22 二度目の最果ての村 (2)
宿屋の主人と別れて、自分たちの部屋へ向かう。
部屋へ入る前に、ライナスは私に「先に部屋に行ってて」と鍵を渡し、自分はジムさんの部屋に行ってしまった。ジムさんの部屋は、私たちの部屋のすぐ隣だ。
どうやら入り口で立ち話をしただけらしい。じきに部屋にやってきたライナスに、私は尋ねた。
「何かあった?」
「ちょっと、根回しの手伝いを頼んできた」
「根回し?」
「うん」
夕食のときに、隊員たちに何か話をする予定で、そのための下準備らしい。
この間から、何だかライナスがとても隊長っぽい。ずっと人付き合いを苦手にしてきたから、こういう交渉ごとはジムさんに全部丸投げかと思っていたのに、しっかり自分で動いているのが意外だ。
こんなふうに人と関わって仕事をしているときのライナスは、いつもよりずっと大人っぽくて、私の知っているライナスとは少し違って見える。
ベッドに腰掛けて、そんなことを思いながら彼の横顔を眺めていたら、ライナスが私の視線に気づいて、目をまたたきながら戸惑ったように「え、何?」と振り向いた。もちろん、私はしらを切る。
「何でもない」
「だって今、じっと見てたよね」
「うん。なんか、すごく隊長っぽいなーと思って見てた」
ライナスは「何だ、それ」と笑い声を上げて、私のすぐ隣に腰を下ろした。そして膝の上にひじを置いて前かがみになり、下から私の顔をのぞき込むようにして見上げる。
「いい男だった?」
だめだ。せっかく大人っぽかったのに、もうすっかり台なしだ。吹き出しそうになったのをごまかすために、「うん、かっこよかった」と答えながら、ライナスの首に両腕を回してキスをした。キスしながら笑ってしまったから、あまりごまかせていなかったかもしれない。
話をそらすために、質問をする。
「で、どんな作戦なの?」
「ああ、それは──」
ライナスは、村の中での戦闘をやめさせるための策を話してくれた。なるほど、うまくいきそうだ。私が感心していると、彼は眉尻を下げて謝ってきた。
「フィーの家族の話をダシに使っちゃうことになるけど、ごめん」
「いいわよ。それで納得してもらえるなら、いくらでも使って」
話している間に夕食の時間になり、部屋を出て食堂ホールに向かう。
村にひとつしかない宿屋だから、私たちの貸し切りというわけではない。狩りのために滞在している魔獣ハンターたちも、私たちと同じ場所で食事をする。この日、宿泊する魔獣ハンターは八名だった。
食堂ホールには、すでにジムさんがいた。隊員でない魔獣ハンターたちと談笑している。あれが根回しとやらなんだろうか。
隊員たちが全員テーブルにつき、飲み物が運ばれてきたところで、ライナスは立ち上がって話を始めた。
「知ってのとおり、最後の宿泊地がここ、最果ての村だ。ここで、先遣隊と待機組に分ける」
隊員たちは静かにライナスの言葉に耳を傾けている。隊員ではない魔獣ハンターたちも、チラチラとこちらの様子をうかがいながら、耳をそばだてていた。
「先遣隊は、俺、フィミア、イーデン、マイクの四人。それ以外は、村で待機。待機組の隊長代理は、ジムさんにお願いします」
「うん、わかった」
ライナスがジムさんに向かって小さくうなずくと、ジムさんも首を縦に振って応えた。
「まあ、待機と言っても、この村を拠点にして調査したいこともあるだろうから、そこは危険のない範囲で自由によろしく」
こんな調子で、ライナスは連絡事項をひとつずつ告げていく。
先遣隊の出発は、間に一日はさんで、翌々日とすること。
間の一日を使って、全員で村の整備にあたること。
ライナスも、村の出入り口の門が壊れかけているのが気になっていたらしい。待機組が安全に過ごすために、先遣隊が出発する前にきちんと整備しておきたい。
しかも、ちょうどよい具合に、調査隊には補助魔法の使い手が二人いる。私とヒュー博士だ。補助魔法の使い手がいると何ができるかと言えば、結界の付与ができるのだ。その場で結界を張るのは回復魔法の分類だけど、物質に結界を付与するのは補助魔法。
最近は、村の中まで魔獣が入り込むことがある、という注意もここでしておく。
「侵入した魔獣を見かけたら、駆除をよろしく。ただし、必ず村の外まで引いてから倒すようにしてほしい」
隊員に注意するという形をとっているけれども、実際には他の魔獣ハンターたちにも聞かせようとしている。
「ギルドの規約でも、村の中に魔獣を引き込むのは禁止されているしね。自分で引き入れたわけではないとは言っても、ギルド規約として定められた意味を考えれば、できる限り村の中での戦闘は避けたい」
ここまで話してから、いったんライナスは言葉を句切って、私のほうを見やる。それからおもむろに隊員たちを見回して、話を続けた。
「実は、妻のフィミアの家族は、魔獣ハンターが村の中に引き込んだ魔獣に殺されてるんだ。もう、二度とそんな悲劇は繰り返したくない。万が一にも村の人を巻き込むことのないよう、戦闘は必ず村の外でお願いしたい」
「わかった。肝に銘じよう」
イーデンが声を上げたのに続いて、隊員たちは口々に同意した。
細かいことを言えば、私の家族が殺されたのは村の中ではないから、引き合いに出す例としては適切とは言えない。でもライナスが話した内容自体は、すべて本当のことだ。村の中での戦闘を避けるべき理由の補強となるなら、それでいいと思う。
聞いたほうが少々勘違いしたからといって、誰に迷惑がかかるわけでもないし。
話を終えてライナスが席に座ると、がやがやと隊員たちの話し声が戻ってくる。
その中で、驚いたような大きな声が上がった。隊員ではない、魔獣ハンターからだ。
「え、もしかしてイーデンさんっすか!」
「やあ、久しぶり」
顔見知りらしく、イーデンは手を挙げて応えた。
「こんなところで、何してんですか」
「国から指名依頼を受けてさ。魔王城の調査」
「へええ。いいなあ、勇者さまのパーティーかあ」
「パーティーというか、調査隊だけどね」
さすが社交派、顔が広い。イーデンは笑いながら「あっちにジュードもいるよ」と、親指でジュードのいる方向を指し示した。話しかけてきた魔獣ハンターは「おお!」と、またしても大きな声を上げて、目を丸くしている。どうやらジュードとも顔見知りらしい。
「すげえ。豪華なメンバーだなあ」
「豪華だよ。何しろ隊長からして勇者さまだし、副隊長は王弟殿下だしね」
「うは。マジですげえな」
この口ぶりから察するに、もしかしたら顔見知りというより、イーデンやジュードが有名人なのかもしれない。勝手に年齢から判断して中堅のハンターだと思い込んでいたけれども、もしかしてトップクラスのハンターだったのだろうか。道中で見てきた実力から考えると、十分にあり得る。
 




