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05 勇者のまどろみ (2)

 受け入れてもらえるとわかれば、日曜学校の後だけでは物足りなくなる。でも、接点がない。


 それでも何とかして気が引きたくて、子どもなりの知恵をしぼった。フィミアはいつも本を読んでいる。読書が好きなのだろう。彼女の読んでいる本のタイトルをこっそり確認し、家で同じ本を探して読んでみた。面白かった。

 でも同じ本を読むだけじゃ、まだ足りない。同じ傾向の本を何冊か探して読み比べてから、フィミアの家に遊びに行ったときに、その中で一番面白かった本のことを話題にしてみた。


「その本が好きなら、気に入りそうな本があるよ」

「へえ。どんな本?」


 あらすじとタイトルを話して聞かせると、狙いどおりフィミアは「面白そう」と興味を示した。よし。


「読みたいなら明日持って来てあげるよ」

「え、いいの?」

「うん」


 急に俺がたくさん本を読むようになった理由を、たぶん母や兄は察していた。察する必要もないほど、わかりやすい行動だったんだろうと思う。何しろ急に本を読み出したと思ったら、本を抱えて日曜日以外にもフィミアの家に遊びに行くようになったのだから。


 本を読む理由が理由なので、後ろめたさを隠しきれない俺に、母は笑顔でこう言ってくれた。


「どんな理由からであれ、本を読むのはいいことだわ。読みたい本があれば、遠慮せずにおっしゃいね。いくらでも買ってあげますから」

「うん。ありがとう」


 「どんな理由からであれ」と前置きがあるあたり、もう完全に理由はバレている。

 後でそう気づいたときには恥ずかしくて穴に埋まりたいような気持ちになったけど、家族が全面的に支援してくれるのはありがたかった。


 フィミアに本をお薦めするには、まず自分が内容を把握してないといけない。だからそれはもうなり振りかまわず、とにかくがむしゃらに本を読みまくった。最初の動機はお世辞にも褒められたものじゃないが、必死になって読みまくるうちには、いつしか読書は習慣として俺の生活の一部になっていた。


 フィミアが好むのは、小説だけではなかった。紀行ものから実用書まで、幅広く何でも読む。お陰で俺の知識の幅も、自然に広がった。そうした俺の変化を、家族は歓迎した。


 あるとき、フィミアに魔法の初級教本を貸してみた。魔法が使えるかどうかにかかわらず、知識としては面白いと思ったからだ。すると驚いたことに、フィミアは本を読んだだけで回復魔法を使えるようになってしまった。

 普通ならありえないことだ。


 初心者用の教則本を与えられたからといって、いきなり楽器が弾けるようになったりしないのと一緒だ。魔法というのは、素質があり、かつきちんと師について学んで初めて使えるようになるものと言われている。だから魔法を使えるのは、師について学ぶだけの暇も金もある貴族がほとんどだ。


 わざわざ金と時間をかけて魔法を学ぶのに、回復魔法を選ぶ者もほとんどいない。回復魔法と名がついていても、別に病気が治せるわけではないからだ。けがの治りを速くする程度のものにすぎない。それならけがの回復には回復薬を使い、攻撃魔法を覚えるほうが実用性が高いと考える者が大半だ。

 回復魔法を覚えるのなんて、実際に魔法を使うつもりのない貴族女性くらいじゃないだろうか。


 なのにフィミアは、本を読んだだけで覚えてしまった。

 しかも覚えたのは、回復魔法を始めとした支援系の魔法ばかり。彼女らしいと言えば、彼女らしい。


 ためしに中級魔法の本も貸してみたら、それも覚えてしまった。

 本さえあれば上級魔法さえ使えるようになりそうな勢いだったが、残念ながらさすがに上級魔法の本は値が張り、おいそれとは手が出せなかった。


 こんなふうに本を口実にしてすっかりフィミアの家に入り浸るようになった頃、あの事件が起きた。

 流れの魔獣ハンターが、単騎では狩れもしない大型魔獣に挑んであっさり逃げだし、やみくもに逃げ回った挙げ句に何体もの魔獣を引きつけて、村の中まで引き入れてきたという、あの事件だ。


 あのときフィミアは家族全員を失った。

 俺だって、フィミアがいなければ魔獣の餌になっていたに違いない。


 フィミアに逃げるよう声をかけられて走ったとき、自分が転んだ理由はわかっている。つい振り返って、元凶のハンターを見てしまったからだ。あいつを見たら、何てことをするのかと腹が立ってカッとなり、その瞬間に足がガクンと動かなくなった。


 ああ、やってしまった、と思った。

 でも先にフィミアが家の玄関までたどり着いていたのが、せめてもの救いだった。にもかかわらずせっかくたどり着いていた玄関から、彼女は俺に向かって走ってきてしまった。それを見て俺はぞっとした。ハンターへの怒りなんて、彼女が魔獣に襲われるかもしれないことへの恐怖に瞬時にとって代わった。


 彼女は、どこからそんな力が出たのかと思うほど力強く俺の手を引っ張って立たせ、そのまま俺の手を引いたまま家まで走った。不思議とその間、転ぶことはなかった。それどころか、いつもより少し速く走れてさえいたかもしれない。

 だからあのとき俺が死なずに済んだのは、フィミアのお陰だ。

 そして村にそれ以上の被害が出なかったのも、彼女のお陰だった。彼女は村の英雄だ。


 けれどもその英雄は、まだたった十四歳の女の子でしかなかった。なのにあの事件で家族全員を失って、ひとりぼっちになってしまったのだ。


 おじさんとおばさんやティムは、俺にとっても家族同然だった。

 だから葬儀のときには、ぼろぼろと涙がこぼれて止まらなかった。みっともなく泣いている俺のかたわらで、フィミアは涙をこぼすことなくどこかぼんやりと立っていた。心だけ、どこか遠くに行ってしまったかのように、いつになく反応が鈍い。それが何だかとても悲しく、彼女までどこかに消えてしまうんじゃないかと思えてこわかった。


 おじさんたちがいなくなっても、俺には実の親兄弟がいる。

 だけど、フィミアは本当にひとりぼっちになってしまったのだ。

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