。他二人の顔を見ると、目を丸くしたり首を傾けたりしている。その場を逃れるため、俺はポケットの中の携帯を取りだして言った。


「ああ、もうこんな時間ですか。そういえば課題をまだやってませんでした」


 頭に手を当て、肩を落とし、大きくため息をつく。そうして手袋を外し、くるりと彼らに背を向け、顔だけ振り返る。


「それじゃあそういうことで。俺急いでいるから」


 これっぽっちも心が痛まないわけではないけど、以前エレベーターであった薄気味悪い男が演劇部にいるのは確か。正直言って、出くわすのは避けたい。


「芥」


 まだ口を開いてなかった最後の一人に止められ、俺は体をわざと動かし、焦っている風を装って返事をする。


「いや、大したことじゃないんだけどさ、」


 彼女は頬をかきながら、ポケットの中にある何かを取り出し、俺の手を取った。不意打ちのように手を握られてうろたえていることがばれないよう、あっちこっちに視点を移しまくる。彼女は俺の手のひらを上にして、その上に何かを置いた。


「な、なんだこれ?」


 コンビニで買えるプロテインバーであった。彼女は俺の顔を見るなり、いつものように笑って見せた。


「さっきは変に突き放してごめんな。そっちの事情をうまく把握なんてできないけれど、私はいつだって君を応援しているよ」


 胸の奥がかゆくなって、それを抑えきれなくなりそうだ。だから早く立ち去ろうとしたのに。こんな思いを抱くことになるから。そんな俺の願いに反する様に、彼女はこうもいった。


「今日は一緒に行けなくて残念だけど、また後日会おうな」


 その言葉に続くように、他の二人もそれぞれにこういってくれた。


「仕方ないわね、次はちゃんと参加しなさいよ」

「無理はしないようにね、芥君」


 もうお腹いっぱいだ。それでも、まるで俺の中の無意識がそうさせるのか、俺は三人にお辞儀をして、颯爽とその場から離れてしまった。その後、嘘をついてつくった、朝のこの余った時間を、ネットの動画を見ることに使った。胸の鼓動が未だ鳴りやまないから、趣味の動画をみてそれを落ち着けようと思ったのだ


 午前中の講義の間、頭の中はさっきのことでいっぱいだった。一緒に行かない、それ自体はきっとベストな選択だ。そのはずなのに、妙に引っ掛かりを覚える。意識を講義に戻さなければ。

 講義が終わり、俺は教室を出る。すると、教室から出てくる生徒たちの中から声が聞こえてきた。


「あの、すみません」


 肩をたたかれて、俺を呼んでいたことに気づいて振り返ると、あきさんにパソコンの使い方を尋ねた女の人が息を切らしてそこにいた。彼女は天真爛漫な笑みを浮かべ、小さいバックからハンカチを取り出した。


「一緒にいた方ですよね? 良かったです。ゆうさんにこれ、渡しといてくれませんか?」


 彼女は改めて一礼をした。その一挙一動から、彼女が想う人への気持ちがあふれ出ている。俺はちょっと鼻の下がむず痒くなり、指の甲でこすって和らげる。


「あ、やっぱ自分で渡したいです。薄情者と思われてしまうかもお」


 彼女はまた頭を両手で抱えて悶えている。互いに何を話していいかわからなくなる。その迷いを解決できるならと、俺は一つ提案をする。


「あ、でも別の日がいいですね、今日は俺以外みんな演劇部に稽古しに行ってて。明日とかはどんなです……」


 言いかけたその時、彼女はやや食い気味に俺の服の胸倉を捕まえ、目を見開いて尋ねてきた。行動が色々とおかしいのには目をつぶろう。


「演劇部? 今演劇部って言いました?」


 そして我に返り、もう一度一礼をした。ちょっと怖い人かもしれないと不安になる。彼女は眉をひそめて、俺と顔をきっちり合わせて、目をキラキラさせて俺の手を握る。


「チケットはいつもらえますか!?」


 尋常じゃない食いつきに、しりもちをつきそうになるほど体がのけぞった。


「ど、どうしたんですかいきなり!」


 彼女はあちらへこちらへと歩き回り、物おじせずに端的に答えた。


「私、演劇部の大ファンなんです! 特に最近入部した、早崎天子の演技はずば抜けて一番好きです」

 

 背筋が凍りつく。目の前にいるのは赤の他人。昨日のことでしか面識がない他人。そんな彼女が、早崎天子を知っているというのだ。俺は彼女を雑に横切り、鉛のような足でなんとか地面をけって走る。


「思い違いであってくれ!」


 演劇部の部室を学内地図のパンフを取って探す。意外とすぐそこの教室だったため、すぐさまその扉を開き、中へと強く一歩を踏み入れた。


「はあ、はあ……。失礼します、1年の遅咲明です! 愛理さんたちはいます……か」


 言いかけた俺の眼前で、赤いドレスを身にまとった愛理に、髪を73分けにして黒いスーツを着た背の短い男が、騎士のように指輪を渡そうとしていた。しかし2人とも俺が声をあげたので、顔はこちらに向いていた。愛理は思い出したように笑顔を向け、俺に近寄ってきて話し出した。


「あ、えっと、こんな衣装も着たいなって思ってさ。似合っているかな?」


 俺はすぐに首を縦に振り、親指を立てておく。愛理は顔を赤くし、頭をかいている。


「愛理、たまには女の子になってみたいっていってたもんね」

「ちょうどぴったりな衣装があってよかったわ」


 みすぼらしい、おそらく村人の格好かと思われる衣装の二人がそういった。ふと、愛理が周りにいる演劇部に対して頭を下げていった。


「すいません、劇の途中は役に専念しなければならないのに」


 周りを見てみれば、姿勢も体格も顔も、美を追求されたような方たちばかり。そしてその空間に劣らず、顔は美形のあの男が、俺に近寄ってきた。


「愛理君は何も悪くないからいいよ。それに比べて、遅咲君は本当に自己中だね」


 そういって深くため息をついた後、笑顔を作って端っこの椅子を指さした。


「まあせっかくだし、見てってよ。せめてもの計らい」


 彼女は馴れ馴れしく俺の肩をたたき、刹那、顔を豹変させ、冷たい視線を向けて言葉を発した。


「君が楽しそうにしているのを、僕は許さないよ」


 脚を踏みつけられ、つま先に激痛が走る。その冷淡な仮面は、愛理や他のみんなに向ける頃には外されていて、また笑顔の仮面をつけていた。首筋に冷や汗が流れる。


「はい、じゃあ今日はもう1回だけさっきのシーンをやってー、解散にしましょうー」


 年配の女性が響くような声でそう言って、男も、彼女以外の全員もまた「はい」と、はきはきした返事をする。


「では私が手をたたいたら始めてくださーい。よーい、スタートー」


 全員、輪生体制に入り、そして手をたたく合図とともに、すぐさまそれぞれの動きを始める。それは愛理もあきさんも緑先輩も例外ではなかった。後ろを見れば、みなおしゃべりひとつせず、黙って真剣なまなざしを向ける。愛理がセリフを言って、一歩前に出る。


「私、もう限界なの。演じ切ることに疲れてしまった」


 一息からセリフの端まで、丁寧に言葉が紡がれ、一瞬にして物語の中に入りこめてしまた。まるで笛吹き男によって連れ去られる子どものように。そこに、まだ喉から出ている、少年のような声。しかし元の美性も相まって、二人が並ぶことでらしくなっている。


「なぜ演じようとするんだい。君はありのままの姿が素敵なんじゃないか」


 間延びを感じない適切なタイミングと息遣いで、「嘘よ!」と愛理が言う。


「この体は、頭からつま先まで魔法で作られた偽物。そんな私でも愛してくれるなんて、夢物語よ」


 すると、先ほど入ったときに見た構図になり、愛理が箱を出して開き、天子は両手で口元を抑えるように、しゃがむ愛理を潤んだ瞳で見下ろした。愛理が声を低くし、それは本気ともとれるような真剣な視線で、いつもの笑っている愛理ではない、別の誰かが憑依したようなそんな感覚にとらわれた。


「君が今さら何を言ったってもう遅いんだ、好きになってしまった人を嫌いになるなんて、そう簡単にできることではないんだからね」


 ためらいながら、彼女が頭を抱え、「私、決めたわ」と言ったところで、年配の女性(おそらく顧問)が手をたたいて、終幕し、名前を呼ぶ。


「最高よー、愛理さん。天子ちゃんもとても上達しているわー」


 耳を疑った。今、聞き違いか? その愛理の隣に立っているそいつをなんて呼んだんだ? ……本当に、お前なのか?


「なんて呼んだってあなた、そこにいる男の子の名前よ。早崎天子さんっていうの」


 聞いていない、聞かずにいたかったそれを、女は残酷にも吐きつけた。呆然とする俺が視線を映した先では、二人が嬉しそうにお互いを見合い、漫勉の笑みでハイタッチをしている。隔てている物も、段差もないのに、俺が目の前で見ているそれが、まるで遠くの景色のように感じた。


「あ、愛理……」


 俺は目に込み上げてくるそれを歯を食いしばってこらえ、手を伸ばす。彼女に力を振り絞って声を掛ける。次の瞬間、愛理は俺を一瞬見た。その刹那、気づいてくれたと安堵するも、彼女はすぐにまた天子へと視線を戻した。その薄情な態度に、血の気が引いて、俺は誰とも話さずに、すぐさまその場から立ち去った。


 俺はエレベーターのボタンを押して、自分の居場所へと準備をする。結局、俺のいた空間こそが夢物語だったのだ。俺はあの時からもう負けていたのだ。天子に恋に落ち、知らずのうちに嫌われた。愛理にもきっと同じように。しかもその相手が……


「くそ……ちくしょお」


 開きっぱなしになっているエレベーターの扉を閉じるべくボタンを押す。よし決めた。今日はスナック菓子を食べながら、映画を見て過ごして、心も体も休ませるんだ。出ないととてもじゃないけどやってられない……。

                続



この作品に出てくる「アンリミテッドアイ」はフィクションです。作中でもフィクションです。

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