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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第二章 調査

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30 ヒュー博士の過去 (3)

 ウィリアムたちの婚約式の後、僕は珍しく実家に長いこと滞在していた。いつもなら、用事がすめば、とっととまた家から出て行ってしまうところだ。だけどあのときは、新婚ホヤホヤの弟をからかうのが楽しかったんだよ。

 うん、自分でもいい性格してると思う。でもさあ、あの堅物のウィリアムが照れるんだよ? こんな機会でもないと、見られない顔じゃないか。


 ところが、そんなふうにからかっていられたのも、最初の一週間ほどだけだった。そのうち、からかっても眉をひそめて、つらそうな顔をするようになってしまった。しあわせいっぱいの新婚がする顔じゃない。

 最初は「からかいすぎたかな」と思って、反省したよ。でも、何かおかしい。


 変だなと思っていたら、ある晩、ウィリアムが「兄さん、聞きたいことがあるんだけど」と言って僕の部屋を訪ねてきた。新婚にあるまじき暗い顔をしているから、あわてて部屋に招き入れたさ。


「聞きたいことって、何だ」

「僕でも魔獣ハンターになれるかな」

「はあ?」


 仮にも名門公爵家の跡取りが、何を寝ぼけたことを言ってんだ、と思ったね。魔獣ハンターなんて、登録さえすれば誰だってなれるが、稼げるようになるかと言うと、それはまた別の話だ。


 僕には補助魔法が使えたから、魔獣ハンターとして十分な稼ぎを得られるようになったが、ウィリアムには無理だろう。あいつはずっと跡継ぎとして大事に育てられた、根っから貴族のぼんぼんだ。僕とは違う。荒っぽい魔獣ハンター稼業になじめるとは、とても思えなかった。

 それに、ウィリアムに使える魔法は回復魔法と浄化魔法だけ。ローデン家の跡継ぎとしては重要な資質であっても、魔獣ハンターにとってはほとんど意味のない魔法だ。ということは、何の魔法も使えない者と同じ出発点から始めなくてはならない。それも、この年齢で。


「いったい、何だってそんなことを言い出したんだ?」

「家を出ようかと思って」

「お前、跡継ぎだろうが」


 いきなり何を素っ頓狂なことを言い出すのか、と呆れてしまった。でもウィリアムは、冗談でそんなことを言い出すやつじゃない。それに、思い詰めた暗い目つきが、どうにも気になった。


「どうして家を出たいんだ? 家の重圧が嫌になったか」

「違う、そんなんじゃない」

「んじゃ、なんでだ?」


 ウィリアムはしばらく押し黙ってから、吐き捨てるように答えた。


「王がジュリアに言い寄ってる」

「彼女は、それをどうしてる?」

「もちろん、断ってる」

「なら、何も心配いらないだろ」


 王は確かに救いようがなく好色だが、王という身分のおかげで女に不自由することはない。ひとりくらいなびかない女がいても、すぐまた別の女に懸想して忘れるだろう、と僕は思っていた。

 だからウィリアムにもそう言ったんだが、あいつは浮かない顔をしていた。


「でも、しつこいんだよ」

「今だけだろ」

「だったらいいんだけど。でも権力を使って召し上げられるくらいなら、今のうちに二人で家を出てしまいたいんだ」

「おいおい……。早まるなよ」


 僕はここで、ウィリアムを説得しようとしてしまった。

 あとになって後悔したよ。その先もずっと後悔していた。どうしてこのとき、あいつの話をもっと真剣に聞いて、一緒に逃げてやらなかったんだろうって。でもこのときは、短絡的に行動するより、もっと慎重に動いたほうがいいと思ってしまったんだ。


「でも、そうだな、もし本当に召し上げられそうになったら、そのときは逃げる手引きをしてやるよ」

「本当に?」

「当たり前だ。国外にも伝手があるからな。何とでもなる」

「兄さん、ありがとう」

「ただし、お前は魔獣ハンターには向いてない。家を出るにしても、普通に薬師をしたほうがいいと思うぞ」

「うん、わかった。そうする」


 ここでようやくウィリアムの顔に笑みが戻った。

 そのことにホッとして、僕はまた家から離れてしまったんだ。とはいえ、ウィリアムの様子が気になっていたから、いつものようにすぐ国外に出ることはしなかった。王都へ一週間以内に戻れる範囲で活動しつつ、居場所は常に速達便でウィリアムに知らせていたよ。


 もっとも、そんなことをしなくても、宛名を指定するだけで僕宛ての速達便は届くんだけどね。何しろ僕はその当時すでに、国から指名依頼を受けることもある程度には、名前の売れた魔獣ハンターだったから。そのクラスの魔獣ハンターの居場所は、常に王都のギルドで把握することになっているんだ。


 ウィリアムからは特に連絡がないまま、数か月が過ぎた。

 そろそろあの王も、別の誰かに目移りした頃だろう。そう思ってウィリアムに確認の手紙を出そうと思っていたところに、あいつのほうから速達便が届いた。もう心配いらなくなった、という連絡だとばかり思って、軽い気持ちで手紙を開いた。だがその内容には、愕然としたね。

 そこにはたった一文、こう書かれていた。


『ジュリアが王宮に連れ去られた』


 そう。連れ去られた、と過去形なんだよ。


 読んだ瞬間に全身から血の気が引く思いがして、胃のあたりがキュッと引きつれたように痛んだものだ。ウィリアムには「逃げる手引きをしてやる」なんて偉そうな口をきいてしまったが、それはあくまで二人ともローデンの屋敷にそろっていればの話だ。

 ジュリアが王宮に囚われてしまったら、僕には手も足も出せやしない。だって、しがない魔獣ハンターにすぎないんだから。魔獣ハンターの中でどれほど名前が売れていようとも、稼ぎがあろうとも、権力なんてものとはとんと縁がない。


 どうして手遅れになる前に相談してくれなかったのか、と腹立たしく思ったよ。

 でも、すぐに思い直した。ウィリアムは何か月も前から相談していたじゃないか。そして、引き離されるくらいなら二人で家を出たいと、最初から言っていた。それに対して「早まるな」と思いとどまらせたのは、僕のほうだ。何ということをしてしまったんだ。

 あのときすぐに、二人を連れて国を出ていれば。


 どれほど後悔しても、もう遅い。

 こうなってしまったからには、僕の手には余る。でも、父さんや兄さんなら、王宮に伝手もあるだろう。何か打てる手があるかもしれない。そう考えて、すぐさま家に向かった。通常は一週間の道のりを、馬を駆けさせ、町ごとに乗り継いで、何とか翌日の夕方には帰り着いたよ。

 けれどもその家で聞かされたのは、さらに悪い知らせだった。

 ウィリアムはすでに行方をくらませていたんだ。

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