05 出発
壮行会の三日後、私たちは魔王城に向かって出発した。
朝のうちに王宮の門前に集合し、そこからの出発だった。二十名もが騎馬で移動するから、それなりに目立つ。別に宣伝などしなかったはずなのに、沿道から手を振ってくれる人たちが結構いた。手を振り返しつつも、ちょっと気恥ずかしい。
先頭はライナスと私、そしてジムさん。続いて外国から参加の魔獣ハンターたち、および研究者たち。その後ろに国内の研究者たちが続き、最後に護衛役の兵士たち、という順の三列縦隊だ。つまり、隊列の前と後ろを戦闘要員で固め、あまり戦闘向きでない研究者たちを間に挟んでいる。
私も一応、前線に配置する戦闘要員扱い。攻撃力は皆無だけど、魔法が使えるからだ。
正直、戦闘中に回復魔法は、それほど役に立たない。ないよりはいくらかマシという程度にすぎない。戦闘員が自分で使える回復ポーションのほうが、はるかに使い勝手がいい。もし回復魔法しか使えなかったら、後ろに下がっていろと言われるだろうと思う。
では、私に何が期待されているかというと、それは補助魔法だ。これはポーションでは代用できないので、とても重宝する。味方には能力向上の補助魔法を、敵には能力低下の補助魔法をかける。
たとえば魔法を使う魔獣はとてもやっかいなものだが、「沈黙」をかけてやると魔法の詠唱ができなくなって、ただ弱いだけの魔獣に成り下がる。攻撃力の高い魔獣には「速度低下」、動きの速い魔獣には「鈍足」をかけてやる。面白いことに「速度低下」と「鈍足」は重ねがけが可能だ。能力低下の魔法をうまく使えば、比較的安全に戦闘ができるのだ。
ライナスが勇者のスキルを使えば、補助魔法なんて、あってもなくてもほとんど関係ないのだけど、今は人前でスキルを使わないことにしている。だから、使えるものはどんどん有効活用することにした。
道中では、それなりの頻度で魔獣に遭遇する。
魔王を封印した直後には減っていたはずなのに、また以前と変わらないくらいに増えてしまっているらしい。魔獣に出くわしてしまったときの指揮は、ライナスがとる。スキルの使用を控えているライナスも、索敵スキルだけは例外にしているため、誰よりも発見が早い。
「全員停止!」
ライナスが号令を発すると、全員にピリッとした緊張が走る。
隊員たちの注意が自分に向いているのを確認してから、ライナスは魔獣のいる方向を指さしながら、魔獣の数を知らせた。
「右斜め前方に、大型が一体、中型が三体。右方の手前に小型の群れがいる」
ライナスに言われてみれば、大型と中型の魔獣は草むらの向こうに小さく姿が見える。でも、その手前にいるという小型の群れは、さっぱり目視できない。体高が低いから、草むらに完全に隠れてしまっているようだ。
ライナスの索敵がなければ、奥の大型と中型にまっすぐ向かい、知らずに小型の群れに突っ込んでしまっていただろう。小型だからといっても、攻撃力が弱いとは限らない。心の準備もなしに突っ込んで行って不意打ちをくらったら、特に非戦闘員の研究者たちが被害を受けたと思う。
続いてライナスが指示を出す。
「マイクのチームは、小型の殲滅を頼む」
「了解」
「それ以外は、左回りで奥へ。中型から先に行く」
マイクというのは、国内から派遣された兵士のまとめ役だ。
この兵士たちは、最初の遠征のときにも派遣された者の中から選ばれた。希望者を募り、その中から選抜された六名とのこと。つまり、やる気も実力も兼ね備えた人々ということだ。すばらしい。
ライナスにとっては遠征で一年ほども一緒に過ごした仲間のひとりであり、王女さまとの食事を回避するために逃げ込む先でもあったから、気心が知れている。
魔獣との戦闘時、研究者たちは馬と一緒にお留守番だ。
ライナスの号令とともに、戦闘員は馬を下りて手綱を研究者たちに預ける。
ただし、研究者の中にはひとりだけ、戦闘に参加する人がいた。
それは外国枠の研究者、ヒューバート・セネット博士だ。
研究者で、しかも最年長だし、戦力としては誰も期待をしていなかったのに、どうしてなかなか、この人は強かった。単純な攻撃力だけを見れば、必ずしも強いほうとは言えないのだけれども、補助魔法の熟練者なのだ。
戦闘経験がほとんどない私は、道中でこの人のやり方を見て、補助魔法の多彩な使い方を覚えた。「速度低下」と「鈍足」の重ねがけができることも、この人から教わった。
そんな彼はヒュー博士と呼ばれて、戦闘員の中にすっかり溶け込んでいる。
最初はセネット博士と呼んでいたけど、本人から「名前で呼んでほしい」との要望があった。それ以来、みんなにヒュー博士と呼ばれている。てっきりセネットは家名だとばかり思っていたら、実は住んでいる村の名前なのだそうだ。だからセネット博士という呼び名だと、自分が呼ばれているような気がしないと言っていた。
私たちはライナスの指示どおり、小型の魔獣の群れを避けて、大回りで中型と大型の魔獣のいる方向に向かい、少し離れた場所で立ち止まって待機する。
「ジムさん、中型を釣ってきて」
「小さいやつから順に引くね」
「うん、それで頼む」
意外なことに、ジムさんはばっちり戦闘要員に含まれている。王族というものは一番後ろで静かにしているものだと思っていたのに、「普通の兵士扱いでいいよ」なんてライナスに言ってるのを聞いて、びっくりした。
実際に軍に入って、下っ端の兵士として働いていた時期もあったそうだ。王族だからと特別扱いされることもなく、掃除や備品の手入れなどもひととおり経験していると言う。だからもちろんライナスの出した「初級の魔獣ハンター程度の戦闘力と生活力」という条件も、難なく満たしているのだ。
ジムさんは弓が得意で、旅の間はクロスボウを持ち歩いている。
こうして魔獣の数が多いときには、弓で射かけてもらい、一体ずつ引き寄せて討伐している。ジムさんは命中率がすばらしく高く、これまで外したところを見たことがない。そう褒め称えると、本人は「的が大きいからね。急所じゃなくても、どこかしらに当てればいいだけだから、そこまで難易度が高くないんだよ」と言って苦笑していた。
たとえそのとおりだとしても、やっぱり百発百中はすごいと思う。
「こいつはブレスを吐く。攻撃は背中側から」
ライナスの指示どおり、戦闘員は魔獣の背中に回る。とはいえ中型の魔獣相手には戦力過多だから、一度もブレスを吐くことなく討伐が終わってしまうことのほうが多い。
こうした戦闘を一日に数回ほど繰り返しながら、旅が続くことになった。




