08 最初の宿泊地 (3)
クマ型の魔獣の被害は、とても痛ましいものだった。この村で被害に遭ったのは、全部で十名、その半数近くである四名が亡くなっている。助かった人も、ひどいけがを負ったそうだ。
ただし、命さえ助かれば、けがは回復ポーションで治せる。だから最初の三名は、上級回復ポーションを使って完治した。ところが、その後が問題だった。この三名の治療で、村にある上級回復ポーションをすべて使い切ってしまったのだ。
日常的に使う普及型の一般回復ポーションや、ちょっと大きいけが用の中級回復ポーションならあるが、これでは瀕死の重傷になるほどのけがは治せない。まったく治せないわけではないが、効果が薄い。
理論上は、下位の回復ポーションでも、何個も使えばいずれは治る。しかし普及型の回復ポーションというものは、魔獣ハンター向けに作られた回復ポーションとは違い、連続して使うことができないのだ。最低でも一日は、間をあける必要がある。十分に効果を発揮させるなら、三日だ。そうしないと、連続して使うたびに効力が半減していく。
それだけでなく、普及型の回復ポーションを重傷者に使うと、上級回復ポーションを使ったときと違い、後遺症が残ってしまうことがある。高くつく上に、長いこと痛みに苦しむことになるし、後遺症の心配はあるし、本当によいところが何もない。
魔獣ハンター用の回復ポーションであれば連続使用が可能だが、この辺りでは初級の回復ポーションしか手に入らない。しかも魔獣ハンター用の回復ポーションは、連続使用が可能な分、普及型のポーションに比べてかなり割高だ。それで重傷者を治そうとすると、とんでもなく高くついてしまう。だから、これはまた別の意味で使えなかった。
そうした事情を説明して、村長は深くため息をついた。
「何とか上級の回復ポーションを入手したいのですが、周辺の村も似たような状況でして、まったく手に入らないのです」
「そういう大事なことは、早く言ってくださいよ!」
こんな話を聞いてしまったら、もう食事どころではない。
私はライナスに向かって、問答無用の宣言をした。
「ライ、手持ちの中から必要なだけ、村長さんに渡すね」
「うん」
自分たち用の携行品だけれども、かまうことはない。減ったら補充すればよいだけの話だ。薬師の私がいれば、いつでもどこでも材料さえあれば作れるのだから。まだ食事の途中だったけれども、居ても立ってもいられず、席を立つ。そして部屋に置いてきた荷物の中から、上級回復ポーションを三個、取り出してきた。
「けがをしたかたの家を教えてください。配ってきます」
鼻息も荒く詰め寄ると、村長は「お待ちください」と私を押しとどめようとした。
「大変ありがたいお話ですが、本当によろしいのですか?」
村長の問いに、私は眉をひそめた。よろしくないわけがない。ライナスのほうを振り向くと、彼はうなずいてみせた。ジムさんに視線を向けると「これは災害と言える状況だから、緊急支援は国の仕事だね」と言って、こちらもうなずいている。
隊長たちの同意も得られたので、早く配りに行きたくて村長をせっつく。けれども村長は、重傷者たちの家を教えてはくれなかった。
「お客さまにそこまでさせるわけにはまいりません。こちらで遣いの者を出しましょう。本当にありがとうございます」
そう言って、村長はポーションを受け取った。さらに下男を呼びつけて、重傷者のいる家に配るよう指示をする。そこまで見届けてから、やっと私も落ち着いて食事に戻る気になれた。
とりあえず、これでこの村にいる重傷者たちは助けられる。でも先ほどの村長の口ぶりからは、周辺の村々も似たような状況だと推察された。つまり、他にも上級回復ポーションがなくて困っている人がいる、ということだ。
こういう話は、ジムさんに振るに限る。
「ジムさん。他の村も、何とかできませんか」
「うん、何とかしないといけないね」
こうして食卓は、対策会議の場に早変わりした。
ジムさんは村長から、他の村の被害状況をわかる範囲でできるだけ詳しく聞き出し、メモをとる。とはいえ、よその村での負傷者数の具体的な数字など、さすがに村長にもわからない。だから、この村の数字を参考にして、少し余裕を見て高級回復ポーションの必要数を割り出すことにした。
食事の後、被害に遭った村の名前と必要ポーション数を書いたメモを片手に、ジムさんは難しい顔をした。
「うーん。どうしようかなあ」
「何か気になることでもありましたか?」
「いや、これでこの付近の問題は解決すると思うんだ。でも、他の地域で同じようなことが起きてやしないだろうかと思ってさ」
それまで黙って聞いていたライナスが「可能性は十分にありますね」と返すと、ジムさんは「そうだよねえ」と大きく息を吐き出した。
何はともあれ、この状況だと、私がしなくてはいけないことははっきりしている。
「私から伯父に、上級回復ポーションの増産を頼んでおきます」
「うん、お願い。僕は兄に、魔獣の被害状況を急いで調査するよう頼んでおくよ」
「手紙を出すなら、一緒に伯父に渡しましょうか?」
「ああ、そうだね。お願いしよう」
ジムさんには伝書鳥がいるが、小鳥に運べるのは薄く小さな紙片だけだ。でも私が運ぶなら、あまり大きさは気にしなくていい。しかも、距離にもよるけど、小鳥より早いし。
ジムさんが兄上、つまり国王陛下に手紙を書き上げるのを待ってから、ライナスと私は客室に引き上げた。私は伯父へ伝言する必要のある事柄の覚え書きを作りながら、ライナスに尋ねる。
「ライも何か伝言ある?」
「特には」
「そっか」
やがて約束の時間になり、私は自分の覚え書きとジムさんに預かった手紙を「裁きの書」にはさんでから、本を開いた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「うん。伯父上によろしく」
「わかった」
小さい声で早口に「裁きの書」の最初と最後のページを読み上げ、王都の伯父さまのもとに転移した。
 




