02 東ダーケイア (1)
私たちの国、リース王国は西側の国境が東ダーケイアに接している。
東ダーケイアまでは、ちょっと楽をすることにした。リース王国の中央には大きな河が流れているのだが、この河は王都のすぐ北で二つの河に枝分かれし、片方がダーケイアに流れ込んでいるのだ。
この河には、河船が運航している。その船を利用することにした。馬で一か月の距離も、船ならなんと四日間。夜も移動を続ける上に、河を下る方向だから、とても速い。逆方向だと倍くらいかかるらしい。
馬も連れて行きたいから、馬も乗せられる大きさの船を選んだ。船は貸し切りだ。これでも一応、貴族なので。いまだに本人にはあまり実感がないけども。
定期船の一等船室でも十分に贅沢だと思っていたのに、手配を頼んだ執事が問答無用で貸し切りの予約をしていた。貸し切りの運賃は、一等船室の十倍以上する。自分で手配してたら、間違いなく選んでなかったと思う。
そもそも貸し切りの船で貴族らしく過ごすなら、それなりの服装が必要になってしまう。旅装とは別にそんなものを用意するなんて、面倒くさいじゃないの。
でもそこは、執事や侍女たちがよろしく準備してくれていた。その先の旅路には必要のない服装だから、船を下りるときには置いて行く。折り返しの便で、王都まで送り返してくれる手はずになっている。
実を言えば、ライナスの「収納」スキルを使えば、別に持って行っても荷物にはならないのだけど。それでも周りから見て不審に思われる行動は、なるべく避けたかった。だからお金がかかっても、スキルを持っていない人たちと同じ行動を取ることにしている。少なくとも人目のある場所では。
もっとも馬を二頭も乗せることを思えば、貸し切りもそこまで無駄な出費とは言えないかもしれない。貸し切りにしないなら、馬にも運賃が必要だから。一頭あたり、一等船室の三倍くらいかかる。やっぱり自分の馬を連れて歩くというのは、とても贅沢だ。
貸し切りなので、食事は船室に運ばれる。船上の食事とは思えない、立派なコース料理だった。しかも飽きないように気配りしているようで、毎日メニューが違う。さすが貸し切り。
そんな感じに、とても優雅な船旅を満喫した四日間だった。
目的地は、河口より手前の村。地図上では、東ダーケイアの国境から河口に向かって五分の四ほど進んだ場所だ。この近くに、封印水晶の目撃情報があった。
船を降りて、馬に乗る。窮屈な船上から解放されて、馬たちははしゃぎ気味だ。厩舎と同じくらいの広さが確保されていたとは言え、船上では運動ができない。きっと退屈していたのだろう。
私も馬上でのびをして、辺りを見回す。
「想像してたのと、景色が違うのね」
「どんな景色を想像してたの?」
「もうちょっとこう、見晴らしのいい場所かと思ってた」
「そうか。残念だけど、東ダーケイアではそういう景色は期待できないかなあ」
ライナスの意外な言葉に、私は「そうなの?」と首をかしげた。私にとってダーケイアという国は、地図上でドーンと大きな面積を占める「だだっ広い国」という印象しかない。
私の感想に笑いながら、歩く百科事典ことライナスは地理の解説をしてくれた。
「東ダーケイアは『森の国』、中央ダーケイアは『湖の国』、西ダーケイアは『山の国』って言われてるんだよ」
「へえ」
東ダーケイアが森の国と聞けば、納得だ。
河下りでも、国境を越えてダーケイアに入ったとたん、急に両岸に木が多くなった。丘陵地帯が続くので、船上からの見晴らしは決してよくない。ただひたすらに森が続いていく。その森の合間の少し開けた場所に、村が点在している感じだった。
つまり私たちのリース王国は、東の丘陵地帯、西の山岳地帯という地形に守られた形の国なのだった。
中央ダーケイアには、いくつもの巨大な湖があると言う。
どれくらい巨大かと言うと、私たちが暮らしていた村がいくつもすっぽり収まるほどの大きさなのだとか。村どころか、領地全体と比べてもいい勝負の大きさらしい。言葉で説明を聞いても、私には全然ピンとこないけど。
私のイメージする「ダーケイア」は、中央ダーケイアが近いみたい。ダーケイアの王都があるのも、中央ダーケイアだ。
西ダーケイアは、少しアムリオンに似ている。
西側の海岸線に沿って、切り立った山脈が続くと言う。ただしアムリオンと違って、山脈が占めるのは西ダーケイアの土地の半分ほどにすぎない。残り半分は、扇状地や丘陵地帯になっている。
以上がライナス先生による、簡単ダーケイア地理講座。
私たちはまずこの村に滞在して、聞き取り調査をすることにしている。目撃情報があったのがこの村の近くなのは間違いないのだけど、具体的な地点は地元の人に聞いてみないとわからないのだ。
あまり大きな村ではないので、宿はひとつしかない。
宿屋の前にある馬止めに馬をつなぎ、宿に入ろうとしたところで、背後から聞き覚えのある声がした。
「あれ? 隊長?」
振り返ってみれば、それはイーデンだった。
「本当に隊長だ。こんなところで、どうしたの?」
「俺たちは調査に。イーデンこそ、こんなところで何してるの?」
「そりゃ、もちろん仕事だよ」
返ってきたのは、意外な答えだった。私とライナスは目をパチクリさせて、顔を見合わせた。イーデンはリース王国の人間だ。だからてっきり国内で活動しているものとばかり思っていたのに。どうしてわざわざ国外に出たのだろう。
「ああ、ハンターじゃないから知らないのか」
「何を?」
「ここさ、大型魔獣の討伐報酬に割増しがつくんだよ」
「え、そうなの? どうして?」
話を聞いてみれば、私たちの目的と大いに関係のある話だった。
ここは封印水晶が目撃された場所だけれども、その封印水晶と一緒に大型の魔獣も目撃されていたのだ。
ところがもともとは大型魔獣の出現する地域ではなかったから、近隣住民たちも大型魔獣に対する警戒なんてしていない。知らずに現場付近を通っては襲われる人が続出し、短期間に大きな被害を出したのだと言う。
そこで村長から領主に陳情した。
領主はリース王国の施策を耳にしていたので、同様の施策をとりつつ、国にも報告を上げた。最終的には国の施策として、非常災害に認定した。さらに魔獣ハンターギルドに、期間限定でこの付近の大型魔獣討伐には報酬を割増しするための補助金を出したのだそうだ。
イーデンから話を聞き、私とライナスはもう一度顔を見合わせた。
 




