40 二人きりの先遣隊 (1)
私の希望を聞くと、ライナスは首をかしげて尋ねた。
「探したいものって、何?」
「私をここに転移させた、あの紫の円盤と同じものがないか探したいの」
私の考えていることをすぐに理解して、彼は「なるほど」とうなずく。
「でも、そんなもの、ここにあるかなあ」
「わかんない。でも、あるかもしれないじゃない?」
「まあ、そうだな」
ライナスにうながされて、私は円盤の形状や、最果ての村で見つけた場所の特徴を、もう一度詳しく説明した。
「これくらいの大きさで、ヒイラギの茂みの下にあったの」
「ふうん。ヒイラギの茂みっていうと、あんな感じ?」
ライナスが指さす先には、確かにヒイラギの小さな茂みがあった。城門から離れた場所にそびえる大きな木の根元付近に、他の種類の灌木に混じってヒイラギの茂みがある。他の茂みに完全に紛れてしまっていて、ライナスに指摘されるまで気づかなかった。
「そう。まさにあんな感じ」
近づいて根元をのぞき込んで見ると、果たしてそこには、あのときと同じ色味と形の円盤が隠されているではないか。
「あった」
「え? ほんと?」
ライナスも私のすぐ隣にしゃがみ、茂みの下をのぞき込む。私はヒイラギの葉に触れないよう気をつけながら、彼にわかりやすいよう「これよ」と指さしてみせた。
ライナスは私の指さした先を見て、目を見張る。
「ほんとだ。これを踏んだら転移したんだっけ?」
「踏んだというよりは、蹴飛ばしたんだけどね。やってみましょうか?」
「あ、ちょっと待って」
立ち上がってからつま先で蹴り出そうとしたら、ライナスに制止された。
素直にうなずいて待っていると、彼は門前に置いてきた荷物を拾ってきた。なるほど。確かに、もし転移させられてしまうとしたら、あの荷物を置いて行くことになるのはちょっと悲しい。
ありがとう、とお礼を言いながら自分の分の荷物を受け取り、茂みの下につま先を伸ばす。ちょこんと蹴りつけると、足もとに魔法陣が現れた。
思わずライナスと顔を見合わせる。
「どこへ飛ぶんだろう」
「中庭とか?」
もちろんライナスとは、しっかり手をつないだ。どこへ飛ばされるかもわからないのに、離ればなれにされたら困る。
そして転移した先で、私とライナスは顔を見合わせて笑ってしまった。なぜなら、そこは本当に中庭だったから。当てずっぽうで言っただけなのに。
「これ、討伐に来たときに知りたかったなあ」
「人生、だいたいそんなものよ」
討伐のときに使えたら、それはきっと便利だったに違いない。特に、お姫さまの移送に。
そう考えてから、中庭で見かけたクマ型の魔獣のことをふと思い出した。扉の取っ手をくわえて開けようとしていた、あの魔獣のことだ。
「でも魔獣は、これ使ってなかったわよね」
「魔法陣だからじゃない?」
ライナスの返事に、私は首をかしげる。魔法陣なのと、何か関係があるのだろうか。
「使わないっていうか、使えないんじゃないかな。魔法陣を起動するには、魔力が必要だから」
「あ、なるほど」
言われてみれば、ほとんどの魔獣は魔法を使わない。ごくまれに使うものもいるけれども、クマ型の魔獣は使わないタイプだ。
人間であれば、魔法を覚えているかどうかにかかわらず、誰でも多かれ少なかれ魔力を持っているものだ。でも、魔獣は違うのかもしれない。「魔法を使わない魔獣は、魔力を持っていない」というのは、十分にあり得る話のように思えた。
荷物を図書室に置いてきてから、中庭を歩き回ってみる。
ヒイラギの茂みを意識して探すと、三か所に見つかった。しかも、いずれも根元に紫色の円盤がある。魔王城にある円盤は、大きさこそ最果ての村で見たものと同じくらいだけれども、地面にしっかりと埋め込まれているところが違った。つま先でつついても、蹴り出すことはできない。
埋まっている部分にも、厚みがありそうだ。たぶんここのものは、踏みつけたくらいでは壊れることはないだろうと思う。
中庭にある三個の円盤で転移する先は、それぞれ城門前、中層の最奥の部屋の入り口、上層の水晶の部屋の入り口だった。中層と上層の転移先の通路にも、転移用の円盤を発見した。転移した先の通路のすみに、まるで観葉植物のようにヒイラギの茂みがあり、その根元に円盤が埋め込まれている。
通路のヒイラギは、鉢植えではない。大理石の床から、じかに生えている。紫色の円盤は、大理石の床に埋め込まれていた。
こうして調べた結果わかったのは、城門、中庭、上層の水晶の部屋、中層の最奥の部屋は、それぞれ転移で簡単に移動できるということだった。しかも往復とも利用可能。
上層の水晶の部屋と、往復で使えるとわかったときには、思わず脱力してしまった。
「これ、卵を運び出すときに知りたかった」
「ほんとだよな」
結構な距離をてくてく歩いて運んだのに。しかも二往復も。
私と一緒になってぼやくライナスも、苦笑している。
「でも、人生、だいたいそんなもんなんだろ?」
「大変に遺憾ながら、そんなものですね……」
他にも、転移用の水晶が置かれている場所があるかもしれない。でも、その探索は後回しにする。それより先に、確認したいことがあった。指輪の転移だ。
城門が閉まっていると、城門の中と外との間で転移ができないことはわかった。
だけど城門が開いていても、転移できないときと、できるときがあるのはなぜだろう。それが知りたかった。
「じゃあさ、まずは中庭と図書室で試してみようか」
「うん」
そしてあれこれ試した結果わかったのは「図書室の扉も、城門と同じように転移を阻害する」ということだ。これは私にとって、かなりの衝撃だった。だって、安全のために図書室に避難したのに、そのせいで転移ができなかった、ということなんだもの。
私はがっくり肩を落として、うなだれた。
「もっと早く中庭に出てさえいれば、転移できてたってことよね」
「まあ、人生、だいたいそんなもんなんだよ」
腕組みをしてしたり顔でうなずいてみせるライナスの脇腹に、ひじ鉄を入れてやった。
 




