39 魔王城の城門 (2)
ライナスひとりを城門の内側に残して、私たちは魔王城の外に出た。
轟音とともに門が閉じ、そのままその場でライナスが転移してくるのを待つ。けれども、いくら待っても彼が転移してくることはなかった。
「ライ! どうしたの?」
私は声を張り上げてライナスに尋ねてみたけれども、何も応答がない。分厚い岩盤が門になっているから、声が届かなくても不思議はない気はするけれども、まったく何も聞こえてこないのは不安になる。
それでも、待つしかない。
待っている間にも振り子はじりじりと動き続け、鍵穴は隠れてしまった。鍵穴が見えている時間は、およそ二十分ほどだろうか。あくまで体感なので、正確な時間ではないけれど。
だいぶ長いこと待ち続け、ついに私は我慢できなくなった。
「ちょっと、ライのところに転移してきます」
「待ちなさい。そんなことをしたら、門を開けないと出られなくなるじゃないか」
「でも、こんなに時間が経っても来ないって、おかしいでしょ? 何かあったとしか思えない」
ヒュー博士に止められても、私はやめる気にはならなかった。
それに、マイクとイーデンも私に賛成してくれた。
「まだそんなに遅い時間じゃないから、四時間後にもう一度試せばいいんじゃない?」
「うん。どの道、今日はもう最果ての村に向かうには時間が遅すぎるしね」
二人の援護を得て、私はライナスのもとに飛ぶよう指輪に願った。
いつものように足もとに魔法陣が現れ──、そして消えた。何も起きないまま。魔王城に転移させられて最初の日に試したときと、まったく同じだ。胃のあたりがすうっと冷えて、重たくなった。
なんで? どうして転移できないの? だって、ライナスは転移できたじゃない。ライナスがあのとき転移をしたのは、私たちが今いるところからほんの少し先に行っただけの場所だ。違いがわからない。
焦って何度も転移を試すうち、轟音とともに門が開いた。それとほぼ同時に、私はライナスの目の前に転移していた。安堵のあまり、私はライナスに抱きつく。
「うわ。危ない」
ライナスは焦ったような声を出し、抜き身の聖剣を持っている手を後ろに引いた。私は「ごめん」と謝ってから、彼が聖剣をさやに収められるよう、身を引く。
ここで、あまり認めたくない推測を言葉にしたのは、ヒュー博士だ。
「門が開いていれば、転移ができるようだね」
「そうですね……」
逆に言うと、門が閉じているときには転移ができないということだ。
ライナスは門を閉じるために、内側に残る必要がある。にもかかわらず、門を閉じた後は転移が使えない。もう門なんて閉じずに放置して帰ってしまいたいけど、そうするとあの卵が孵って、たぶん世界が滅びる。
それを回避するためには──。ああ、考えたくない。それじゃ封印されるのと、何も変わらなくない?
私がもんもんとしている間にも、イーデンが門の内側の鍵穴を確認していた。
「こっちも鍵穴は閉じちゃったね」
「もう今日は出発できないし、鍵穴が出てくるまでここで待つか」
ライナスの決定に反対する人もなく、この場で野営の準備をすることになった。夜を過ごすなら図書室のほうが環境はよいけれど、馬に乗っても図書室まで最短で一時間ほどかかる。明日の朝には魔王城を出ることを考えると、往復二時間の移動は無駄に思えた。
城門内にもそれなりの広さがあり、草の茂っている場所もあるから、馬の餌に困ることもない。中庭の泉から流れてくるのか、浅いせせらぎもあるので、水にも不自由せずに済む。
野営の準備をひととおり終わらせてから、翌日の相談をした。
相談したというか、ライナスからの指示があった。
「明日、俺はここに残る。みんなは一度、最果ての村に戻って、それから調査隊を全員連れて来てくれるかな」
「私も残る」
ライナスの言葉を遮る勢いで私が宣言すると、最初、ライナスは反対した。転移させられた二人がそろって顔を見せることで、他のメンバーを安心させることができるだろう、と言うのだ。ライナスの言うことに、一理あるとは思う。
でも、どうせ行って戻ってくるだけだったら、私がついて行ってもお荷物になるだろう。それにそれ以前の問題として、必要でなければもうライナスと離れたくなかった。だから、私は残る。
きっぱりと私がそう言い切ると、彼は微笑とも苦笑ともつかない表情で「わかった」と言って、それ以上はもう反対しなかった。ヒュー博士は何か言いたげな顔をして私たちのほうを見ていたけれども、結局は何も言わなかった。
四時間後に城門を閉め、この日は早めに休むことにした。
食事の間も、いつもと違ってあまり会話が弾まない。
不寝番は、ライナスとヒュー博士になった。今日はもう不寝番の必要はないかと思っていたけれども、念のためだそうだ。魔王城の中の魔獣はわかる限りではすべて駆除したつもりとはいえ、万が一にも狩り残したものがいて寝込みを襲われたら、大惨事になるから。
幸いなことに、夜間は特に何ごとも起きなかった。翌朝、ヒュー博士とイーデンとマイクの三人は、馬で最果ての村に出発する。馬を連れてきていない博士には、ライナスの馬を貸した。
三人の後ろ姿を見送り、城門を閉じる。
轟音とともに城門が閉まった後は、妙にしんと静まりかえっているように感じられた。そう思って耳を澄ますと、本当に何の音も聞こえない。門を閉める前には、遠くから小鳥のさえずりが聞こえていたと思うのに。
私がそんなことを考えていると、ライナスがのんきな声を出した。
「勇者を廃業するのはともかく、門番になるとは思わなかったな」
「臨時雇いだから。今だけよ」
おかしなことを言い出すものだから、私も笑ってしまう。
とりあえず、当初の予定どおり「魔王城を調査する」という調査隊の任務は果たせそうだ。きっと研究者たちにとっては、最初で最後の調査になるだろう。調査が終わった後は、城門を閉じたまま城ごと封印することになるだろうから。
城ごと封印するとは、つまりどういうことか──それを考えると、気が滅入りそうになるけれども、私はまだ諦めていない。
ライナスは聖剣から手を放して振り返った。
「さて、今日は何をしようか」
「調べたいことがあるの」
「いいよ。何?」
まずは魔王城の再調査をしたい。探し出したいものがあるのだ。それに、転移のスキルももっといろいろ試したい。
だって、私はまだ諦めていないのだから。




