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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第二章 調査

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44 本調査 (3)

 調査三日目は、すでに調査済みの場所を含めて、最初から調査のし直しを始めた。転移水晶のあるすべての場所で、ヒイラギの葉を集めるためだ。


 この日の朝、ヒュー博士からライナスに申し出があった。


「リーダーの交代をお願いできませんか」

「え、どうして?」

「二日ほど調査を抜けて、最果ての村に戻りたい」

「何のために?」

「ヒイラギの葉を採ってこようかと」


 この二日間で、魔王城内の転送水晶について調べてきたが、もとはと言えば最果ての村から転移させられたのが発端だった。それがどうしても気になるので、確認のために最果ての村のヒイラギの葉を摘みに行きたい、と言うのだ。


 もちろん、ライナスは了承した。

 ただし、兵士と魔獣ハンターをひとりずつ同行させることを条件として。ヒュー博士ひとりでも、きっと問題なく往復できるだろう。でも人員に余裕がある限りは、安全策をとるに越したことはない。

 ヒュー博士が率いていたチームは、博士に代わってジュードがリーダーを務めることになった。


 こうして始まった三日目と四日目は、転送水晶の位置確認と、ヒイラギの葉の採集に費やされた。

 四日目の午後には、各層ともくまなく確認が終了する。

 この二日間には、特に新しい発見はなかった。


 そして魔王城内で転送水晶の確認作業がひと区切りして、中庭で情報交換を終えた頃、ヒュー博士が最果ての村から戻ってきた。摘んできたヒイラギの葉を、さっそく見せてもらう。


「これです」

「下層のものと同じ品種に見えるね」


 ジムさんはヒイラギの葉を手にとって、しげしげと眺めて感想を口にした。横から眺めていた私も、同じ感想を持った。ヒュー博士が持ち帰った葉は色が濃く、厚みがあって光沢もある。


 わざわざ最果ての村へ往復してまでヒュー博士がこの葉を摘んできたのは、魔王城から最果ての村への転移ができる可能性を考えてのことだと思う。博士が「ヒイラギの葉を採って来たい」と聞いたとき、私もまっさきにその可能性を考えたから。


「転移ができるか、試してみようか」

「そうだね」


 ジムさんの提案に、ライナスもうなずく。そして周りを囲んでいる隊員たちに声をかけた。


「誰か試してくれる人はいる? できれば三人くらいほしいな」


 ほぼ全員が立候補してくれたけど、最初に手を挙げた中から三人を選んでお願いした。

 葉の色や形から判断して、試す転移水晶は下層のものを選んだ。三人がぴったり固まってから、ひとりが水晶を踏むのを、全員が固唾をのんで見守る。


 すると、足もとに魔法陣が現れた。転移できそう。

 私も含め、思わず歓声を上げそうになったとき、突然その魔法陣が歪んだかと思ったら、すうっと消えてしまった。


「え……」


 指輪の転移が使えなかったときとも、また違う。あのときは、もっとはっきりと魔法陣が現れていた。でもこの魔法陣はうっすらと現れた後、まるで水面に映った影がさざ波で形を崩されたときのように、ゆらゆらと歪んでから消えていく。何度試しても同じだった。

 念のため、上層や中層の転移水晶を踏んでもらったら、そちらでは魔法陣が現れもしなかった。


 ダメだった。

 期待させられた直後だけに、落胆が大きい。

 でも私がため息をこぼす前に、それ以上に絶望した表情のヒュー博士がうなだれてつぶやいた。


「すまない。きっと私のせいだ」

「なんでですか。そんなわけないでしょう」


 博士の言葉に、私はびっくりした。どうしてそんなふうに思ってしまったのだろう。


「あのとき、水晶を踏み潰してしまったから」


 水晶の円盤を踏んで砕いてしまったから、転移できなくなっているのだろう、と博士は言う。後悔で頭を抱えてしまった博士に、私は何と返してよいのかわからない。あのときは何とかして転移を防ごうと必死だったのだし、どうしようもなかったと思う。だから、博士のせいじゃない。

 私はふとあの水晶のその後が気になり、博士に尋ねてみた。


「そう言えば、水晶の破片はどうなってました?」

「跡形もなく、きれいに消えていたよ」


 宿屋の主人や、村人たちにも確認したところ、誰も砕けた破片は見ていなかったそうだ。ただヒイラギだけが残っていた。

 すっかり場の雰囲気が暗くなってしまった中、隊員のひとりが声を上げた。国内研究者チームのひとりだ。


「これ、たぶんだけど、下層のものとも品種が違う」


 彼は、ヒュー博士が持ち帰った葉と、下層用の転移水晶のところのヒイラギの葉を、手のひらの上で並べてみせた。


「ほら。最果ての村のものは、葉脈の部分の色が薄いでしょ」

「本当だ」


 言われてみれば、博士が持ち帰った葉は、葉脈の部分だけうっすらと色が明るく、浮き上がって見える。言われないと気づかない程度のかすかな違いだけど、一度気づいてしまえばもう、見間違いようがなかった。


「だから、たとえあっちに水晶が残っていたとしても、転移は無理だったんじゃないかな」

「うん。そうですね」


 五日目に隊員総出で中庭を調べ回ったけれども、最果ての村のヒイラギと同じ品種のものは見つからなかった。門前の広場も、同様だ。きっとあれは、一方通行の転移水晶だったのじゃないだろうか。


 五日目は「これが最後の機会になるから、調べたいことがあれば申し出るように」とライナスから隊員たちに伝えた。でも結局、特に申し出はなかったようだ。何しろやはり、誰にとっても一番の関心事は転移水晶で、それはもう調べ尽くした後だ。


 上層にある円柱状の水晶の部屋から中庭に持ち出した卵は、中庭の日当たりのよい場所に放置しておくことになった。持ち帰って調べたらどうかという案も出たけれども、ライナスがジムさんと相談した結果、却下した。

 何しろあの卵は、聖剣でも聖剣のスキルでも傷ひとつ付けられないのだ。しかも日の光に透かして見た限り、ヒト型のものが育ちそうに見える。そんなものを持ち帰って、万が一にも魔獣に狙われたり、卵が孵るようなことがあってはならない。


 こうして予定より少し早く、五日目にして調査は終了した。

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