08 勇者のまどろみ (5)
両親は、今の王家は腐っていると言い切った。
三年前にフィミアが家族を失ったあの事件のとき、痛感したのだそうだ。
あのとき魔獣を村の中に引き入れた犯人は、中央貴族の血縁者だった。あの男自身は貴族ではなかったが、便宜を図ってもらうために、血縁者の貴族の名前をしばしば利用していたらしい。しかも名前を使われた貴族のほうも、それをとがめるでもなく、逆に男を援護して相手に圧力をかける始末だった。
あの男が初犯のときにきちんとした裁きを受けなかったのは、そうした圧力があってのことだったそうだ。
だから両親はあのとき、先にさっさと男を法に則って厳正に処断した。
王都とギルドハンターに初犯のときの措置について正式に抗議したのは、それがすべて終わってからだった。順序が逆だと、きちんと裁けないよう横やりが入る可能性が高かったからだ。実際、圧力をかけようとする気配があったらしい。
王都ではそうした腐敗があちこちで見受けられる、と両親は言う。
それを野放しにしている王家も、所詮は同じ穴のむじななのだ、と。
そんな者たちにとって、ろくな社会経験もない年若い勇者など、きっといいカモでしかないだろう。どうにかして食い物にしようとするに違いない。討伐までは討伐優先でことを進められるだろうが、討伐が終わった後はよくよく気を付けなさいと、何度も何度も言い聞かせられた。
まあ、討伐を終えるのを待つまでもなく、早々に裏切られたわけなんだけど。
せっかくの忠告を活かせなくて、ごめん。
両親と兄から、中央貴族たちの腐敗っぷりについてこれでもかというほど実例つきで話を聞かされてから、俺は王都に旅立った。何をどう用心すればよいのか見当もつかなかったが、何をするにも慎重にはなった。
うかつなことを口にしないよう用心していたせいで、「寡黙な勇者」と言われていたらしい。
普段は別に無口ってほどじゃないんだが。
それでも討伐に出るまでは、討伐隊の構成を除けば、心配したようなことは特に何もなかった。
ただし討伐隊は不安のかたまりだった。
俺が王都に入った頃、すでに討伐隊は組まれていた。数百人規模の兵士と侍従で構成された討伐隊だった。そう聞いて、俺は首をかしげた。兵士はともかく、侍従って何だ。女官もいるらしい。聞けば聞くほど不安がつのる。もう、人選がおかしい。人数もおかしい。魔王討伐って、基本的には魔獣討伐なんだけど、大丈夫なのか。頭数だけそろえればいいってものじゃないのだが。
そして封印役の聖女は、末の王女さまだった。
どうやら討伐隊の大半は、この王女さまをお守りするのがお役目らしい。要するに、大半が戦力外のお荷物というわけだった。お荷物の割合が多すぎる。
封印水晶を使うには、浄化魔法を使えることが条件となる。
この条件に当てはまる人物というのはそう多くないようで、年齢も加味して選出されたのがお姫さまなのだと言う。「聖女」だなんてすごい称号がついているから、てっきり支援系の魔法はすべて網羅し、上級魔法まで習得しているのだろうと思い込んでいたら、全然違った。本当に浄化魔法が使えるだけだった。しかも初級のものだけ。これが聖女なら、フィミアなんか大聖女じゃないだろうか。
ためしに一度、人選の変更を打診してみた。
ほかに浄化魔法を使える人がいたら、あえて王女殿下のように身分の高いかたが討伐に参加しなくてもよいのではないかと、かなりぼかして尋ねた。が、あっさり否定された。
「国を救うこのような機会に、自ら動いてこその王族です」
そのときはうっかり、すばらしい心意気だと感心してしまったが、今にして思えばその役目を死守する必要があっただけだろう。
こうして俺は、無駄に大所帯な討伐隊とともに出発することとなった。
王女さまはなんと、四頭立ての豪華な馬車での移動だった。お陰で移動速度も大幅に落ちる。さっさと討伐して、とっととフィミアのもとに帰りたいのに、こののんびり具合にはげんなりした。
ところが、のんびりしているのなんて、問題としてはまだかわいいほうだった。出発して間もなく、最初の宿泊地でとんでもない事態に遭遇する。基本的にはテントで夜を過ごすことになるのだが、王女さまはベッドをご所望になった。
王女さまのご所望とあらば、村で一番上等のベッドを利用していただくほかない。村で一番上等のベッドと言えば、村長宅のベッドである。かくして村長夫妻は自宅を追い出され、王女さまとそのお付きの者たちが村長宅に我が物顔で滞在することになった。
その話を聞いて何だかいやな予感がした俺は、追い出されて知人宅に身を寄せていた村長夫妻を探し出して、事情を聞いた。問答無用で追い出されたそうだ。家に置いてあった酒などの嗜好品は、好き勝手に飲み食いされている。にもかかわらず、補償の話は何もないと言う。
話を聞いて、俺はめまいがした。両親の言っていた「腐っている」とは、こういうことか。
手持ちの中から、被害の穴埋めができる程度の金を渡し、迷惑をかけたことを謝罪した。けれども、この先もこの連中は同じことを繰り返すだろう。そのたびに被害者に渡せるほどの潤沢な資金は、俺にはない。
そこで村長に少し金を渡して、次の宿泊予定地に早馬を出すよう頼んだ。少しでも被害を減らすためにできるだけ自衛するよう、先に知らせておくのだ。村長宅を占拠すること自体は、俺にはとめられない。だから家になるべく嗜好品を置かないよう、家具はなるべく汚されてもかまわないものと入れ替えておくよう、警告してもらおう。村長は快く引き受けてくれた。
こんなことしかできない自分が情けなかったけど、これが俺にできる精一杯だった。
次の村でも、追い出された村長を探し出して話をした。村長は深々と頭を下げて、俺に礼を言った。
「先触れをいただいたおかげで、準備ができました。ありがとうございます」
「これぐらいしかできなくて……。迷惑をかけて申し訳ない」
「とんでもない。ご自分だって討伐で大変な身でいらっしゃるでしょう。十分ですよ」
村長はすでに自主的に次の村に早馬を出してくれていた。
早馬の費用を払おうと財布を取り出したら、村長に押しとどめられた。
「お気持ちだけで結構です。そこまでしていただくわけにはまいりませんよ」
正直、道中ずっと費用を出し続けられるか懐具合が不安だったので、この申し出には非常に助かった。
この先は、村長たちがそれぞれ次の村に先触れを出してくれた。お陰で、王女さまが占拠する家の設備は先に進むにつれてどんどん質が下がっていったらしい。ついにはベッドさえなくなり、「麦わらの山しかないなんて!」とぷりぷり怒りながら、馬車の簡易ベッドを使っていた。
最初からそうしていれば、誰にも迷惑をかけずに済んだのに。
ベッドの代わりに麦わらを用意した村長に、俺は心の中で拍手喝采を送った。