24 二度目の最果ての村 (4)
翌日は、いつもより少しのんびりと一日が始まった。
何しろ、前日の晩に遅くまで飲み騒いだおかげで、実働部隊である隊員たちがなかなか起きてこない。普段より集合時間を遅めにしておいて、よかった。
集合場所は、宿屋の前。広場と呼べるほどではないけれども、少しひらけた場所になっている。朝食をすませて、三々五々集まってきた。けれども、なぜかその中に隊員でない顔がちらほらと混ざっている。魔獣ハンターたちだ。
ライナスは困った顔で「場所が悪かったかな……」と首をかしげている。
何か催し物があるとでも、勘違いされたのだろうか。
勘違いさせたままでは、時間を無駄にしてしまって気の毒だ。声をかけてみようとしたところ、私より先にジムさんが近くにいた魔獣ハンターに声をかけた。
「おはよう」
「こんちゃ」
「何か待ってるみたいだけど、催し物でもあるのかな?」
「勇者さまが音頭とって、村の復旧作業するって聞きましたよ」
この答えに、ジムさんは目をまたたく。
私もやり取りを聞いて、首をかしげた。そこまでわかってて、なぜこの場で隊員たちと一緒にいるのだろう。同じことをジムさんも思ったようで、言葉を足した。
「私たちはそうだけど、君たちがいるってことは、何か別の催しと集合場所がかぶっちゃってるのかなと思ってね」
「ああ、そんなもんはないっすね。混ぜてほしいやつが集まってるだけっす」
有志ということか。
ジムさんはその後も、その場にいる魔獣ハンターたちと雑談を続けた。その雑談を聞いていてわかったのは、前日のライナスの「村の中では戦闘禁止」という指示に、彼らも思うところがあったらしい、ということだ。
それまでは、あまり深く考えずによかれと思って、村の中に入り込んだ魔獣は即座にその場で始末していた。けれども、言われてみれば確かに、村の中での戦闘は村民を巻き込む危険性がある。これまでは幸いにも人的被害は与えていないが、物損は結構あったことに彼らも気づいてしまった。
どうやら、村の出入り口の門が壊れているのも、門のすぐ近くで大型魔獣との戦闘が行われたせいらしい。今この村に滞在している魔獣ハンターたちが門を壊したわけではないそうだが、似たようなことをしてしまった自覚があった。
それで、私たちが村の門などの復旧作業をするなら、せめてもの罪滅ぼしに参加しようと思ったのだそうだ。
話を聞いて、私はちょっと感動した。
ライナスの作戦が、想定以上に効いてる!
これならもう、村の中で戦闘が行われることはなくなるだろう。
しかも魔獣ハンターたちは、ただ復旧作業の手伝いを申し出ただけではなかった。集合待ちの間、魔獣ハンターの誰かがこんなことを言い出したのだ。
「考えたんだけど、もう昼もずっと門を閉めときゃよくね?」
「それじゃ、外から誰も入れねーだろ」
別の誰かがすかさず指摘し、どっと笑い声が上がる。けれども、言い出したハンターは真剣な表情で続けた。
「だから、通用口を別に作っとくんだよ。門だとかんぬきを閉めない限り、魔獣が体当たりで開けちまうけどさ。扉や引き戸なら、やつらは開けられないじゃん? どうかな」
なるほど、と私は思った。「いいかもしれないな」と同意する声が、あちこちから聞こえる。ライナスも、あごに手を当ててうなずいていた。
ジムさんはライナスに目顔で何か合図してから、静かに集合待ちの輪から離れ、宿屋に入って行く。何だろう、と不思議に思っていると、しばらくしてから戻ってきた。そしてライナスに声をかける。
「宿屋の主人に確認してきた。できるなら、通用口を作って門を閉めたいってさ。門の修理用に資材は調達済みだそうだから、うまくすれば通用口まで作れるかもしれない」
ジムさんの報告を聞いて、魔獣ハンターたちから歓声が上がった。
「採用されたぜ!」
「やるな、お前」
拳を突き合わせて喜んでいる。
そうこうするうちに、全員がそろった。ライナスが分担を告げる。
「マイクとイーデンのチームは、村の内部の修繕と、畑の復旧を頼む」
兵士と研究者チームが、村の中の担当ということだ。兵士はともかく、研究者チームが村の中の担当なのは自然な流れだと思う。魔獣がうろつく門付近より、内部の仕事のほうが向いているのは間違いない。
「それ以外は、二手にわかれて門の修繕に当たってくれ。ジュードは西、有志のみんなは東の門をお願いしたい」
有志の中には、大工の息子がひとりいた。魔獣ハンターを始める前に、親からひととおり大工仕事も仕込まれたそうだ。これは集合待ちの間の雑談の中で、さりげなくジムさんが聞き出していた。
この人には、門の修繕と、通用門の製作を指導してもらうことになった。
そしてもちろん、私とヒュー博士は結界付与だ。
私は結界付与魔法を覚えてはいるものの、実はほとんど使ったことがない。誰にも教わっていないから、自己流なのだ。唯一、付与したことがあるのは、自宅の玄関と窓だけ。ちゃんと付与できているのか、正直、自信がなかった。
作業を始める前に、ヒュー博士から手ほどきを受ける。どうやら私のやり方は、自己流ではあるものの、間違ってはいなかったらしい。ただ作業効率が悪かっただけで。博士に教わった方法なら、無駄なく次々と付与することができた。
結界付与の魔法自体は、実は補助魔法の中では初級に分類されている。
初級の魔法なので、必要となる魔力はとても少ない。でもその代わり、付与できる範囲も小さかった。そして残念ながら結界付与には、上位魔法が存在しない。ということはつまり、広い面積に結界を付与しようとすると、ひたすら地道に付与し続ける必要があるのだ。
修繕組がわいわいと賑やかに作業しているのを横目に、私とヒュー博士は黙々と塀に結界を付与し続ける。悲しいくらいに単純作業だ。西の門から始めて南回りに作業し、昼頃にちょうど東の門にたどりついた。門の脇に、通用口の扉が取り付けられている。
門と通用口には、特に念入りに結界を付与した。
 




