03 東ダーケイア (2)
これは村で聞き取り調査をする前に、イーデンから詳しく話を聞くほうが得るものが多そうだ。私とライナスは、イーデンを夕食に誘った。
それから宿屋で部屋をとる。一番いい部屋をお願いした。それでも優雅すぎた船旅とは比べるべくもない。もっとも、野営上等な私たちにとって、屋根とベッドがあるだけでも十分に贅沢なのだけど。
部屋に荷物を置いて、イーデンとは食堂で待ち合わせした。情報料代わりに、夕食代はこちら持ちだ。
「俺たちはあまり飲まないけど、遠慮しないで好きなの頼んで」
「お。じゃあ、遠慮なく」
酒好きなイーデンに、ライナスは飲み物のメニューを渡した。
「討伐報酬に割増しがついても、リースからここまで来たら、ずいぶん旅費がかかるんじゃない?」
「それがさ、旅費の助成金も出るんだよね」
なんと討伐地までの旅費が九割助成されるのだとか。ただし、旅費の補助には条件がいくつかある。
まず、対象は一級の資格を持つ魔獣ハンターのみ。割増しのつく討伐依頼を乗船前に受けている場合に限って助成金が出る。もし乗船後に討伐依頼をキャンセルしたら、助成金は返還しなくてはならない。次に、船は指定された業者のものに限られ、船室は二等以下限定。そして最後に、討伐地までの移動に限られる。つまり片道分だけ。
あわよくば、そのまま自国内で活動してほしい、という下心が透けて見える施策である。そして、まんまとその思惑にはまっている一級魔獣ハンターがここにいた。
「せっかくの機会だから、ダーケイア巡りでもしてみようかと思って」
「助成金が出るのは船だけなのに?」
「うん。次は西ダーケイアまで足を伸ばしてみるつもり」
「まさか、『山の国』に船で行くの……?」
「そうだよ」
「え」
混乱する私に、イーデンは笑いながら説明してくれた。
「『山の国』って言うけど、西ダーケイアの山脈は海岸沿いに続いてるんだよ。だから山脈の向こう側は、海なわけ」
ここまで聞けば、私にもわかる。海から船で回ればよいのだ。
私は思わず目を見開き、勢いよく隣のライナスを振り向いて、袖をつかんでしまった。ライナスも私と同じような顔をしてこちらを見ている。こんな解決策があるだなんて。
実を言えば、あの山脈を越えていかなくてはいけないのかと、私もライナスもかなり頭を悩ませていたのだ。現地に着いてから、山の越え方について情報収集するつもりでいた。でも船で行くなら、そもそも山を越える必要がない。どうして自分で思いつかなかったのか不思議なほど、単純な解決法だ。
ダーケイアで回るべき地点は、全部で五か所。
ひとつは、私たちが現在いる場所。二つ目も東ダーケイア内にあり、ここも大きな河近くだった。三つ目は王都近く。ダーケイアの王都は北側の湾内近くにある。四つ目は中央ダーケイアにある大きな湖のひとつの近く。湖の水は河に流れ込み、海まで続いている。最後、五つ目が、山脈の向こう側の海岸沿い。
そういう目で見てみれば、どこも船で行けそうに思える。もしかして、他の国もそうなのだろうか。確認してみなくては。特にアムリオン。
「ねえ、イーデン。移動に使える船の情報って、どこに行けばわかるの?」
「魔獣ハンターギルドだね。特別依頼の張り紙に、詳しく書いてある」
「ギルド員じゃなくても、見られる?」
「もちろん。誰でも見られる場所に、普通に張り出されてるよ」
翌日にでも、すぐ見に行こう。チラリとライナスに視線を向けると、彼は黙ったままうなずいた。
私たちの様子を見ていたイーデンは、眉を上げてからかうように笑みを浮かべた。
「まーったく、相変わらず仲よしだなあ」
「そりゃそうよ。だって新婚だもの」
何を当たり前のことを。そう思いながら切り返す。そして「ね」とライナスに同意を取ろうと横を振り向き────。私はライナスを二度見した。
だってライナスときたら、どうしたわけかうつむいて視線をさまよわせ、頬を染めていたのだ。いや、どうして照れてるの? 唖然とする私の目の前で、イーデンが吹き出した。
「本っ当に、相変わらずだなあ」
今のやり取りのいったいどこに、ここまで恥じらう要素があったと言うのか。さっぱりわからない。わからないけど、ここで私まで笑っちゃったらへそを曲げるであろうことだけはわかる。だから吹き出しそうになるのを気合いで踏みとどまった。
これはもう、話をそらすのが一番だ。頭を高速回転させて、無難な話題をはじき出す。
「ところで、イーデンはいつ来たの?」
「三日ほど前だよ」
「もう狩りには行った?」
「もちろん」
「どうだった?」
「まあ、依頼どおりだったよ。ただ……────」
イーデンが言いよどむ。不思議に思って続きを待っていると、彼は難しい顔になって先を続けた。
「ちょくちょく群れてるんだよね」
「そういう魔獣なんじゃないの?」
「いや。普通は群れてないやつが、群れてることがあるんだ」
中型以下の魔獣が少々群れていても、イーデンなら余裕で対処できる。ところがこの辺りでは、通常は群れを作らないはずの大型魔獣が群れをなしていることがあるのだそうだ。
大型魔獣が何体もいると、イーデンひとりではさすがにきつい。
「マイクがいれば楽なんだけどなあ」
「ダメよ、マイクは国の所属なんだから。引き抜かないでね」
「あはは。しないよ。でも外交には使えるんじゃない? こういう非常事態に戦力を派遣したら、恩が売れそうでしょ」
イーデンは冗談めかして言ったけれども、確かに一理ある気がした。あとで伯父さまにお話ししてみよう。とはいえ、あの調査隊に派遣された兵士は、誰もが精鋭中の精鋭だ。マイクはその筆頭。ほいほいと気軽に派遣してもらえる気はしない。
イーデンは楽しそうに、誘いをかけてきた。
「なんだったら、隊長たちも一緒に回る?」
「やっと念願の新婚旅行に来られたのに! お邪魔虫になりたい?」
私はライナスの腕に抱きついて、即答でお断りした。すると、イーデンはチラリと視線を動かしてから「ぶはっ」と盛大に吹き出した。なにごと? イーデンの視線の先にいるライナスを振り返ると、なんと顔が真っ赤になっていた。あー……。
せっかく話題を変えたのに!
私は目を据わらせて、遠慮なく笑い転げるイーデンの足をテーブルの下で八つ当たり気味に蹴飛ばした。




