49 三度目の正直
お祭り騒ぎな二日間の最後は、伯父さまにお願いして、外で食べられる夕食を用意してもらった。もちろん、お酒もいつもより多め。
中庭に集まって、たき火をおこす。
肉や野菜を串に刺し、たき火であぶって夕食にした。いずれも下ごしらえが済んでいるので、温める程度にあぶるだけでいい。
「やっぱり、祝い事の最後はたき火だな!」
「それと酒な」
上機嫌でお酒を酌み交わしている職人たちの横で、私は首をかしげた。祝い? 何のお祝いだろう。
すると、親方が私の様子を見て、笑いながら説明してくれる。
「竣工祝いさあ。仮設の門だろうが、完成は完成さね」
「なるほど。お疲れさまでした」
私がねぎらいの言葉をかけると、親方は「まあ、明日からが本番だけどな」と楽しそうに言った。翌日になれば派遣された兵士と職人たちが到着するから、こんなふうにのんびりするのはこれが最後だ。
「嬢ちゃんたちがいなくなると、寂しくなるなあ」
「なくなって寂しいのは、私じゃなくてお酒でしょ」
私が笑いながら指摘すると、親方は悪びれずに「バレたか」と笑った。ついでに私は、もうひとつ指摘しておく。
「それとね、私はもう『嬢ちゃん』じゃなくて『奥さん』ですよ」
「そいつはすまねえ。奥さんか。そうか、奥さんだな」
「そうです」
ちょっと得意げな顔で親方にうなずいていると、たき火の向こう側にいるライナスと目が合った。何だか、もの言いたげな顔をしている。どうしたのかな、と思っていると、彼は立ち上がって私の隣にやって来た。同じ敷物の上に、肩を寄せ合うようにしてぴったりくっついて座る。
でもたき火の炎を見つめたまま、何も言わない。
何か言いたいことがあるんじゃないの?
ライナスの顔をのぞき込むと、彼はそわそわと視線をさまよわせた。これは時間がかかりそうだ。黙ってじっと待っていると、やがてライナスは身をかがめて私の耳もとでささやいた。
「フィー、お願いがあるんだけど」
「いいわよ。何?」
声をひそめないと頼めないようなことって、何だろうか。いぶかしく思いながら、なおも待っていると、ライナスはもじもじしていて、なかなか口を開かない。だけどここでせっついたら、教えてくれなくなってしまいそうだ。だから何も言わずに待ち続けた。
もう一本、串焼きに手を出しちゃおうかな。などと思いながら、パチパチとはぜるたき火の上であぶられている串焼きを眺めていたら、やっとライナスがささやいてきた。
「もう一度、あれを言ってほしい」
「あれって?」
お願いを聞くのはやぶさかではないものの、肝心のお願いの中身がわからない。これでは、聞いてあげようがないではないか。だから聞き返したところ、ライナスは困った顔をして口をつぐんでしまった。何だろう。
これでは、らちがあかない。催促するように、ライナスの口もとにずいっと耳を寄せてみる。すると彼は蚊の鳴くような声で、ボソッとささやいた。
「……って」
「ん? ごめん、聞こえなかった。もう一回、お願い」
耳を澄ませていたのに、聞き取れなかった。仕方なく聞き返したところ、ライナスは悲愴な表情で目を見開いてから膝を抱え、その膝に顔をうずめてしまう。
「やっぱり、いい……」
あらら。いじけてる。意地悪で聞き返したわけじゃないんだけど。
どうしたものかな。
私はライナスが「お願い」をしに来るまでの経緯を思い返してみる。その直前の会話と言えば、私はもう「嬢ちゃん」じゃなくて「奥さん」だと、親方に言い返したことだった。それを聞いていたライナスが、「あれをもう一度」と言ったということは……。
なるほど。あれか。
思い当たるものが、ひとつだけある。
私は背中を丸めて膝を抱えているライナスの耳もとに口を寄せて、とびきり甘い声でささやいた。
「旦那さま、お願いだから教えて」
ライナスは弾かれたように顔を上げると、恨めしげに「わかってるじゃないか」と言う。
「当てずっぽうよ」
「そうか」
私が笑うと、つられたのかライナスも、すねた表情のまま口もとに笑みを浮かべる。首尾よく言い当てられたことにホッとして、機嫌をとろうとひとつ提案をしてみた。
「これからそう呼びましょうか?」
「ううん。いい」
自分からそう呼んでほしいと言ったくせに、ライナスは首を横に振る。
「なんで?」
「恥ずかしいから……」
今度は頬を染め、再び膝に顔をうずめてしまった。そんなに照れるくせに、呼んでほしかったのか。
正直なところ、何が恥ずかしいのか、私には全然わからない。でも丸まってしまったライナスが面白くて、くすくす笑いながら、脇腹をひじでつついてみる。彼はすねた表情のまま、つつき返してきた。
面白いけど、このままからかっていると、本格的にすねてしまいそうだ。話題を変えるために、たき火にあぶられている串焼きを一本とって、ライナスに手渡す。
「ほら、焼きたてよ。どうぞ」
「ありがとう」
最後に「旦那さま」と付けたくなる誘惑に駆られたけど、気合いで踏みとどまった。ライナスはやっと顔を上げて串を受け取り、あつあつの肉にかぶりつく。
私は、しばらくたき火を見つめてから、夜空を見上げる。きれいな星空が広がっていた。
「明日でおしまいね」
「うん」
「帰れて、よかった」
「うん」
本当に、よかった。もう、ずっとここにいないといけないかと、半分くらい覚悟を決めていた。
「ローデン公に、叱られたよ」
「何て?」
「何でも自分だけで解決しようとするなって」
確かに今回、私もライナスも、自分たちだけで問題を解決しようとしていた。ライナスには、それができてしまうから。
ジムさんと伯父さまが提示した案は、ライナスを犠牲にしない代わりに、途方もなくお金がかかる。それだけでなく、政治的にも調整しなくてはいけないことがいろいろと出てくるはずだ。
工事に要する費用を各国でどのように折半するのか、今後魔王城を監視し続けるための人員を誰が負担するのか、この地域の管理責任をどうするのか。
決めなくてはいけないことが、山ほどある。
でもそれはもう、勇者が考えることじゃない。他の人間たちが、政治的に解決していくべきことだ。と、私も伯父さまに言われた。
* * *
翌日、到着した兵士と職人たちと入れ替わりに、私たちは魔王城を後にした。普通なら、もうひと晩は魔王城で過ごして、さらに翌朝の出発とするところだ。
でも私たちは最果ての村には向かわず、「裁きの書」のスキルを使って王都に直接帰還する。だから、あまり時間は気にする必要がなかった。魔王城を出てある程度離れてから、集まってもらってスキルを使う。
馬を連れて帰還することがわかっていたから、伯父さまには厩舎前で待っていてもらった。
ヒュー博士はスキルで王都に帰還できることは知っていたものの、それが伯父さまの目の前とは思っていなかったようだ。帰還するなり伯父さまに声をかけられて、気まずそうにしていた。
「ヒューバート、久しぶりだな」
「うん。兄さん、久しぶり」
その日はマイクを除いて全員、公爵邸に泊まってもらった。マイクは王都に自宅があるので、そのまま解散だ。
イーデンもひと晩泊まっただけで、帰って行った。
ヒュー博士だけは、伯父さまが「せっかくだから、しばらく泊まって行きなさい」と引き留めて、滞在している。
私は久しぶりのふかふかなベッドに、疲れが一気に出たらしい。帰宅の翌日は、昼近くまでぐっすり寝てしまった。目が覚めたときには、もうイーデンが発った後だった。
伯父さまとヒュー博士は、積もる話で夜ふかしをしていたようだ。二人とも私より起きるのが遅かった。
私にとっては遅い朝食、ライナスにとっては早めの昼食をとりながら、やっと帰ってきたと感慨に浸る。
「本当にジムさんたちより先に帰って来ちゃったわね」
「うん」
ライナスは食事の手をとめて、大きく息を吐き出した。
「しばらくは、のんびり過ごしたいなあ」
「うん、そうね」
魔王城で気がかりだったことは、今回の調査で無事に解決したことだし、少なくとも当分はもう魔王にかかわることに煩わされることもないはずだ──と、思っていた。このときは。
だって無事に帰れてホッとするあまり、頭からすっぽりと抜けてしまっていたのだ。大神殿に保管されていた封印水晶が行方不明になっている、という重要事項が。
結局、公爵邸でのんびり過ごしたのは、わずか数日のことだった。
そして今、またしても私とライナスは旅支度をしている。というのも、いくつか封印水晶の目撃情報が入ってきたからだ。しかも、それが国をまたがって遠く離れた場所から、報告が上がっている。東の隣国で目撃された数日後に、西の隣国からの目撃情報があったりと、訳がわからない。まるで封印水晶が分裂でもしたかのようではないか。
封印済みだから、それ自体は危険なものではない──はずだ。でも気にはなるので、目撃された場所を回ってみようということになった。
いそいそと準備をしながら、ライナスが声をかけてきた。
「ジュードに連絡しておいた」
「何て?」
「やっとちゃんとした新婚旅行に行けるから、案内よろしくって」
彼のうれしそうな顔に、私は思わず吹き出してしまう。
まだそんなことを言っているのか。新婚旅行って、これで何度目よ。まあ、三度目の正直って言葉もあるものね。今度こそ、二人でのんびり楽しんでこよう。




