20 襲撃された大神殿 (2)
「魔王を封印した水晶が消えた件について、隊員に話す」と言明したジムさんは、面食らっている私たちに理由を説明した。
「こういうのは、隠すとだいたいろくなことにならない」
そう言われてみれば、そうかもしれない、ような気がしてくる。
顔を見合わせている私とライナスに、ジムさんはくすっと笑った。それからおもむろに便箋をこちらに向けて差し出し、その中の一文を、音を立てて指ではじいてみせる。
「そもそも、もう国から公表しちゃってるから、隠す意味がないんだよ」
その便箋は、王宮からジムさんに宛てた連絡用のものだ。そこには、私が話したとおりの内容に加えて、それに対する王宮の対応について書かれていた。国内に向けて公表しただけでなく、国外にも即座に連絡をしたそうだ。
そして、目撃情報を募っている。残念ながら、今のところまだ目撃情報はまったくないけれども。
ジムさんは小さく嘆息しながら、こう締めくくった。
「それにしても、こうなると魔王城の調査は、重要性が増すねえ」
「危険性も増しそうだけどな」
ライナスは考え込むような顔をしたまま、ひとり言のように返した。確かに、何かよからぬことの前兆のようにしか思えない。
重苦しい空気のまま、ジムさんとの情報交換を終えた。
翌朝は朝食の後、全員そのまま食堂に残ってもらって、王都から入った情報を伝えた。つまり、王都に魔獣の襲撃があった件と、魔王を封印した水晶が紛失した件だ。これはジムさんに話してもらった。
思ったとおり、伝えたとたんにどよめきが起こる。そのどよめきの中、誰かの声が質問を発した。
「まさか、魔王が復活したってこと?」
「いや、それはないと考えている」
ジムさんは即座に否定して、その根拠を説明する。
「もし魔王が復活したなら、空が赤黒く染まって地響きがするはずだよね。でも今回は、それがない。したがって、単に水晶がどこかに消えただけではないかと推測されるんだ。だからって、放置していいとは考えてないけどね」
質疑応答の後、国外チームの魔獣ハンター、ジュードがぽろりとこぼした。
「なんかさあ、まるで戦争みたいだよね」
「どういうこと?」
意味がわからず、私が聞き返すと、ジュードは肩をすくめた。
「小型の魔獣が偵察して、中型が陽動部隊になって、主戦力の大型魔獣をぶちこんだように見えるじゃない?」
言われてみれば、そういう意図のあった動きのように思えなくもない。でも魔獣がそんなふうに連携して動くなんて、あるものだろうか。少なくとも私は、聞いたことがない。
でも、それを言ったら、今回の魔獣の動きそのものが、これまで聞いたことのないようなものなのだ。ジュードの言っていることが正しい可能性だって、まったくないとは言いきれない気がする。隊員たちがざわざわと話す声の中にも、私と同じようなことを考えている様子がうかがえた。
ざわめく隊員たちの中で、ヒュー博士はあごに手を当てて静かに何かを考え込んでいる。しばらくしてから博士は顔を上げ、疑問を口にした。
「仮にジュード君の仮説が正しいとして、魔王が封印されている今、いったい何者が魔獣を統率してるんでしょうね」
「それなんだよなあ。そんなこと、魔王でもなきゃできそうもないもんな」
ヒュー博士の言葉に、最初に言い出したジュードが同意した。お手上げと言わんばかりに両手を胸のあたりに上げて、苦笑をこぼす。
けれども自説をあっさり放り出したジュードとは逆に、私はひとつの可能性に思い至っていた。顔をしかめてライナスのほうを振り向くと、彼も同じタイミングでこちらを見た。たぶん、二人とも同じことを考えている。
私たちが顔を見合わせたのに気づいて、ジムさんが尋ねてきた。
「どうしたの? 何か思い当たるものでもあった?」
もう一度ライナスと顔を見合わせた後、ライナスが答えた。
「実は、魔王城の最奥に、魔王と同じ色をした円柱状の水晶みたいなものがあって。今回、調査に行きたいと言ったのは、ずっとそれが気になってたからなんだ」
「え、何それ」
ジムさんの驚いた顔を見て、そう言えばまだ誰にも話したことがなかったと思い出した。そもそもあの披露宴の場に居合わせた人を除けば、「魔王の色」と聞いても意味がわからないに違いない。
そこでライナスは、魔王を封印した場面から説明を始めた。
魔王に「解除」の魔法をかけたら、姿がくずれて、黒みがかった紫色のドロドロになったこと。その色は、魔王城の最奥に見つけた円柱型の水晶とそっくりだったこと。その水晶はまがまがしく明滅していて、聖剣でも傷をつけられなかったこと。
ライナスが話している間、食堂はしんと静まりかえっていた。全員が息をひそめるようにして聞いている。
「だから、あれが魔王と何らかの形で関係している可能性は、十分にあると思ってる」
ライナスがこう締めくくると、少し間を置いてから、ざわめきが戻ってきた。
しばらくしてから、ライナスが両手を大きく打ち鳴らす。乾いた音がするのと同時にピタッと話し声がやみ、全員が彼に注目した。
「こうなると、ただの調査ではなくなってきた。この先、危険度も段違いに上がっていく可能性が高い」
ライナスはゆっくりと全員の顔を見回してから、先を続けた。
「危険度を考えて、この先は本当に希望する者だけで進もうと思う。ただし、希望したとしても、いずれ先遣隊と待機組に分けることにはなる予定だ。そのときの班分けは、こちらにまかせてもらうことになる。それを踏まえた上で、希望者は挙手してください」
もちろん私は手を挙げる。
周りを見回すと、全員がためらいなく挙手していた。まあ、そうなるよなあ、と思う。国から派遣された兵士や、国や研究者から依頼を受けて参加している魔獣ハンターに、途中で抜ける選択肢があるとは思えない。
ライナスも同じことを思ったようで、困ったように苦笑して肩をすくめた。
「こちらでも十分に考えて編成するつもりではいるけど、決して無理はしないでほしい。常に自分の限界を考えて行動してほしいんだ。この先も同じことを何度か聞くことになると思うけど、どうか気を悪くしないでくれ」
隊員たちは、それぞれ神妙にうなずいていた。
どうしよう。何だかライナスが、すごく隊長っぽい。いや、隊長なんだけど。




