23 二度目の最果ての村 (3)
イーデンと魔獣ハンターの会話が面白いので、そのまま耳を澄ませる。魔獣ハンターがイーデンに何やら質問をしていた。
「ところで、王弟殿下ってのはどの人なんだ?」
「うちの隊長、勇者さまはわかるよな?」
「うん」
「隊長の左隣の人」
「マジか」
なぜか魔獣ハンターはジムさんの顔を見て、目をむいている。何をそんなに驚いているのだろう。
「俺、さっき話しちまったわ。あれ、王弟殿下だったのかあ」
「何を話したの?」
「非戦闘員を連れてきてるから、魔獣の近くにメンバーがいても遠慮なく狩ってくれって言われた」
「ああ。それは僕からもよろしく頼むよ」
食事が終わる頃には、調査隊のメンバーも、そうでない魔獣ハンターも、入り乱れてお酒を酌み交わしていた。すっかり宴会と化している。翌日は村の整備ということになってはいるものの、半ば休日みたいなものだからだろう。それで、みんな気が緩んだのかもしれない。
酔ったみんなが賑やかに騒いでいる中、私とライナスとジムさんは静かに食堂ホールを離れ、客室に戻った。私たちには、まだやることが残っているから。報告書をまとめて、王都と情報交換をしておかなくてはならない。
まずは、伯父さまへの報告書をまとめる。それが書き上がった頃に、ジムさんが王宮への報告書を渡しに部屋へ来た。ジムさんの報告書を受け取り、私は「裁きの書」のスキルで王都にいる伯父さまのもとに転移した。
「伯父さま、ただいま」
「おかえり」
報告書を手渡すと、伯父さまは「いよいよだね」と固い表情でおっしゃった。
「はい。でも、明日は出発せずに村の整備をする予定です」
「そうなのか」
「報告書にも書きましたけど、村の出入り口の門が壊れていて。待機組が安全に過ごすためにも、出発前に直して結界を付与しておくことにしました。幸い、補助魔法の使い手が二人いるから、一日で何とかなりそうです」
私の報告に、伯父さまは「おや」と眉を上げた。
「君の他にも、補助魔法使いがいるのか」
「いますよ。外国枠の研究者なんですけど、ヒュー博士は上級まで使いこなしてて、すごいんです。もう、勝手に師匠だと思ってます」
「ヒュー博士……?」
伯父さまが何か考え込むようにして首をひねったので、私はヒュー博士のことをもう少し詳しく説明した。
「ヒューバート・セネット博士と言って、魔獣の素材利用に関する研究者です」
「なるほど、今はそう名乗っているのか」
「もしかして、お知り合いですか?」
私の質問に、伯父さまは何とも言えない笑みを浮かべる。そして、私の度肝を抜くようなことをおっしゃった。
「弟だよ。君のもうひとりの伯父だ。間違いない」
回復魔法の使い手と同じくらいに、補助魔法の使い手も少ない。上級の補助魔法使いは、伯父さまの知る限り、ローデン家の次男ヒューバートだけだったそうだ。その次男も、私の父が出奔して間もなく、姿を消して連絡がとれなくなった。
「元気にしてたかね?」
「調査隊に参加して、先陣を切って魔獣を狩るくらいには元気いっぱいですよ」
「そうか、そうか」
ここで、砂時計の砂が落ちきった。戻る時間だ。
伯父さまが「一度くらい顔を見せなさいと伝えておくれ」とおっしゃったので、「はい」と返事をしてライナスのもとに戻った。
伯父さまから託された手紙をジムさんに渡しながら、この日一番の驚きを伝える。
「ヒュー博士は伯父さまらしいです」
「え? どういうこと?」
興奮のあまりに、言葉が足りてなかった。面食らった顔のジムさんに聞き返されて、ちょっと頭が冷える。
「父と同じくらいの時期に、二番目の伯父のヒューバートが出奔したそうなんですけど、その伯父が上級の補助魔法使いだったんですって」
「なるほど。だからヒュー博士がその二番目の伯父上だろう、というわけか」
「はい」
ジムさんは頭痛をこらえるような顔をして、額に手を当てた。
「聞くまでもなく、国を出たのはうちの愚父のせいだろうね……。こんな人材を国外流出させるだなんて、本当にあの人はろくなことをしなかったなあ」
それに関しては、私は何とも言えない。
伯父さまから聞いたのは、連絡が取れなくなった時期が父の出奔と近かったということだけだし。どんな事情で二番目の伯父が姿を消すことになったのかは、伯父さまの話からはわからない。
そもそも、あくまでも伯父さまの推測にすぎない話だ。本当にヒュー博士が二番目の伯父かどうかなんて、本人に確認してみるまで確かなことはわからない。
でもそう言われてみれば、初対面のときにライナスは、ヒュー博士のことを父に似ていると言っていたのだった。初対面でそんな印象を持ったくらいだから、客観的にはまあまあ似てるのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ジムさんから質問された。
「ヒュー博士からは、何か言われたことはないの?」
「ありませんねえ」
もしヒュー博士から事前に何か聞いていたなら、こんなに驚いていない。
ああ、でも、聞いてはいないけど、出発前の壮行会で初めて顔合わせをしたとき、すごく博士からの視線を感じたっけ。もしかして博士のほうは、親類かもしれないと気になった見ていたのだろうか。
私の表情の変化を見とがめたジムさんが、また尋ねる。
「うん? 何か思い出した?」
「壮行会のときに、ヒュー博士からすごく見られてたなあって、思い出しただけです」
「そっかあ」
この場は、これで話を終わりにした。
確証のないことを陰であれこれ詮索したところで、らちがあかないし、意味もない。でも気にはなるから、機会があればヒュー博士に確認してみよう、とは思った。本当に二番目の伯父さまなのだとしたら、伯父さまからの伝言を伝えないといけないから。
その機会は、翌日あっさり訪れることになる。想定外の、最悪な形で。




