45 勇者、門番になる (1)
六日目の朝、ライナスは調査隊の隊長をジムさんに委任した。
「俺はここに残るから、後はよろしくお願いします」
「うん、まかせて」
沈んだ表情に無理やり笑みを貼りつけたみたいな顔で、ジムさんは請け合う。そして帰ったら他にも転移水晶が見つからないか、懸賞金を懸けて探してみると約束した。気の長い話だ。でも、他にやりようがない。
だから私は、気休めでしかないとわかっている言葉を、からかうように口にした。
「自分たちで見つけて、先に王都に帰還しちゃうかもしれませんよ」
「ああ、いいね。ぜひそうしてよ」
私の軽口に、ジムさんは真面目な顔で返した。
あまり長く話している時間はないので、手を振って送り出す。
城門を閉められるギリギリまで見送ってから、門を閉めた。
一週間に一度、魔獣ハンターに依頼を出して、最果ての村から魔王城まで日用品の配達をしてもらうことになった。もっとも実のところは、あまり必要ないんだけど。周りを気にする必要さえなければ、私が王都の伯父さまのところから、いつでも必要なものを運び込めるから。
調査隊がいなくなると、急に静かになったように感じる。
門前の広場も中庭も、妙に広々としていて寒々しい。図書室も、こんなに広かっただろうか。
午前中は報告書を作成し、昼に伯父さまのところに転移した。
「おかえり。調査隊は戻ったってことかな?」
「はい」
「それで、脱出手段は……?」
伯父さまの質問に、私は黙って首を横に振る。伯父さまは「そうか」と息を吐いた。
私は話題を変えようと、洗った食器の入ったバスケットを伯父さまに返却しながら、このバスケットが調査隊に見つかってしまったときのことを話した。
「ジムさん渾身のすっとぼけのお陰で、何とかごまかせたようです」
「そうか、それはすまなかったね。私の落ち度だ」
「違いますよ。私がちゃんと気づくべきだったんです」
私が反論すると、伯父さまは「何にしても、王弟殿下にはお礼を言わないとな」と苦笑した。そこは同意する。
ここで伯父さまはすっと真顔になり、まっすぐに私の目を見つめてこう言った。
「しばらく不自由をかけるが、必ず何とかするから、もう少しの間、辛抱してほしい」
「大丈夫です。私たちも諦めずに方法を探しますから」
伯父さまの言葉に、少しだけ肩から力が抜ける。
そのまま転移で魔王城に戻ろうとする私に、伯父さまは別のバスケットを渡した。
「持って行きなさい。今はもう大丈夫だろう?」
「はい」
バスケットの中身は、温かな昼食だった。
いつ来るかわからない私のために、毎回用意しておいてくれたのだろうか。気持ちがうれしくて、バスケットを大事に抱えながら「どうもありがとうございます」とお礼を言って、ライナスのところに戻った。
「ライ、ただいま。見て、ほら!」
ライナスの鼻先にバスケットを突きつけると、「いい匂いだ」と笑う。
図書室の円卓に食事を広げ、料理を堪能した。今頃は馬上の人となっているであろう隊員たちの、味気ない携行食の昼食を思うと、少しだけ申し訳なく思う。でも彼らはその代わりに、今夜は最果ての村の宿のちゃんとしたベッドで眠れるのだ。
そうだ、王都から寝具も運び込んじゃおうかしら。
そんなことを考えていたら、食事をしながらライナスがこんなことを言う。
「フィー、今夜からは王都で休んでおいでよ」
「どういうこと?」
私は彼の意図がわからず、眉をひそめて聞き返した。
「ここだとベッドもないし、ろくに休めないだろ。夜はあっちで休んで、朝また戻ってきたら?」
「うーん……」
よかれと思って言ってくれてるのはわかるのだけど、同意できない。
「もう少しの辛抱だって、伯父さまもおっしゃってた。きっと何か考えがあるのよ」
「そうだろうけど、それはそれとしてさ」
「ありがとう。気持ちはうれしいけど、私はライと一緒にいたい」
だって、私ひとりだけ王都のベッドでひとりで休んでいたら、寝心地がよくても、きっと気が休まらないと思うから。魔王城でライナスがろくな寝具もなくひとりぼっちで寝ているところを想像すると、とてもではないが気持ちよく眠れそうな気がしない。
だったら椅子を並べた簡易ベッドしかなくても、一緒にいるほうがいい。
そう説明すると、ライナスは「そうか」とうなずいた。うなずきながらも、心なしか、ちょっと頬が緩んでるように見える。どうやら、うれしかったらしい。その顔を見たら、何だか笑いそうになってしまった。でも、こらえる。
ちゃんとこらえたつもりだったのに、私も頬がゆるんでいたようだ。見とがめたライナスが、怪訝そうな顔で尋ねてきた。
「どうしたの?」
「何でもない」
すまし顔で首を横に振ったけど、ライナスの目には疑惑の色が宿っている。だからといって正直に答えるわけにもいかないので、数日前のネタを引っ張り出してみた。
「バスケットを見つけられちゃったときの、ジムさんの強弁がすごかったなあって思い出しただけ」
「ああ。マイクを目で黙らせてたよな」
「ね」
思い出したら、実際に愉快な気分になった。あれは、私にはとても真似ができそうもない。
あのとき、きっとヒュー博士もジムさんの説明には納得していなかったんじゃないかと思う。だって、ローデン家の人間が誰も討伐隊に参加していないにもかかわらず、その家紋入りの食器を魔王討伐の遠征に持参してくるなんて、どう考えてもおかしいもの。
二人して思い出し笑いをしていたこのときには、まさかほんの数日後にこの話題が再び蒸し返されることになるとは、思っていなかったのだった。




