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07 勇者のまどろみ (4)

 俺が勇者に選ばれたのは、そろそろフィミアに結婚の話を切り出そうかと考え始めていた頃だった。十八歳と十七歳。少し早いかもしれないけど、早すぎるというほどでもない、はずだ。たぶん。

 もちろん家族はみんな、了承した上で歓迎している。もともと養女に迎えようとしていたほどだから、反対なんてするわけがない。


 いつ切り出そうか。何て言おうか。ずっとそんなことばかり考えていた俺は、聖剣が抜けたときにはすごく焦った。

 なんで俺なの? おかしくない?


 第一、まだ心の準備ができていない。

 ちょっと待ってほしい。

 こんなものが抜けてしまったら、今すぐ求婚しなくちゃならなくなるじゃないか。だって、討伐の後に求婚しようなんてのんきなことを言っていたら、留守の間にフィミアは他の誰かと結婚してしまうかもしれない。そんなの、とても耐えられない。


 心の準備ができるまであと少しの間だけでいいから、まだ石に刺さったままでいい子にしててくれないだろうか。そう思って、そっと聖剣を石に戻してみたけど、聖剣は全然いい子じゃなかった。俺に逃げる隙を与えず、その場で覚醒させやがった。

 後になって知ったことだが、兄が俺に剣を教えるにあたって課したふたつのこと、すなわち感情の制御と鍛錬こそが、まさに勇者の覚醒に必要なものだったそうだ。だから俺は、聖剣を手にしたときすでに覚醒の条件を満たしていた。


 勇者が覚醒したときに天から雪のように舞い降りてくるあの光の粒は、村の中だけでなく世界中に現れるらしい。だからつまり勇者が選ばれ、そして覚醒したことを、全世界に知らしめられてしまったというわけだ。もはや一刻の猶予もない。


 仕方がないので覚悟を決めて、フィミアが家に帰るのについていった。

 そして決死の思いで求婚したわけなんだけども、彼女の答えにはあっけにとられた。一瞬、何を言われたのか理解できなかったほどだ。


 彼女は、結婚するのはいいが、それは討伐の前でよくないか、と言った。

 それってつまり、今すぐ結婚してかまわないってことじゃないか!

 うれしくて抱きしめたら「痛い!」とめちゃくちゃ怒られた。ぎゅっとしたらダメらしい。ふわっとしないと。


 フィミアは「祝福された結婚指輪」というものも用意してくれた。

 俺はそんなものの存在さえ知らなかったのだけど、おばさんが娘のために、結婚指輪を神殿で祝福してもらうのに必要となるタペストリーを遺してくれたのだそうだ。


 二人だけで神殿へ行って、フィミアが手作りしてくれたビーズ細工の指輪をそれぞれの手のひらに置き、タペストリーを祭壇に奉納する。するとタペストリーが消えて、ふたつの指輪が淡く輝いた。一般的にもろいはずのビーズ細工であっても、祝福された指輪なら婚姻が継続中である限り決して壊れることがないと言う。

 誓いの言葉とともに、指輪を互いの指にはめ合えば婚姻の完了だ。


 結婚式も披露宴もまだだから、世間的には婚約者としか見なされない。

 でも神殿の鑑定板に手をかざせば、ちゃんと配偶者として名前が表示される。もう夫婦なんだ。討伐が終わるまでは、夫婦らしいことは何もできそうもないけど。


 せっかく結婚したのに、そこからは目の回るような忙しさだった。

 ゆっくりフィミアと過ごせる時間なんて、全然ない。


 勇者として名前が知られるようになったら、急に周りが親しげに接してくるようになったのが薄気味悪かった。あれだけ馬鹿にしたり笑いものにしていたくせに、と思うといい気分はしない。

 フィミアに会ったときに、そう愚痴をこぼしたら、彼女は呆れたように笑った。


「子どもの頃のことだから。もう忘れてあげなさいよ」

「そんな簡単に忘れられないよ」

「そうかもしれないけど。でもそれを言ったら、ライだって子どもの頃はすぐにかんしゃくを起こしてびいびい泣いてたじゃない? いつまでもそんなことを蒸し返されたら、いやでしょ」

「う……」


 痛いところを突かれて、俺は言葉に詰まった。

 フィミアに言わせれば、子どもなんてものは常識も自制心もない生き物なのだから、間違うことがあるのは当たり前だ。間違ったときに、そこから学んで自分を変えていけるかどうかが重要なのであって、間違ってしまうこと自体はあまり問題じゃない。


「だから何を学んでどういう大人になったのか、今を見て判断すればいいと思うの。私はそうする」


 確かにフィミアは、子どもの頃にいやなやつだった相手にも、何ひとつわだかまりなんてないような顔で接している。よくあんなやつと談笑できるなあと思うけど、フィミアは「親しく付き合うかどうかは別にして、誰にでも礼儀正しくしておいて損はないもの」と言う。

 そういうフィミアだから、あんな情けないやつだった俺にも普通に接してくれたのだろう。


 彼女の言葉を聞いて考え込んでしまった俺を見て、彼女は表情をやわらげた。


「ライは立派に大人になったと思うわよ」

「いい男になった?」

「うん、なったなった」


 もっと心を込めてそう言ってくれたらいいのに。

 少しばかり残念に思ったのが顔に出てしまったのか、フィミアは俺の顔を見て軽やかな笑い声を上げ、優しく肩を叩いて頬にキスをしてきた。残念に思う気持ちが雲散霧消して、しあわせな気分になった。


 両親には、フィミアに求婚して受けてもらったことを伝えた。

 ひっそり神殿で誓いを交わしてきたことも伝えたら、呆れられた。フィミアが手作りしてくれた指輪も自慢しておいた。さらに呆れられたような気がする。

 一応、すぐに結婚しようと言ってくれたのはフィミアのほうからだったことだけは強調しておいた。疑わしそうな目で見られた。心外だ。


 報告の後、一番気に掛かっていたことを両親に頼んだ。

 フィミアのことだ。


 魔王討伐が終わるまで、俺はフィミアのところに通う余裕はなくなるだろう。だから、誰か代わりにフィミアを守れる人をつけてほしい。決して危ない目に遭うことのないよう、気にかけてやってほしい。

 両親も兄も、心配いらないと請け合ってくれた。


 ただ、両親はフィミアよりも俺のことを心配した。

 フィミアは両親の目の届く範囲にいるから、何とでも守りようがある。でも、俺はまだ世間知らずのままひとりで王都へ向かい、そこから魔王討伐に立たなくてはならない。両親が心配していたのは、討伐そのものよりも、討伐に出るにあたって俺がひとりで王家と関わらなくてはならないことだった。


 王都に行ったら、言われたことを素直に信じるな、何ごとにつけ用心しろ、と口を酸っぱくして言い聞かせられた。

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