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魔王討伐から凱旋した幼馴染みの勇者に捨てられた私のその後の話  作者: 海野宵人
第二章 調査

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18 魔獣の分布変化 (3)

 魔獣分布の変化について、王都から調査結果が知らされた日以降、特に代わり映えのしない日々が続いた。伯父さまの調査結果とは裏腹に、私たちが道中で出くわす魔獣の数は、あまり変化がなかった。

 国の施策が奏功した結果だ。


「全員停止!」


 ライナスの号令に、全員の馬が歩みをとめる。彼は後続を制止するために腕を横に伸ばしたまま、「どうすっかなあ」と思案するように首をかしげた。


「マイク!」

「はい」


 ライナスが声をかけると、後ろからマイクが馬を進めて近づいてきた。そのマイクに向かって、ライナスは左手の平原を指さしながら指示をする。


「左手にハンターたちがいるだろ? 奥に大型が二体隠れてるって知らせて、加勢が必要か聞いてきて」

「了解」


 マイクは馬に乗ったまま、平原に向かって行った。

 ライナスはさらに指示を続ける。


「イーデン」

「おう」

「右手の茂みの向こうに、中型の群れに追われて逃げ回ってるのがいるけど、手助けが要りそうか確認してきてくれ」

「はいよ」


 今度はイーデンが、右手の茂みに分け入った。

 魔獣を見つけても、それを狩っている魔獣ハンターがいるときには、問答無用で加勢したりは決してしない。必ずこうして、活動中のハンターたちに確認する。彼らにとって魔獣は「獲物」だからだ。狩りの途中で横から手出しされることを、魔獣ハンターたちはとても嫌う。

 なんでも、討伐の最終局面で横から攻撃をして、分け前を要求するような図々しいやからが後を絶たないからなのだそうだ。初めて聞いたときには、本当にそんなことをする人がいるのかとびっくりした。でも本当にいるらしい。強心臓すぎる。


 ほどなくして、マイクが戻ってきた。


「加勢は不要だそうです。『情報感謝する』とのこと」

「わかった」


 イーデンも間もなく戻る。彼は苦笑いとともに状況を報告した。


「手助け不要と言ってる」

「わかった」

「けど、どう見ても苦戦してる」

「そうか」


 イーデンの追加情報に、ライナスも苦笑する。ライナスは私のほうを振り向いた。


「フィー、お願いできる?」

「うん、ちょっと行ってくるね。イーデン、案内をお願い」


 イーデンに先導されて、茂みに分け入る。その先に開けた場所に、その魔獣ハンターたちはいた。二人連れのようだ。軽装備に身を包んだ年若い魔獣ハンターが、ギョッとするような数の中型の魔獣に追われ、グルグルと円を描いて走り回っている。その円の中央で、同じような年格好の魔獣ハンターが弓を構えていた。


 イーデンが「引き狩りだね」と解説してくれる。

 着実に数を減らしている様子ではあるものの、いかんせん数が多い。走り回っているハンターの額には汗が浮かび、息が荒くなっていた。倒し終わるのが先か、彼の体力が尽きるのが先か、この様子だと微妙そうで心配だ。


 私は走り続けるハンターに「体力回復」の回復魔法と「俊足」の補助魔法、中央で弓を引いているハンターに「機敏」と「速度向上」の補助魔法をかけてから、二人に声をかけた。


「がんばってくださいねー」


 弓使いの彼のほうは、補助魔法に気づいたようだ。こちらに笑顔を向けて「奥さん、ありがとう」と叫んだ。引き役の彼のほうは、ちらりと横目でこちらを見て、手を上げただけ。足が止まっても困るから、それでいい。


 本当は魔獣に「鈍足」をかけてやれるとよかったのだけど、数が多すぎて諦めた。全部にかけられないなら、全くかけないほうがずっとマシだ。速度に差が出ると、まとまらなくなって引き回しづらいだろうから。


 それにしても「奥さん」だって。笑ってしまう。

 今まで「奥さん」なんて、一度も呼ばれたことがないのに。

 何だかおかしくてくすくす笑ってしまったけれども、ライナスたちに合流する前に真面目な顔を取り繕った。イーデンと二人でいるときに「奥さん」と呼ばれた話なんて、ライナスには聞かせたくない。だって、いかにもへそを曲げそうだもの。


 茂みを抜けて、隊列に戻り、ライナスに簡単に報告をした。


「能力向上系の補助魔法だけかけてきた」

「うん、ありがとう」


 あれれ。何だか少し元気がない。いつもならもっと得意げな顔をして迎えるのに。私が魔法を使うと、なぜかライナスが得意顔をするのだ。なのに今は、うつむき加減のまま視線を合わせずに、ふいっと正面を向いてしまう。

 うーん。すねてるなあ。たぶん、あれが聞こえちゃったんだろう。耳がいいから。


 少しだけ考えてから、自分の馬のところに戻る前に、ライナスの腕を軽く叩いて注意を引いた。怪訝そうに振り向いた彼に、手招きをする。彼は意味がわからないまま、でも心のどこかで何かを期待している様子で顔を近づけてきた。その耳に向かって、口に手をあてて、こうささやく。


「旦那さま、ただいま戻りました」


 もちろん「旦那さま」の部分は、一音節ずつ区切ってゆっくりと発音する。

 ライナスは一瞬、目をパチクリさせて固まった。少し遅れて、かすれた声で「おかえり」と返す。それからじわじわと頬を赤く染め、軽く握った拳を口もとに当てて、咳払いをした。ここまで彼が照れるとは思っていなかった私は、思わず吹き出してしまう。


 笑われたライナスは「何だよ」と、私を小突こうと手を伸ばしてきた。すました顔で「何でもありません」と返しながら、その手をひらりとかわす。くすくす笑いながら自分の馬に向かうのを、ライナスは恨めしげな目でにらんでいた。そんな顔をしたって、口もとが緩んでいたのを見てしまっているから、全然こわくない。


 馬に乗ると、眉を上げたジムさんに声をかけられた。


「ずいぶん楽しそうだね」

「そうですか?」


 もちろん楽しいに決まっている。けど、そうは言わずに、しれっととぼけた。


「ねえ、隊長に何て言ったの?」

「『ただいま』って言っただけですよ。ライが『おかえり』って言ったの、見てたでしょ?」

「見てたけど。本当にそれだけ?」

「本当にそれだけです」


 そう、本当にそれだけ。ちょっと「旦那さま」と呼びかけたけど、その後に続けた、意味のある言葉は「ただいま」だけだ。嘘は言ってない。

 ジムさんの疑わしげな視線は、気づかなかったことにして黙殺した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おや…なんかすごい伏線があった気がする!? [一言] 毎日更新ありがとうございます。楽しく読ませていただいております。
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