15 二番目の宿泊地 (5)
前日と同様、伯父さまの書斎に転移する。
「伯父さま、ただいま」
「うん、おかえり」
あいさつの後、さっそくジムさんから国王陛下への手紙を手渡す。それと引き換えに、陛下からジムさんへの手紙を渡された。
「今日はどうだったね?」
「昨日とほとんど変わりありませんでしたよ」
伯父さまへは、報告用の覚え書きを渡す。ここには途中で遭遇した魔獣の種類と数、宿泊地の村で聞き取りした周辺の被害状況について、簡単にまとめてある。これをもとに、伯父さまがきちんとした報告書にまとめて、王宮に定期報告してくださることになっていた。
「上級回復ポーションに関しては、朝のうちに国内の全ギルドに対して通達を出しておいた」
「ありがとうございます」
「ついでに、各地の魔獣の被害状況に変化があるかについても、問い合わせておいた。追い追い情報が集まってくるはずだよ」
「助かります」
明日か明後日には各地の状況がわかるはずだ、と聞いて、少しホッとした。結果が気になって気が急くのは変わらなくても、見通しが立つだけで気持ちが落ち着く。
薬師ギルドにも、拠点間を結ぶ小鳥がいるそうだ。朝のうちに王都から小鳥を飛ばしてくれたなら、近いところなら夕方にでも回答がありそうだし、遠いところでも二、三日中には返事があるだろう。
事務的なやり取りがひととおり終わったところで、私はふと思いついて伯父さまに声をかけた。
「ねえ、伯父さま」
「うん?」
「伯父さまは、外国に旅行なさったことはありますか?」
「ないねえ」
私の質問に、伯父さまは微苦笑を浮かべて首を横に振った。「ローデンだからね」と伯父さまが付け加えるのを聞いて、私は首をかしげた。
「外国旅行と家に、何か関係があるんですか?」
「ああ。ローデン家の者は、外交には直接関わらないことになってるんだよ。だから国外に出ることも、基本的にはない」
まだ話がのみ込めず、私は首をひねる。
その様子に伯父さまは笑いながら、説明してくださった。
「ローデン家はね、我が国においては外交上の切り札のひとつなんだ」
「どういうことですか?」
ますます意味がわからない。薬師の家が、外交上の切り札? 何に使えるの? 私の頭の中では、いくつもの疑問が渦巻いている。政治的な知識が全くない私にも理解できるよう、伯父さまはかみ砕いて説明してくださった。
まず前提として、ローデン家のように医学に特化した家が存在するのは、我が国だけらしい。そもそも上級回復魔法の使い手が、国外にはほとんど存在しないと言う。ほとんどと言うか、伯父さまの知る限りでは、近隣諸国の中で私ひとりしかいない。
過去を見ても、この国以外で上級回復魔法の使い手が生まれることは、ほぼないのだそうだ。
その理由のひとつは、回復魔法は攻撃魔法に比べて習得が難しいこと。私は物心ついた頃から知らないうちに訓練されていたから、本を読むだけですんなり覚えたけど、逆に言うと、幼い頃から訓練していないと、なかなか使えるようにはならない。一方、攻撃魔法であれば、大人になってから習っても比較的容易に習得できる。
こうした違いにより、そもそも回復魔法の使い手自体が非常に少ない。
その上、魔法の適性というのは、遺伝によるものが大きい。
幼い頃から習いさえすれば、割と誰でも初級回復魔法までなら使えるようになる。でも、その先の中級や上級の魔法となると、覚えられるかどうかは、訓練よりも遺伝的要素のほうが大きい。ローデン家の当主に代々、回復魔法の素養の一番高い者が選ばれてきたのは、そういう理由だそうだ。
他国には、回復魔法に特化したローデン家のような家系が存在しない。だから、上級回復魔法の使い手もほぼ存在せず、回復魔法の使い方のノウハウもないらしい。回復魔法が使えたとしても、診断などに応用するには医学知識が欠かせないから、肝心の知識がないというのは致命的だ。
知識がなければ、回復魔法なんて、あまり役に立つとは思えない魔法が多い。
そんなわけで、他国から見るとローデン家というのは「謎に満ちた、難病をも治せる驚異の薬師の一族」という認識なのだそうだ。
なるほど。でも、まだわからないことがある。
「珍しい一族なのはわかりましたけど、どうしてそれが外交の切り札になるんですか?」
「他国では不治と言われる病であっても、うちなら治せることがあるからだよ」
外国から難病の要人を受け入れて、ローデン家で治療にあたることがあるらしい。それを国は、外交上の取り引き材料のひとつとしてきたそうだ。ギルドの管理もあるけれど、主にそんな事情があって、ローデン家の者が外交に直接関わることはなかった。そして国外に出ることも厳しく制限されてきた。
その代わりに、最高位の爵位を授けられ、他の貴族に比べて税制面でもいろいろと優遇されている、ということなのだそうだ。
伯父さまのこの説明を聞いて、壮行会で国外参加チームの人たちがローデンの名前に妙に反応していた理由が、やっと理解できた。
そこで私は、なぜ外国旅行について質問したのかを伯父さまに説明した。
「国外参加の人たちから、自国に新婚旅行においでって、熱烈に誘われたんですよ」
「おやおや。さぞかし王弟殿下は、やきもきしてらしたことだろう」
「そうでもありませんでしたよ」
「そうなのかい?」
伯父さまは首をかしげるけど、ジムさんは「行きたいところはあった?」なんて聞いてきたくらいだから、たぶんそんなに気にしてないんじゃないかな。
私がそう言うと、伯父さまは面白がっているような顔で「王弟殿下も、案外たぬきだなあ」とおっしゃって笑った。どうなんだろう。本当にそこまで気にしてないだけじゃないかと思うけど。だって、仮に私とライナスがしばらく旅行したとしても、当主の伯父さまは国内にいるのだから。
伯父さまは「さあ、遅くなる前にお帰り」と言って、まだ腑に落ちない顔をしている私にうながした。おしゃべりに夢中になって、すっかり遅くなってしまっている。私はあわてて立ち上がり、あいさつをした。
「はい、戻ります。おやすみなさい」
「おやすみ」
部屋に戻ると、ライナスは少し心配そうな顔をしていた。
「おかえり。今日は遅かったね」
「ごめん、ちょっと話し込んじゃって。これ、ジムさんに届けてくるね」
「うん」
伯父さまから預けられた、王宮からの手紙を手にして、ジムさんの部屋を訪ねる。
前日の出来事から、私も学習したのだ。ライナスとゆっくり過ごしたいなら、事務連絡はさっさと終わらせるに限る。少し遅い時間になっていたこともあり、ただ手紙を手渡すだけですぐ自分の部屋に戻った。
もっとも、さっさと終わらせたところで、ゆっくり過ごせる時間があるわけでもない。寝支度をしながら、伯父さまから聞いた話をライナスにも話すのが精一杯だ。
自分で思っていたよりも疲れていたようで、ベッドにもぐり込むとすぐに眠気に襲われる。眠りに意識を吸い込まれる直前、体にライナスの腕が回されるのを感じた。ライナスは顔をすり寄せてきて、声を出さずにかすかにささやいた。
「フィー」
そのまま、まるで小さな子どもがぬいぐるみと寝るときのように抱き寄せる。その様子に、さっき王都から転移で戻ったときの、ライナスの不安そうな表情をふと思い出した。ああ、心配かけちゃったんだなあ。何かあったんじゃないかと、きっと落ち着かない気持ちで待っていたんだろう。
待っているほうは心配するものだと、私はよく知っているはずなのに。遅くなって、ごめん。明日からは時間を決めて、それに遅れないように帰ろう。ライナスの腕を両手で抱きかかえたのを最後の記憶に、私も眠りに落ちていた。




