48 第二の門 (2)
ライナスが荷運びを始めると、職人たちがあっけにとられた顔になるのが面白い。
「兄ちゃん、力持ちだなあ」
「すげえな。あれを片手で持てんのか」
驚く気持ちはよくわかる。ライナスは決して腕力がありそうな見た目をしていないから。子どもの頃に比べて肉付きがよくなったとは言え、職人たちに比べたら重量感がない。腕の太さや肩周りの厚みだって、断然職人たちのほうが上なのだ。
自分たちより細くて若いのが、自分たちが持てるよりはるかに重たい荷を軽々と運ぶのを見たら、驚くのも無理はない。
ところが、驚く二人の若い職人たちとは対照的に、親方は笑って鼻を鳴らした。
「すごくて当たり前だ。だって、あの勇者さまだぞ」
あの勇者さま、とはどういう意味だろう。「あの」と付いているのが、どうにも気になる。親方に聞いてみようかと口を開きかけたところへ、職人たちが大きな声を上げた。
「え、兄ちゃん、勇者さまなの?」
「本物⁉」
ニセモノが出たりするんだろうか、と吹き出しかけてから、思い出した。そうだ、いたわ。まさにそのニセモノのせいで、ライナスは封印されちゃってたんだった。
「本物ですよ。ちゃんとニセモノは封印しましたから」
私が笑いながら請け合うと、親方が苦笑いした。
「こいつらのは、そういう意味じゃありませんや。『自称勇者』が、あちこちにいるもんでね。本物にお目にかかって、びっくりしてるだけっすよ」
私は逆に、「自称勇者」があちこちにいるということに、びっくりした。
私が目をパチクリさせているのを見て、職人たちは声を上げて笑う。
「もちろん、魔王を倒したとまでふかすやつは、なかなかいませんがねえ」
「酒が入ると『勇者』になっちゃうやつは、まあまあいるんすよ」
なるほど、そういうことか。だから「あの勇者」とは、つまり「魔王を倒した、あの勇者」という意味だったのだ。やっと納得した。
私たちがそんな雑談に花を咲かせている間にも、ライナスはどんどん資材を運び込む。じきに門前広場の一角が資材置き場となり、建築用の資材が山と積み上げられた。ほとんどが木材だ。
親方から聞いた計画によれば、一週間で内門を作ると言う。
門というより、柵と言ったほうが近いかもしれない。ただし、大型の魔獣よけにもなる程度には頑丈な柵だ。木材で作るのは、それが一番手早く作れるから。あくまでも仮設の門だ。
そして仮設の内門が仕上がる頃に、王都から派遣される兵士と職人の一団が到着する予定だ。正確には王都の要請に応じて、国境沿いの辺境から人員が派遣されてくる。だから王都からはるばるやって来るのに比べたら、ずっと短期間で到着できるのだ。
彼らはこの先、この魔王城に常駐して、もっと本格的な石造りの門を建設することになっている。親方によれば、石造りの門を作り上げるには最低でも数か月、おそらくは一年ほどかかる見込みらしい。
いくら仮設とは言え、職人がたった三人で、これだけの大きさの門を一週間で作れるものだろうかと思ったが、そんな心配は全然いらなかった。運び込まれる資材は、すでに親方の指示どおりに加工済みで、現地で必要なのは組み立て作業ばかりだったから。しかも派遣されてきた三人は、いずれも熟練の職人だ。
地面に穴を開けたりする工事では、イーデンのスキルが活躍した。
そういう目的のスキルじゃないような気がするけど、実際使えるし、便利だった。攻撃と工事は、似てると言えば似てるような気がする。魔獣に対して使うと攻撃、地面や岩に対して使えば工事となるだけだ。たぶん。
「兄ちゃん、すげえな」
「道具いらずじゃねえか」
職人たちに絶賛されたイーデンは、まんざらでもなさそうだ。
「じゃあ魔獣が絶滅したら、建築職人に転職しようかな」
職人たちは「そりゃ、一生無理そうだな」と笑っていた。
荷運びには、もちろんライナスが大活躍。施工には手を出せないけれども、資材を動かすだけなら、どんなものでも軽々と運ぶ。おかげで工事の進み具合は、親方の計画よりもだいぶ早かったようだ。
職人たちも、魔王城に寝泊まりしている。
食事は毎回、王都から運んだ。
職人たちに合わせてか、気取らない料理が多い。そしてお酒の量も多かった。ボトルが何本も入ったバスケットは私が運ぶには少々重いので、運搬はライナスが引き受けてくれている。便利だ。
最初のうちは、王都に転移するときだけ城門を開けていた。けれどもあまりにも順調なので、作業中は開けておくことになった。門の外側の測量をしたいと、親方から要望があったからだ。内門の設置は若い職人たちにまかせてしまい、今後、本格的に建設する予定の外門の設計を始めていた。
結局、内門が完成したのは、予定よりも二日も早かった。
職人たちは、この先も外側の門を建設し終えるまでは、魔王城に留まることになる。一方で、私たちは兵士と追加の職人たちが派遣されて来たら、入れ替わりに魔王城を離れる予定だ。
この最後の二日間は職人たちにとって、王都に戻れる最後の機会だ。外門の建設が始まったら、終わるまでは魔王城から離れられない。だから王都で休日を過ごせるよう、送ろうかと提案してみたところ、意外なことに三人全員から断られた。
「しばらく戻らんつって出てきたのに、のこのこ戻ったら格好がつかんわ」
「俺は独りもんだからなあ。戻る理由がねえわ」
「それより兄ちゃんたちがいる間に、うまい酒たんまり飲んでおきたいやな」
「んだなー」
なるほど、と笑ってしまった。
そんなわけで最後の二日間は、みんなでカードゲームに興じたり、輪投げで遊んだり、何だかちょっとしたお祭りみたいに楽しく騒いで過ごすことになった。魔王城なのに。とても平和だ。
 




